第10話
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昔から、不思議な事が好きな子供だった。
電車や恐竜の図鑑よりも、おとぎ話を喜ぶような幼年時代だった。
現実主義の父親は、そういう息子を理解できないようだったけれど、桐生はそんな自分が嫌いじゃなかった。
だから、入学した高校で聞いた七不思議の噂に、ひそかに心を躍らせたのだ。
数が増える階段に、勝手に鳴り響く音楽室のピアノ、どこからともなく聞こえる声。
どれも興味深かったし、あったらいいなと思っていた。特に桐生の興味を惹いたのは、異世界への扉だった。
――ああ、いいな。
そんな世界があったらいいのに。
もしも、違う世界に行く事ができたら。
そんな事ができたら、きっと。
だから桐生は試してみたくなったのだ。
異世界に続く扉を開ける、魔法の鍵を。
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場所を変えようと言って、桐生くんは校舎に戻った。ライターと花火を片づけて、泥で汚れた手を洗う。それを見て陽太は気づいた。
最初に銃声騒ぎがあった日、桐生くんは少し遅れて現れた。
あれは花火を打ち上げたからだったのか。そして花火とライターを隠し、急いで教室へと向かう。桐生くんを怪しむ者がいるはずはない。何も問題はなかったはずだ。
その数日後、陽太と手洗い場で出会った時、彼の手は泥で汚れていた。
おそらく、ほとぼりが冷めるまではと思い、安全な場所に埋め直したのだろう。確かにそうすれば見つかりにくい。あの花火はそれなりに大きかった。見咎められる危険も高い。しばらく先生達が見回っていたから、その判断は正しい。
今思えば、二度目の騒ぎの時もそうだった。陽太は購買に並んだけれど、そこに桐生くんの姿はなかった。ほぼ同時に教室に到着したはずなのに、桐生くんは逆方向から現れた。
桐生くんが食べていたのは一番人気のBLTサンドだ。後から買いに走っても、そのころには売り切れだ。だとすれば、彼は陽太が買いに出るより早く、フライングでサンドイッチをゲットしたのだろう。花火を打ち上げる時間を捻出するために。
購買のおばちゃんは、割と融通の利く人だ。今回だけと頼めば、一度くらいは目をつぶってくれる。桐生くんのアリバイは完璧だ。もっとも、彼はアリバイなんて思ってもみないのだろう。彼はただ、花火を打ち上げたかっただけだ。
教室はなんとなくためらわれて、二人して校舎脇に足を向ける。ここは人がいないので、内緒話をするにはもってこいだ。まだ日は長く、空は高く晴れている。
「どこから話そうかな。三崎くんはどこまで知ってる?」
「どこって言われても、俺はさっぱり……」
陽太は偶然現場を目撃しただけだ。けれど、桐生くんは苦笑した。
「そういうことにしておくよ。ありがとう、三崎くん」
(いやほんとにそうなんだけど……)
結局本当に目撃者になってしまった。順番が前後しているが、消されなくてよかった。
「花火騒ぎの犯人は僕だよ。謝っても済むことじゃないけど、みんなには申し訳なかったな」
「それは大丈夫だと思うけど、なんで?」
「三崎くんは七不思議を知ってる?」
急に聞かれ、陽太はあいまいに頷いた。
「階段の数が変わるやつと、ピアノが勝手に鳴り出すのと、どこかから声が聞こえるのと、あとは、ええっと……」
「『異世界の扉』は知ってる?」
「一応は」
異世界の扉が開く時、殺人鬼が現れる。そしてその銃で撃たれた人間は消えてしまう。
ただし、西本さんは違うと言っていた。陽太はどちらが本当か分からない。
「青空に花が咲いた時、異世界に続く扉が開く。僕はそう聞いたんだ」
「空に花……ああ、花火!」
「本当は夜中に抜け出してやりたかったんだけどね。昼間じゃないと駄目みたいだし、日曜日は校門が閉まってるし。それと、大勢に目撃されないといけないみたいだったから」
「殺人鬼じゃなかったの?」
「殺人鬼? 何それ」
桐生くんは目を丸くした。
かいつまんで事情を話すと、彼は驚いた顔になり、陽太に深々と頭を下げた。
「三崎くんを怖がらせてたなんて知らなかった。本当にごめん」
「いいよ、そんなの」
そもそも、カードについては桐生くんが悪いわけじゃない。というか、この話に悪人はいない。いたのは友達想いのクラスメイトと、無邪気なその友人だけだ。
「それにしても……初めて聞いたよ、そんな話」
「英文読解の古賀先生は知ってるだろう? 彼もこの学校の卒業生なんだ。古賀先生の時代にも七不思議が流行ってたみたいで、僕に教えてくれたんだ。不思議が好きなら、こういうのも好きかもしれないねって」
桐生くんはやさしい目をしていた。自分の好きなものを肯定されて、嬉しかったのかもしれない。
「それで、花火を上げようと思ったの?」
「異世界の扉があるなら、この目で見てみたい。少しでも可能性があるなら、扉を開けたいと思ったんだ」
失敗したけどね、と言って笑う。その笑顔はさばさばしていて、吹っ切れたような表情だった。
「それが理由?」
「まあ、そうかな」
桐生くんはあいまいに頷いた。
「馬鹿げてるって思うだろう? 自分でもそう思うよ。だけど、どうしてもやってみたかった。本当に異世界の扉があるなら、試してみたかったんだ」
「どうして?」
「うーん、どうしてだろう。うまく説明できないけど」
ちょっと首をかしげた後、ほうっと息を吐く。
「こことは違うどこかへ行きたかったのかもしれない。もしくは、連れて行ってあげたかったのかも。そんなのはちっとも関係なくて、無茶なことがしたかっただけかもしれない。だけど」
一呼吸置き、続けて言う。
「挑戦しないで終わりたくなかった。どうしても」
桐生くんの家は総合病院で、桐生くんもいずれ後を継ぐらしい。父親は厳格な人で、童話やアニメのヒーローよりも、歴史や地理の本を与えたがったそうだ。
連れて行ってあげたかったというのは、もしかして小さなころの桐生くんだろうか。
違うかもしれないし、そうかもしれない。桐生くんは本心を見せないから、陽太が知るのは難しい。
小さな桐生くんのために、高校生の彼は動いたのだろうか。
幼い日の夢を叶えるために。
そして――もしかすると、幼い日の夢を、あきらめるために。
「……あるよ」
無意識に陽太は口を開いた。
「異世界の扉は、あるよ、きっと」
「三崎くん?」
「あるよ、どこかに。絶対あるから、その、えっと……」
わたわたする陽太に、桐生くんは目を丸くした。それからその目が細められ、柔らかく笑う。
「ありがとう、三崎くん」
「いや慰めてるわけじゃなくて……ううーん」
どうしようと悩んだ時だった。
――パアァァァンッ!
通算三度目になる、どこかで聞いた音が響き渡った。
「桐生くん、まだ花火持ってたの?」
「僕がやったのは二回だよ。これは違う」
「……見て!」
その時、陽太は空を指さした。
少し日が傾きかけた、けれどまだ青が残る夕方の空。
その中央に、大きな花火が上がっていた。
「花火……?」
「こんなに明るいのに?」
桐生くんが打ち上げた花火は見えなかった。校舎の中だったせいもあるけれど、花火は昼間見えにくい。陽太も動画で見た事がある。音は大きかったけれど、小さな色の筋がかすかに見えるくらいで、花火と言うには少し寂しい。
だが、これは。
「……綺麗だ……」
桐生くんがポツリと呟いた。
それは、普通の花火とは少し違っていた。
大空に巨大な絵筆を置いて、一気に描き上げた感じだ。花火みたいな色合いで、なのに少しも薄れない。目を奪われるような光景の中、光の花が咲いている。
昼間だというのに、その輪郭はくっきりしている。たなびく筋が輝いて、なんとも言えず美しい。それは確かに花の形をしていて、まさに空に咲いた大輪の花のようだった。
空いっぱいに広がる不思議な花は、やさしい光を放っている。
それは花火によく似ていて――なのに、やっぱりどこか違っていた。
「あっ……」
桐生くんが空の一点に目を留めた。
ちょうど花火の中心部分、そこからはるか上の場所で、何かが開くのが見えた。
雲か何かの動きだろうか。よく見えないまま、それは薄れて消えていく。はっきりとは見えなかったが、扉のようだと思った。
「……本当に、あったんだ……」
桐生くんが呆然と呟いた。
陽太もびっくりしていたが、あえて口には出さなかった。
花火はやがて薄れ、音もなく消えていく。不思議な事に、部活や委員会で残っているはずの人達は、誰も騒ぐ事がなかった。




