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友達の山田くんには秘密がある  作者: 片山絢森
友達の山田くんには秘密がある

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第10話


    ***

    ***



 昔から、不思議な事が好きな子供だった。

 電車や恐竜の図鑑よりも、おとぎ話を喜ぶような幼年時代だった。

 現実主義の父親は、そういう息子を理解できないようだったけれど、桐生はそんな自分が嫌いじゃなかった。

 だから、入学した高校で聞いた七不思議の噂に、ひそかに心を(おど)らせたのだ。


 数が増える階段に、勝手に鳴り響く音楽室のピアノ、どこからともなく聞こえる声。

 どれも興味深かったし、あったらいいなと思っていた。特に桐生の興味を惹いたのは、異世界への扉だった。


 ――ああ、いいな。


 そんな世界があったらいいのに。

 もしも、違う世界に行く事ができたら。

 そんな事ができたら、きっと。


 だから桐生は試してみたくなったのだ。

 異世界に続く扉を開ける、魔法の鍵を。



    ***



 場所を変えようと言って、桐生くんは校舎に戻った。ライターと花火を片づけて、泥で汚れた手を洗う。それを見て陽太は気づいた。


 最初に銃声騒ぎがあった日、桐生くんは少し遅れて現れた。

 あれは花火を打ち上げたからだったのか。そして花火とライターを隠し、急いで教室へと向かう。桐生くんを怪しむ者がいるはずはない。何も問題はなかったはずだ。


 その数日後、陽太と手洗い場で出会った時、彼の手は泥で汚れていた。

 おそらく、ほとぼりが冷めるまではと思い、安全な場所に埋め直したのだろう。確かにそうすれば見つかりにくい。あの花火はそれなりに大きかった。見咎められる危険も高い。しばらく先生達が見回っていたから、その判断は正しい。


 今思えば、二度目の騒ぎの時もそうだった。陽太は購買に並んだけれど、そこに桐生くんの姿はなかった。ほぼ同時に教室に到着したはずなのに、桐生くんは逆方向から現れた。

 桐生くんが食べていたのは一番人気のBLTサンドだ。後から買いに走っても、そのころには売り切れだ。だとすれば、彼は陽太が買いに出るより早く、フライングでサンドイッチをゲットしたのだろう。花火を打ち上げる時間を捻出するために。


 購買のおばちゃんは、割と融通の利く人だ。今回だけと頼めば、一度くらいは目をつぶってくれる。桐生くんのアリバイは完璧だ。もっとも、彼はアリバイなんて思ってもみないのだろう。彼はただ、花火を打ち上げたかっただけだ。


 教室はなんとなくためらわれて、二人して校舎脇に足を向ける。ここは人がいないので、内緒話をするにはもってこいだ。まだ日は長く、空は高く晴れている。


「どこから話そうかな。三崎くんはどこまで知ってる?」

「どこって言われても、俺はさっぱり……」

 陽太は偶然現場を目撃しただけだ。けれど、桐生くんは苦笑した。


「そういうことにしておくよ。ありがとう、三崎くん」

(いやほんとにそうなんだけど……)

 結局本当に目撃者になってしまった。順番が前後しているが、消されなくてよかった。


「花火騒ぎの犯人は僕だよ。謝っても済むことじゃないけど、みんなには申し訳なかったな」

「それは大丈夫だと思うけど、なんで?」

「三崎くんは七不思議を知ってる?」


 急に聞かれ、陽太はあいまいに頷いた。


「階段の数が変わるやつと、ピアノが勝手に鳴り出すのと、どこかから声が聞こえるのと、あとは、ええっと……」

「『異世界の扉』は知ってる?」

「一応は」


 異世界の扉が開く時、殺人鬼が現れる。そしてその銃で撃たれた人間は消えてしまう。

 ただし、西本さんは違うと言っていた。陽太はどちらが本当か分からない。


「青空に花が咲いた時、異世界に続く扉が開く。僕はそう聞いたんだ」

「空に花……ああ、花火!」


「本当は夜中に抜け出してやりたかったんだけどね。昼間じゃないと駄目みたいだし、日曜日は校門が閉まってるし。それと、大勢に目撃されないといけないみたいだったから」

「殺人鬼じゃなかったの?」

「殺人鬼? 何それ」


 桐生くんは目を丸くした。

 かいつまんで事情を話すと、彼は驚いた顔になり、陽太に深々と頭を下げた。


「三崎くんを怖がらせてたなんて知らなかった。本当にごめん」

「いいよ、そんなの」


 そもそも、カードについては桐生くんが悪いわけじゃない。というか、この話に悪人はいない。いたのは友達想いのクラスメイトと、無邪気なその友人だけだ。


「それにしても……初めて聞いたよ、そんな話」

「英文読解の古賀先生は知ってるだろう? 彼もこの学校の卒業生なんだ。古賀先生の時代にも七不思議が流行ってたみたいで、僕に教えてくれたんだ。不思議が好きなら、こういうのも好きかもしれないねって」


 桐生くんはやさしい目をしていた。自分の好きなものを肯定されて、嬉しかったのかもしれない。


「それで、花火を上げようと思ったの?」

「異世界の扉があるなら、この目で見てみたい。少しでも可能性があるなら、扉を開けたいと思ったんだ」


 失敗したけどね、と言って笑う。その笑顔はさばさばしていて、吹っ切れたような表情だった。


「それが理由?」

「まあ、そうかな」

 桐生くんはあいまいに頷いた。


「馬鹿げてるって思うだろう? 自分でもそう思うよ。だけど、どうしてもやってみたかった。本当に異世界の扉があるなら、試してみたかったんだ」

「どうして?」

「うーん、どうしてだろう。うまく説明できないけど」


 ちょっと首をかしげた後、ほうっと息を吐く。


「こことは違うどこかへ行きたかったのかもしれない。もしくは、連れて行ってあげたかったのかも。そんなのはちっとも関係なくて、無茶なことがしたかっただけかもしれない。だけど」


 一呼吸置き、続けて言う。


「挑戦しないで終わりたくなかった。どうしても」


 桐生くんの家は総合病院で、桐生くんもいずれ後を継ぐらしい。父親は厳格な人で、童話やアニメのヒーローよりも、歴史や地理の本を与えたがったそうだ。

 連れて行ってあげたかったというのは、もしかして小さなころの桐生くんだろうか。

 違うかもしれないし、そうかもしれない。桐生くんは本心を見せないから、陽太が知るのは難しい。


 小さな桐生くんのために、高校生の彼は動いたのだろうか。

 幼い日の夢を叶えるために。

 そして――もしかすると、幼い日の夢を、あきらめるために。


「……あるよ」

 無意識に陽太は口を開いた。


「異世界の扉は、あるよ、きっと」

「三崎くん?」

「あるよ、どこかに。絶対あるから、その、えっと……」


 わたわたする陽太に、桐生くんは目を丸くした。それからその目が細められ、柔らかく笑う。


「ありがとう、三崎くん」

「いや慰めてるわけじゃなくて……ううーん」

 どうしようと悩んだ時だった。



 ――パアァァァンッ!



 通算三度目になる、どこかで聞いた音が響き渡った。

「桐生くん、まだ花火持ってたの?」

「僕がやったのは二回だよ。これは違う」

「……見て!」


 その時、陽太は空を指さした。

 少し日が傾きかけた、けれどまだ青が残る夕方の空。

 その中央に、大きな花火が上がっていた。


「花火……?」

「こんなに明るいのに?」


 桐生くんが打ち上げた花火は見えなかった。校舎の中だったせいもあるけれど、花火は昼間見えにくい。陽太も動画で見た事がある。音は大きかったけれど、小さな色の筋がかすかに見えるくらいで、花火と言うには少し寂しい。

 だが、これは。


「……綺麗だ……」


 桐生くんがポツリと呟いた。


 それは、普通の花火とは少し違っていた。

 大空に巨大な絵筆を置いて、一気に描き上げた感じだ。花火みたいな色合いで、なのに少しも薄れない。目を奪われるような光景の中、光の花が咲いている。


 昼間だというのに、その輪郭はくっきりしている。たなびく筋が輝いて、なんとも言えず美しい。それは確かに花の形をしていて、まさに空に咲いた大輪の花のようだった。


 空いっぱいに広がる不思議な花は、やさしい光を放っている。

 それは花火によく似ていて――なのに、やっぱりどこか違っていた。


「あっ……」


 桐生くんが空の一点に目を留めた。

 ちょうど花火の中心部分、そこからはるか上の場所で、何かが開くのが見えた。

 雲か何かの動きだろうか。よく見えないまま、それは薄れて消えていく。はっきりとは見えなかったが、扉のようだと思った。


「……本当に、あったんだ……」


 桐生くんが呆然と呟いた。

 陽太もびっくりしていたが、あえて口には出さなかった。

 花火はやがて薄れ、音もなく消えていく。不思議な事に、部活や委員会で残っているはずの人達は、誰も騒ぐ事がなかった。

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