第10話:デカけりゃいいってもんじゃない
診察室に入ると、検診衣姿のカンナが女性医師から診断の結果を受けていた。小さく手を振るユズキに気付くと、カンナは少し安心した様子で表情を和らげる。
「先生、どうでしたか? 彼女の具合は」
「着水時に強い衝撃を受けた様子だけど、身体には目立った外傷も無いし、骨も異常は見られないわ。記憶に関しては、しばらく様子を見るしかなさそうだけどね」
カルテを片手に椅子の背もたれに体を預けながら、女医が告げる。
「ま、焦ってどうなるものでも無いし、楽に構えているといいわ」
「そう、ですね……」
カンナも少し疲れているように見える。今日だけで彼女の中では目まぐるしく変化があったはずだろうし、疲れて表情が暗くなるのも無理もない。
「カンナさんを7階の来賓部屋にお通しするよう連絡を受けましたので、取りあえず今日の所はそこで安静にお過ごし下さい」
局も彼女の事情を察していたのか、詳しい説明は後日にしてくれたようだ。
「分かりました。それで、私が着ていた服は……?」
「カンナさんが着ていた服は洗濯して明日の朝にはお渡し出来ます。こちらに替えの服が入っていますので。多分、下着のサイズも合っていると思いますよ」
トウコが微笑みながら着替えの入った紙袋をカンナに渡す。下着のサイズに多分と付け加えるあたり、何か含みのある言い方だ。
「あ、どうもありがとうございます」
「意外と着痩せするタイプみたいですね」
「あはは。そんな事は……」
「──ん? ちょいと失礼しますよ」
会話の中に含まれた『着痩せ』という単語が気になったユズキが、カンナが手に取った紙袋の口を開け、中からブラジャーを取り出す。ずいぶんと大人びたデザインだが、気になる所はそこではない。
「ユズキさん?」
手に取ってサイズを確認すると、思わず声を上げてしまった。
「うっわあ~~! 今まで気づかなかったけど、カンナちゃんの胸、そんな大きかったんだ~へぇ~っ!!」
「ふえぇっ!?」
突如、嫉妬に狂ったユズキがカンナの胸を鷲掴みにした。
学生服と検診衣姿では気づかなかったが、カンナの胸はユズキの手に収まらないほど豊かなモノであった。体型は自分とほぼ同じなのに、10㎝もバストサイズに差があると流石に冷静ではいられない。
ユズキがカンナに対して、これまでで最も感情を露わにした瞬間だった。
「まさか、ここまで立派なものをお持ちとは知りませんでしたなぁ~」
「な、な、な、なっ!」
カンナは面食らった様子で、眼をパチクリさせている。
「ほう。ここか? ここがええのんか?」
「い~やぁ~!!」
掴んだ手を上下左右に動かすと、カンナは振り解こうと必死に抵抗した。
「はいはい。そこまでそこまで」
さすがに度が過ぎると判断したのか、トウコが仲裁に入る。
室内の医療スタッフらも何事か、といった様子で近くにやって来ていた。
自制心を失っていたユズキの魔の手からようやく解放されると、カンナが慌てて胸を両手で隠す仕草をとった。
「ダメよ~ユズキちゃん。胸の大きさで女性の優劣は決まらないんだから~」
「そうそう。男の食いつきが良いだけで、それ以上に困る事の方が多いって」
大人の女たちがフォローのつもりでユズキに説明してくれるが、この二人も平均以上の大きさなので何の気休めになっていない。むしろ、気を使われている感じがして逆に腹が立ってくる。
「カンナさんも困ってるし、ここは落ち着いて、ね?」
「大きくても邪魔なだけなのにねぇ?」
落ち着いて諭す女医の目は笑っていて、この光景を楽しんでいる事だけはハッキリ分かる。
それにしても、大人しい顔をして豊かな双丘の持ち主だと、ユズキは手のひらに残った感触を確かめながら思うのであった。
「──結構、気にしてるんですよ」
「ぬぅ……わかってはいるが、持たざる者の気持ちも理解して欲しい………」
顔を赤らめているカンナを見て、自分も少しやり過ぎたと反省した。
「う~、ユズキさんはいじわるです……」
「あはは……流石に悪ノリが過ぎたね。ゴメンゴメン。今度甘いものでもご馳走するからさ。それで勘弁してよ」
「………約束ですよ?」
ジト目になって少しむくれた様子だったが、甘味と聞いて許す気になるあたり、可愛いところもあると思った。
初めてカンナが思春期の少女らしい一面を覗かせたと同時に、空気が和んだ瞬間でもあった。
結果オーライというやつだ。ほとんど自分の暴走に近かった気もするが、年の近い女として、これくらいの距離感なら困ることはない。
年甲斐も無く胸の大きさに嫉妬してしまったのは確かだが、目の前の少女──カンナはこれから影響を与える存在として、この星で生きていくのだろう。
──彼女は特別なのだ。
これからノーヴァとしての役割に苦しみ、多くの悩みを抱えるかもしれない。もし崩れてしまいそうになる事があれば、傍にいてやれる人間が必要になってくる。
今はこの子にとって、気心の知れた姉のような存在になれればいい。ユズキはそう思った。
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