言い出せ2話
ー2話
小林は土岐と一緒に、四谷天窓の最後列に座った。
5人が30分の持ち時間で歌う。4人が終わって、近藤春菜がステージに出てきた。
最前列には、常連と思われる男性が陣取っている。
硬い表情で、ギブソンのアコギを構える。
消え入りそうな声で、彼女の声を初めて聞いた。
「近藤春菜です。30分3曲歌います。よろしくお願いします」
最前列右側の3人と、小林に土岐だけが拍手した。
アンチが居る。
ヤバイ雰囲気だ。こんな雰囲気では、小林ですら緊張するだろう。
「では。歌います。近くに行けない…」
ハシビロコウの
シャッターの前
あなたは歌ってる
恥ずかしくて
近くに行けない
その声は
ベルベットの風
私の心の
オレンジカーテン
そっと揺らす
素敵だよ
言いたいのに
いつも小さく
拍手するだけ
飛び交う
鳥達よ 鳥達よ
私の肩を押して
意気地無しの私の
想いを届けて
ハシビロコウの
シャッターの前
あなたは呼び掛ける
「近くにきませんか?」
優しい声で
その声は
ベルベットの風
私の心の
頬に優しく
そよいで行った
じゃあって
言いたいのに
小さくうなずいて
逃げてしまう
飛び交う
鳥達よ 鳥達よ
私の肩を押して
意気地無しの私の
想いを届けて
飛び交う
鳥達よ 鳥達よ
私の背中押して
あなたの所へ私を
届けて欲しい
凄い。
指が動いていないので、音が狂っているのに気にならない。
突き抜けてくる高音とすさまじい倍音が魂を鷲掴みにした。
テクニックとかセンスとか努力では無い。
これが才能だ。
客席は静まり返った。
気付くと小林は立ち上がって拍手していた。
土岐は茫然として、口をアングリ開けている。
前列右の3人が振り返った後、小林に習って立ち上がって拍手した。
残りの観客は、腕組みしたり、胡散臭げに小林を睨んだ。
小林はわざと、普段着ないパーカートレーナーに迷彩のジャージを履き、レンズの入っていない伊達メガネで変装していた。
「信者かよ」
小太りの男が振り返った後、挑発するように呟いた。
立って拍手している小林を、土岐が椅子に引き倒すように座らせた。
小林の手が震えている。
「止めろっライブを壊す気か?」
下を向いて堪えた。
「すいません。バイトで左手痛めてます。これで終わります」
近藤春菜は涙を浮かべて、ステージを降りようとした。
下を向いた顔を上げて、小林は言った。
「シンガーが歌い切らずにセンターを開けるのは、死んで運ばれる時だけだ!僕がギターを弾く。歌い切れ。戻れっ!」
右手の3人が笑顔になり、後はフンっと鼻を鳴らし、親指を下に向けて低評価のハンドサインをした。
それを見た近藤春菜が怯えて、引っ込もうとする。
小林は停める土岐の手を振り払って、猛然とダッシュした。
足を引っ掛けようと出して来た靴をかわして、近藤春菜のギブソンをつかんだ。
「アイネクライネだ。動画上げてたろ?あのままコピーして弾く。僕を信じて」
彼女はうなずいて、小林にギターを渡した。
素晴らしかった。
きちっとリズムを出して歌うので、小林は余裕でアドリブまで入れる事が出来た。
アイネクライネが終った。
「1/2だ。AメロBメロはささやくように。サビは限界まで声を張れ」
近藤春菜はハイッと言ってくれた。
歌が始まった。
自分で限界までと言っておいて、その限界は凄過ぎた。
腕組みして低評価のハンドサインを出していた男達の顔が変わった。
歌が終わると、真っ先に小太りの男が立ち上がって拍手した。
観客だけでなく、バーのスタッフやステージチェンジ係、ミキサー、出番の終った仲間まで、延々と拍手が続いた。
茫然としている近藤春菜にギブソンを返し、ステージを降りる。
小太りの男が手を差し出してきた。
「さっきは済まなかった。握手してくれ。俺も信者になる」
「近藤春菜をよろしく頼む。プロに育ててやって下さい」
「任せてくれ。すぐに天窓突き破って行っちまうだろうがな」
小林は彼の手を握り締めた。




