言い出せ1話
ー1話
夜8時。
カフェハッシーくんのシャッターの前。
小林智昭はシンディローパーのトュルーカラーズをストラスキャスターとミニアンプで歌っていた。
後ろのシャッターには、ハシビロコウのイラストがペイントして有る。
観客は5人と、反対側の電柱の陰に一人。
6人とも常連さんだ。
ミディアムの髪に内巻きのカール、前髪にも綺麗にカールが掛けてある。
美人だが笑うと可愛いタイプ…だが電柱の陰でニコリともしない。黒い服とグレーのフレアスカートで黙って、小さく拍手する。
話し掛けると、小さくおじきして逃げてしまう。だから、話し掛けられない。
時々ギターケースを持っているので、今流行りの女性弾き語りさんかもしれない。
常連さんの中でも、皆勤賞で、彼女一人電柱の陰に向かって歌った事も有る。
台風が来ていて、他の5人はLINEで中止を知らせた。もしかしてと思って行ってみると、定位置に立っていた。奇跡のように風が止み、3曲歌って終わりますと言うと帰っていった。
他の常連さんでも、近付くと逃げてしまう。
ので。
「電柱さん」と呼んでそっと見守っている。
終わって、電柱さんは逃げるように帰って行った。
常連の一人土岐が、後片付けをしている小林に言った。
「電柱さんの名前が判った」
土岐はスマホを小林に見せた。
「近藤春菜…カバー動画いっぱい有るな」
「四谷天窓に出てるんだよ。あの引っ込み思案で良くステージで歌えるな…」
「行ってみるか?彼女のライブに…」
「逃げ出したらどうする?」
「まさか。自分のライブじゃ逃げ出せないよ。小林智昭の路上弾き語りをさ、半年間皆勤のファンに恩返しだ」
「来週の木曜、19時30から四谷天窓だ。予約入れとくよ」
小林は、近藤春菜に何か訳有りを感じていた。
胸騒ぎと共に。