第十四話
ゴメス侯爵家の別邸を後にしたわたくしは、待たせていた列車に乗り込み故郷に向けて出発しました。
ヨーロッパに多い個室タイプの車両が片側に寄せた通路で繋がった車両は、記憶がチャーターするのにふさわしい上品で落ち着いた内装です。
数時間に及ぶ列車移動でくつろげるようになっていて、柔らかな背もたれに体をあずけていられます。
「ずいぶんとお話が弾んでいたようですね」
向かいの席に腰かけたジーンが声を掛けてきます。
「シャンプーの事など休暇の前に詰めたかったのですわ」
「学院に入られてから、貴族社会でのつながりが増えてきましたわね。
良い事ですが、少し寂しいですわ」
そんな冗談とも本気ともつかない言い方で、微笑むジーン……。
「わたくしを支えてくれるのはジーン、そしてプリムラ。
これからも頼りにしています」
よろしくお願いしますねと言えば、「お任せください」と頼もしい言葉。
これから、わたくしたちの前に立ちふさがるものが何なのか今は解りません。
それでも……決して怯みませんわ!
――わたくしたちの未来は、これからなんですもの!
~Fin~
嘘です!
遅くなりましたが、14話目をお届けします。
「フローラ様、もうじき駅に到着しますわ」
いつの間にかウトウトしていたようです。
ジーンに声を掛けられて目を覚ますと、車窓から見える空は茜色に変わっていました。
「どうぞ」
すぐにプリムラがお茶を差し出してれた。
ローズにミントを加えたお茶は午睡の後にはちょうどいいですわ。
「西の空が真っ赤ですわね……屋敷に戻る頃には暗くなってしまいそう」
「少しでも早くつける様に急がせますわ」
「いいえ、安全第一ですわ!家に帰るまでが帰省ですもの!」
「?……はい、そうですわね」
あっ!
つい前世のお約束的な言い回しをして、ジーンを困惑させてしまいました。
そもそも、これを言うなら「寮に戻るまでが帰省」になりますわよね。
ギギギーと、ブレーキの音が聞こえ停止の反動で体が揺れます。
ヒメネス侯爵領の入口に位置する町の外側に建てられた駅舎が目に入り、見慣れた街並みに少し心が緩むのを感じます。
父の待つ男爵領へは馬車で一時間以上かかりますから、もう少し気を引き締めなければいけませんわね。
「ただいま戻りましたお父様」
迎えの馬車に乗りヒメネス男爵邸へ戻ったわたくしは、暖炉の前で待つ父に挨拶をしました。
「おかえりフローラ、寒かっただろう?こちらに来て温まりなさい」
人のよさそうな顔を満面の笑みで彩った父に促されて、二人掛けのソファーに相席します。
普通なら父親と距離を取りたい年頃ですのに、困った人ですわ……。
わたくしは、もうあきらめていますけどね。
「私の可愛い妖精さんや、よーく顔を見せておくれ」
「お父様、わたくしは幼子ではありませんのよ」
「何を言っているんだ。私にはとっては永遠に愛らしい妖精さんだよ」
言っても無駄ですわね……。
「どうした?疲れているのかい?」
今、どっと疲れました。
「鉄道での移動は大変だったろうね」
移動よりも、お父様とのやり取りで疲れたんですわ……。
「少し痩せたみたいだし、辛い思いをしてはいないかい?」
何で涙目ですの?
「大丈夫です。手紙にも書きました通り、皇太子殿下の婚約者であるゴメス家のご令嬢が良くしてくださって、楽しく過ごしておりますわ」
アレクシア殿下の事は内緒ですけどね。
「ニコラス先輩の御嬢さんか、私も学院に居た時に先輩にはよくして頂いた」
末とは言えヒメネス侯爵令息だった父ですものね。
同じ侯爵家として親交があっても不思議ではありません。
「親子でお世話になっていますのね」
「うんうん、面倒見の良いところも似てるんだね」
本来なら悪役令嬢とヒロインの立場だったんですけどね。
「旦那様、お嬢様は長旅で疲れておられます。話は後ほどにして、お休みいただいた方が宜しいのでは?」
家令のデーツのおかげで部屋で休めそうですわ。
「そうか、仕方ないけど……夕食の時に詳しく話しておくれ」
「はい、お父様。少し失礼させていただきますわ」
部屋へ下がるとジーンとプリムラが着替えを手伝ってくれます。
「ありがとう、二人とも部屋で休んでちょうだい」
二人をねぎらって下がらせると、一人の部屋で息を吐きます。
色々あって疲れましたわ……。
入学前に過ごした最後の晩は、家を離れる不安と学友と暮らす新生活に対する期待で、あまり眠れませんでしたわね。
それが、まさか前世の記憶を思い出すなんて……。
しかも乙女ゲームの世界だなんて、使いまわされた小説の主人公みたいな立場になるだなんて、本当に考えも及びませんでしたわね。
――思ったら、正気を疑いますけど。
引かれていたカーテンを軽く開き、空に浮かぶ下弦の月を見上げます。
地球の月よりも少し大きな月が、白く冷たげな光を纏って輝いています。
今日は二十三日、地球なら明日はクリスマスイブですわね。
月は三十日で巡り、一年はちょうど三百六十日……。
時計の秒針を見る限り一秒は地球と同じに感じます。
きっちり二十四時間、閏で修正する事もない……。
そんな切りのいい偶然、あるのかしら?
グロリアーナ様達も気にはなさっているようですけれど、この世界は意図的に作られた物なのでしょうか?
――神?
主に男性向けの転生モノには多く登場する設定ですわよね。
ゲームにはない創世神話も、この世界には存在しますし……。
家に帰って来たからでしょうか、今までは考えない様にしていた疑問が大きく膨らんできて、心細さに腕を抱きしめました。
***
「ご無沙汰しております。ヒメネス侯爵様」
「伯父様と呼んでほしいな、君は私の姪なんだからね」
大晦日の夜を一族で祝うため侯爵家の居城へ出向いたわたくしは、伯父であるレナード・マルキオー・ヒメネスの書斎へ呼ばれました。
「わたくしは既に、院に上がった身ですございます」
社交界デビューは卒業後でも、子供とは扱われない歳です。
主家であるヒメネス侯爵家の当主を、伯父呼ばわりは出来ませんわ。
「他人行儀で悲しくなるね……」
ため息を吐きながら本当に悲しそうな顔をされると、父に似た面差しが見えますが、目の奥の光は全く別の鋭さがあります。
「まあいい、時間も無いし用件を済ませよう。
手紙で伝えられた皇太子の件はこちらに任せてほしい」
「かしこまりました」
前世の記憶が戻った身としては大変もどかしいですが、令嬢の婚姻は家の延いては主家である侯爵家の利益を考える必要があるのです。
将来はラモス商会の一員として貴族令嬢らしからぬ道へ進む予定でしたが、アレクシア殿下の暴走で最悪の場合皇太子妃です!
「それと……ナバーロ子爵と進めている洗髪化粧品の件は、ラモス商会から順調だと報告を受けているよ」
ヒメネス侯爵家は最大の出資者ですからね。
最優先で報告されているのではないでしょうか?
「後は、肝油の製造も手掛けるそうだね?」
「はい、偶然ですが効率的な精製方法を見つけました」
前世の知識から精製方法は解っていましたが、どうやって思いついたのかと聞かれて答えに窮するようでは困るのです。
今回のシャンプーをはじめとした美容関連商品の開発とアイデアの出し合いは、肝油の精製方法を思いついた経緯の言い訳には好都合でした。
「マロンにも伝えているが、肝油精製は最優先で進めてもらう」
全力の前のめり……本当に切望してますわね。
長い船旅で旅行を楽しまれている貴族の方々には、肝油とレモンジュースは必需品ですものね。
精製が不十分な今の品は、罰ゲーム用のアイテムにしか思えませんもの。
「しかし、君にしてもナバーロ家の若き当主にしても、天才というのは同時期に生まれてくるものなのかね」
「わたくしはともかく、ナバーロ卿は凄いですわ」
危なかったですわ。
ちょうどお茶を飲むために目を伏せていなければ、動揺した目の動きを不審に思われたかもしれません。
わたくしって、色々顔に出やすい気がしますの……。
「はぁ~」
「どうなさいました?」
自分に用意された部屋に戻った途端、思わずため息が出ました。
「精進しないと商人として大成できそうにありませんわ……」
「フローラ様は、ヴィンセント様と婚約されるのではないのですか?」
「はあ?」
予想の遥か斜めからヴィンセント様の名前が出て、素っ頓狂な声が出ます。
「フローラ様」
「分かっています。気を付けますわ」
久しぶりに言葉遣いを咎められましたけれど、仕方ないではありませんか!
「プリムラ、唐突に何を言い出しますの!」
「まぁ、おテレになってますの?」
「プリムラ、主を揶揄ってはいけません……ね、フローラ様」
ちょっと待って!
「何で、二人そろって生暖かい顔をしますの!」
「フローラ様にとって、かなり理想的なお相手ではありませんか?」
「り、理想的?!」
あの元オタク高校生のどこが理想的な結婚相手ですの?
ジーンの顔が冗談を言っているように見えないのが怖い……。
「歴史ある貴族ではありますが、社交界に興味が薄く、貴族でありながら新しいものを作り売り広めたいと行動される。
アイデアを形にされる才能も、起業される実行力もお持ちですのよ」
熱が籠っていますけど、実態を知っていると色々微妙ですわ……。
「そうですよ、こんなことは不謹慎かもしれませんけど……。
姑も小姑も居ないのは、楽ではありませんか?」
個室に下がっているからこそでしょうが、プリムラはぶっちゃけ過ぎです。
案の定ジーンに窘められています。
「ですけど……他に家族と呼べる女性がいないというのは、相手からも特別に思っていただけるのではありませんの?」
「死人には勝てないとも言いますわよ?」
いささか夢を見ているようなプリムラに定番のセリフを言ったものの、乙女モードに入ったらしくウットリ宙を見つめて反論されてしまう始末です。
「いずれは側に居るフローラ様に心の隙間を埋められて、唯一の存在になっていくのですわ」
これは無駄ですわね……。
恋愛小説のヒロインとでも重ね合わせているようです。
――まぁ、乙女ゲームのヒロインポジですけどね……。
「プリムラの話はともかく、在学中に婚約者を決めておくのは良い事ですわ」
こちらは現実的なジーンの提言です。
彼女はわたくしが貴族社会から距離を取ることを、快く思って居ませんものね。
「ヴィンセント様とはビジネスパートナーとして、良好な関係を持ちたいとは思っていますけど……」
「同期の学友であっても、異性を名前で呼び合う関係です。将来の旦那様は良い感情を持たれないのではありませんか?」
「そっそこは理解して下さ「甘いです」うぅぅ」
一撃で切り捨てますわね……。
「それこそ夢物語です。
殿方というのは、うわべでは測れないほどに嫉妬深いものですわ!」
そこは男女に共通している気がいたしますけど……。
「元々フローラ様の理想が、妻が事業を行うことを容認できる殿方。
それだけで選択肢が狭まっておりますのに、学院時代から親しい殿方がいるだなんて家庭不和の種です!」
それは確かにそうですわよね……。
でも、グロリアーナ様やヴィンセント様とは今後も親しく付き合っていきたい事情があります。
「だからと言って、ヴィンセント様とと言うのも……」
あの方の『嫁』はギャルゲーヒロインのピーチですわよ?
かすかに覚えがありますけど、ほっそりとした体形に不自然に大きな胸。
焦点が合っていない上目遣いと開いたままの口元……。
――彼方からも、わたくしは対象外なのではないかしら?
「見た目が地味とか、ロマンが無いとか考えていませんわよね?」
「いっいませんわ」
チラッとしか考えてませんとも!
「そんな事を考えていると、殿下にヴィンセント様を取られてしまいますよ!」
はぁ?
今、聞き捨てられない事をプリムラが言いませんでしたか?
「プップリムラ?何を恐ろしい事を言い出しますの?」
「高貴な方々を軽々しく噂するものではありませんよ」
「ジーン、少し違いませんか?」
プリムラの言ったそれは、事実無根の妄想……ええっ?
「貴女はいつから腐海の住民になっていましたの?」
「ご不快でしたか?」
「ふかい違いですわ……」
漢字は無くても同音異義語は存在しますもの、ややこしいです。
「つまり、グロリアーナ様が書かれている薄い本に影響されてますの?」
「ああ……」
ポッと頬を染めた姿は愛らしいですけど、まさかプリムラが腐女子になっていただなんてショックですわ……。
「プリムラ、個人の趣味に口を出すつもりはありませんが、あれは|妄想(空想)のお話です」
「そんなこと判りませんわ!
自動車の事で、お二人はとても親しい間柄になっていますもの!」
こんなことを聞いたら、ヴィンセント様が卒倒してしまいますわ。
「それに言っては何ですが、この様な|妄想(空想)に登場する人物は、見目麗しい方が選ばれるのではありませんか?」
ヴィンセント様がブサメンだとは思いませんけれど、少し地味ですわよね。
「地味で取り柄のない主人公が、学院一の殿方から求愛を受ける。王道ですわ!」
「それは主人公が女性の場合ですわよね?」
「おなじです!」
――え~~
そうかなぁ?
女子ならともかく、男子でそれは不甲斐なさすぎない~?
腐属性があると感じ方が変わるのかなぁ?
――はっ!心の声が令嬢らしからぬものになってますわ!
「真実の愛は婚姻とは別に育まれるものだと、古典でも語られていますもの」
「それは、騎士が貴婦人に捧げるプラトニックな愛の事です」
グロリアーナ様ですわね!
変な解釈を広めているのは!
「そんなことありません、愛の神も英雄アルファと愛を育まれたと言いますでしょう?」
「アルファは女性だとする説が有力ですし、愛の神も妻である婚姻の女神に罰を与えられたではありませんか」
部屋に下がってからの方が、疲労が増した気がします……。
少しづつ書いていたんですが、気が付けば二カ月開いてしまいました・・・。
(´・ω・`)
次は、三か月後?!
そうならない様に精進します!
(`・ω・´)




