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「ああ、ようこそおいでくださいましたね。南の姫君。どうぞおかけください。侍女に菓子などすぐ用意させますから」
エファイテュイアが入室すると同時に、明るく社交的な笑顔とともに迎えられた。
部屋の中央には、先ほど訪問した部屋の主と同じ顔をした男性が立っていた。だが、そこから受ける印象や、態度は正反対のようだ。華の貴公子との名に相応しく、部屋にはハーブの香りが上品に漂っていた。
薦められるままにエファイテュイアは椅子に腰を降ろすと、その正面に彼も座る。
華の貴公子、ルジェンリューズ・ケディ・アージェント。
エファイテュイアのもう一人の婚約者候補である。
「どうぞ。ザッカリアのタルトケーキなどはお好きですか?」
「えぇ、大好きですっ」
運ばれてくるケーキとハーブティの甘い香りに、エファイテュイアは素直に喜びを表わした。大好きなザッカリアである。
彼女は一口、それを口にした。
「噂には聞いておりましたが、お美しい姫君ですね」
社交辞令で誉められることには、エファイテュイアも慣れている。笑顔で礼を述べた。
「貴女のような皇妃を迎えられるとは私も運がいいことです」
口元をほころばせ、穏やかに優しく笑みを浮かべたまま、ルジェンリューズは話し続けた。
「この城は気に入っていただけましたか?」
「えぇ、とっても綺麗なお城です。わたしの屋敷よりもずっと大きくてびっくりいたしました」
キトの屋敷を思い出してしまい、エファイテュイアは急に懐かしくなった。まだたった五日である。結婚後はほとんどキトに帰ることはないだろうに。
だが、一度思い出してしまうと止まらない。もう五日も兄ディルザードの顔を見ていないのだ。そのことが彼女の憂いを一層濃くした。
逢いたい。
純粋な心でそう思う。
「どうしましたか?」
「あ……い、いえ」
父ファルアランよりも高い身分にある皇太子。その前で泣いてはいけない、公爵家の娘としての自尊心が、エファイテュイアを支えた。ルジェンリューズは少し首をかしげたが、何も言わずに再び明るい口調で話し始めた。
エファイテュイアも笑顔で答えることができた。
* * *
「シェアライズ様はまるで冬のような瞳を持ったお人よ」
与えられた部屋に帰るなり、エファイテュイアはラピカにそんな感想を述べた。
「冬のような、でございますか」
「えぇ、そうなのラピカ。冬の女神様のようなの」
「まあ、姫様。あの方は男性でございますのに」
エファイテュイアの、シェアライズに対する印象がおもしろく、ラピカは笑う。
「でも女神様よ、ぜったいよ」
それほど美しいという意味なのだろうとラピカは想像しただけだった。
肖像画で見た彼は威厳があり、猛々しく、また美しい青年であった。まさに国を統治するに相応しい男性だと感じさせた。
だが、実際の彼は、エファイテュイアにはまったく別人に映ったのだ。冷たく冴えた漆黒の瞳は冬のように凍え、氷の刃を閃かせている。孤独な、瞳をしていた。
「では、ルジェンリューズ様はどうでした?」
「あの方、はーーー」
あのときの寂しさを思い出さないように努めて、エファイテュイアは答える。
「ーーー不思議な、霧のような……お人よ」
ザッカリアのタルトケーキは特上であったし、貴人が貴人をもてなすマナーとしては完璧だった。だが、エファイテュイアには何も見えなかった。肖像画にある彼はただただ優雅で女性と見紛うばかりの美貌であり、たしかに彼は優雅な風流人であったけれど、それ以外の印象が何もないのだ。そこにぼんやりとあるのに見えない、まるで霧のような存在だった。
ただ一つだけわかったことがある。
どちらも、ディルザードとは違う。エファイテュイアが欲しいものではないということだ。
愛するということがどういうことか、エファイテュイアはまだ知らない。
物語の姫君は、情熱的に愛し、愛され、幸せに暮らしている。エファイテュイアが今一番愛している人はもちろんディルザードだろうが、それが物語のような愛かどうか、彼女は知らない。
ただ、数日離れてみて、物足りなさや寂しさ、孤独を感じていた。
そのあとの数日は、ただ帰りたいとそれだけを思いながら、レキ=アードの皇城で過ごした。
だが、皇帝と皇妃との面会、大臣たちの紹介などがあり、結局帰路に着くことが決まったのは、レキ=アードに滞在してから十日以上が過ぎたころだった。




