表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイス・アメイジング・キャンディスター  作者: 久保田
久遠ヶ原学園壊滅
PR
1/9

第一話・前

 天使と悪魔。

 想像上の存在であるとされていた彼らが、突如として平行世界より地球に侵攻して来た時、人類に対処する術は無かった。


『物質透過能力』


 どれだけの銃弾を、砲弾を撃ち込もうと、天使と悪魔はその全てをすり抜け、決して当たる事はない。

 物質透過能力の前には、人類が手に入れた最大最強の炎である核すら無力化されてしまう。

 しかし、天使と悪魔という名が指し示すように、彼らは協調関係どころか憎しみ合う不倶戴天の怨敵である。

 互いに戦いを始めた天使と悪魔は疲弊し、地球上の各地を占領すると再び潰し合い、戦力回復に努めるという奇妙な均衡状態に陥っていた。

 そして、その均衡により生まれた時間は、人類に反撃の糸口を掴ませる。


『アウル』


 アウルとは何か、という疑問に、未だ明確な答えはない。

 これまでオカルトと思われていた存在、魔法使いや陰陽道、はたまた超能力者が天魔に反撃を開始する事により、その存在が発覚した。

 彼らからすれば我らが術の源と答え、科学者からすれば不可解の一言だ。

 アウルに目覚めれば、五十mを五秒で走り抜けるだけの身体能力や、銃で撃たれようが多少の痛みと皮膚が赤くなる程度で済む強靭さをアウル能力者に与える。

 そんな得体の知れない何かに答えを出せる科学者は、まだ存在していない。

 だがアウル最大の特徴は、天魔の物質透過能力を無力化出来る点にある。

 天魔とは何か、アウルとは何か。

 その全てに答えは出ていない。

 しかし、人類は天魔に対抗出来る牙を、アウルを扱う撃退士ブレイカーを手に入れた事だけは確かだ。

 もう何も出来ぬと涙するだけの日々は終わりだ!

 我々は震えるだけの無力な羊ではない。

 反撃の時は今! 来たれ、若人よ。 人類は君を待っている!


(久遠ヶ原学園 20XX年、入学案内より)




「久遠ヶ原学園中等部総代」


 その声には力があった。

 たおやかな鈴の音のような声でありながら、そこに自らの意思が乗った声だ。

 聞いた者に久遠ヶ原学園中等部総代に相応しい、有事の際には中等部全てを率いる事となる中等部で最も優秀な者の声に相応しい、凜とした響きがあった。


「二年三組」


 だが、何も知らない者が彼女を見た時、果たしてその事実をすんなりと受け入れられるだろうか。

 紺色のチェックのスカートから伸びる足はほっそりとしており、ブレザーの胸元を押し上げる豊かな母性は、どう見ても戦う者には見えはしない。

 普段は着用義務が無い儀礼用の皮製コートを一分の隙もなく着込む姿は、戦う者というよりもお堅い風紀員という様子か。

 左腰にベルトで吊るされた日本刀は、この華奢な少女にどうしようもなく不釣り合いであり、彼女のたおやかな指で握るのは日本刀より、華でも活ける方がよほど似合っている。


「深井紫子」


 よく手入れされた腰まで届く長い黒髪は、現代では失われたと言われる大和撫子そのもの。

 だが、邪魔をするなと言わんばかりに眉の下で切り揃えられた前髪、その下の瞳には言葉より雄弁に語る力が籠められていた。


「学園、やめます」


 一般的な教室ほどの広さの部屋、だが部屋を飾る品々はしっかりとした作りだ。

 そんな部屋に敷かれた赤絨毯の上に、紫子の声が転々と転がった。


「……は?」


 紫子の投げた会話という名のボールは、男の手から溢れ落ちる。

 重厚な執務用のデスクに向かう男の顎には、しっかりと整えられた顎髭があり、十も若ければさぞかし女にモテただろうという風貌だ。

 しかし、普段はダンディズム感じさせる口元が、間抜けにもぽっかりと丸く開かれていた。


「学園やめます、校長先生」


「な、なんだってー!?」


 全力で叫んだ校長は一度、咳払いをすると右を見て、左を見て、上を向いて、改めて紫子を見る。


「き、今日は四月一日……?」


「いえ、今日は十二月一日で、エイプリルフールではありません」


 校長の一分の希望を、紫子はばっさりと切って捨てた。

 卓上カレンダーに携帯電話を改めて確認した校長は、恐る恐る言葉を作る。


「……ジョーク?」


「違います」


「……賃上げ交渉?」


 学園生は天魔発生時、依頼という形で仕事を受け、報酬を得る。

 中等部の代表として前線で天魔と戦う事になる紫子は、相当な頻度で戦闘を繰り広げていた。

 あまりの激務にうんざりし、仕事に見合うだけの金銭を求めているのだろうか?


「違います」


 ばっさり。

 エイプリルフールでも無ければ、ジョークでもなく、賃金上げ交渉でもない。

 なら何か、と校長の頭脳はフル回転を始めた。

 平均的な撃退士十人分のアウル量を持ち、戦闘面では高等部のトップクラスすら打ち倒す実力(まだ歴史の浅い久遠ヶ原学園では、年々カリキュラムが長足の進歩を見せており、一概には年齢が強さには結びつかないが)を持つ紫子。

 そんな力を持った彼女だか、強い力を持った者にありがちな傲慢さなど欠片も見せず、下の者には常に丁寧に接し、目上の者には礼を欠かさない。

 責任感も強く、規律もしっかりと守り、常に冷静沈着で如何なる戦場でも慌てる事なし。

 感情により強弱にはっきりと差が出るアウル能力者を、あまり締め付ける事も出来ない学園の教師からしてみれば、理想の総代といった存在だった。

 まさに学園の盾であり、矛であり、人類の未来を背負う人材だ。

 だからこそ紫子が学園を辞めたいと言い出す理由がわからない。


「……いじめとか?」


「違います」


 だろうな、と校長は胸中で呟いた。

 実力と人望を兼ね備えた彼女をいじめられる人類など、どこを探してもいるはずがない。


「なら、どうしてだ」


 人類を天魔から守ると誓ったはずの彼女が、何故?

 問いを放ちながら、その答えを校長は聞きたくなかった。

 もしも人類を守るという大義を超える、醜悪な深淵がそこにあったとしたら?

 紫子と同じ深淵を覗き込んだ時、自分は人類を守ると誓えるのか。

 中等部総代 深井紫子を、校長は心底信頼していた。

 ただの中学生紫子ではなく、いざという時は戦場で背を預ける事になる戦友として、だ。

 そんな彼女が一方的に戦場を抜けるなど、如何なる理由があるというのか。


「聞かせてくれ、紫子くん」


 だが、独りで逃げる気はない。

 重い荷があるなら、共に背負う。 教育者として、大人として、校長は紫子に問いかけた。






















「ロッケンローラーになりたいんです」


「マジで!? ギター!?」


「はい、ギターです」


「ギターなんだ……」


 ロッケンローラーになりたい。

 若者らしい、いい夢ではないか。

 校長は思った。

 将来は武道館で解散ライブだ。


「いや、駄目だろう」


 しかし、優秀な者を黙って辞めさせる余裕など、追い詰められた人類にはなかった。

 夢を追うのは美しいが、その美しさを許す余裕などない。

 そんな大人の無能を噛み締めながら、校長は必死に説得の言葉を作る。


「待ってくれ、紫子くん。 学園内でもバンドを組んでいる生徒もいるじゃないか。 わざわざ学園を辞める必要なんてないだろう」


「駄目です」


 しかし、ばっさり。

 議論の余地などない。 その意思を紫子は大上段から降り下ろす。


「あいつらはロックじゃありません」


「ロ、ロックじゃないんだ……?」


「はい」


「ロックじゃないって、どういう……」


 しまった、と後悔したのは、きらりと光る紫子の瞳を見た瞬間。


「だって、あいつらジミヘンも知らないんですよ!? ロッカー気取りのくせに、ジミヘン知らないってあり得なくないですか! ジミー・ペイジも知らないし、あいつらと何話せばいいんですか! ロック、ナメ過ぎでしょう! キリスト教を信仰しています、でもキリストは知りません。 そんな人がいますか! ふざけるんじゃないですよ!」


「お、落ち着いて!」


「これが落ち着いてられますかー!」


「ひい!?」


 紫子のあまりの剣幕に、校長の口からつい悲鳴が漏れる。


「ロック、ナメんじゃねーですよ!」


「ナメてない! 僕はナメてないから!」


「……じゃあ、校長先生の好きなバンドは?」


 適当な事を言ったら何をされるのか。 何故、紫子の左手は腰の刀にかかっているのか。

 命の危険を感じながら、校長はおそるおそる答えた。


「ロ、ローリングストーンズ?」


「ちっ、まぁいいでしょう」


「舌打ちされた……」


 昨日まで真面目な中等部総代だと思っていた紫子の態度に、傷付きながらも校長は説得を続ける。


「し、しかし、君に辞められては困るんだ」


「学園を辞める権利は、学園法により守られているはずです」


 強制的にアウル能力者を徴兵し、強制的に訓練を施したとしても、感情により強弱の変わるアウル能力者には百害あって一利なし。

 だからこそ戦う自由と、辞める権利が学園生には保証されている。


「……君の気持ちはわかった」


 だが、これほどの逸材を野に放つ事が許されるはずがなかった。


「しかし、君に辞められるわけにはいかない。 悪いが」


 拘束させてもらう、と校長が続けようとした時だった。


「お断りします」


 その瞬間、紫子は校長に背を向ける。

 言葉の途中に唐突に動き出すとは想像もしていなかった校長は、紫子に追随出来ず。

 扉を蹴破るようにして出ると、紫子は校長室を抜け出した。

 校長が声をかける間もなく、まるで脱兎のごとき勢い。


(最初の一歩で引き離せば勝ちだ)


 紫子は自分の価値を理解している。

 簡単に辞めさせてもらえるなら苦労はなく、拘束される可能性も予想しており、予め逃走経路や資金を整えていた。

 急激な増改築により、学園側ですら理解しきれてしない複雑な迷路のようになってしまった学園内は、最初に引き離してしまえば、人一人を探すにはあまりに広大である。

 校長さえ引き離せば追撃部隊が編制されるまで五分、そこから紫子の元まで五分。

 それだけの時間があれば学園からの逃亡は可能だと、紫子は確信していた。

 アウルを全開にし、リノウム製の床の上を車並みの速度を出しながら、紫子は駆ける。


「きゃあ!?」


 曲がり角を一つ抜けると、そこには女子生徒の姿が。


「驚かせて、すまない」


 立ち竦む女子生徒の肩に右手を置くと、そこを支点に紫子は床を蹴りつけた。

 速度を落とす事なく、慣性に身を任せた紫子の身体は、外に振られ、足が宙に浮く。

 そして、そこには教室の壁。 壁を足場とした紫子は、そのまま疾走を続行。

 一、二、三歩と壁走りを見せると、開いていた窓に迷う事なくその身を投げ出した。

 その先にはただ虚空、三階から飛び降りれば常人では骨折、下手をすれば死んでしまうだろう。

 しかし、紫子は常人ではなく、アウル能力者だ。

 コンクリートの地面に叩き付けられるなど日常茶飯事、木の上から飛び降りる猫のように器用に着地に成功。

 茨城県沖に建設された人工島である久遠ヶ原学園は、当たり前だか海に囲まれている。

 飛び降りた中庭を抜け、本州とは逆側に出て、そのまま泳いで脱出するというルートである。

 冬の太平洋は寒かろうが、アウル能力を使えば何とかなるだろう、という計画だ。

 進路上には、そろそろ日も暮れようという寒空の下、ベンチに座り談笑する生徒二人の姿だけで、邪魔な教師は見当たらない。

 このまま走り抜け、夜の海に消えてしまえば自分の勝ちだ。

 そう、紫子が確信した瞬間だった。


『ピンポンパンポーン』


 学園の各所に設置されたスピーカーから、木琴の音が鳴り響く。


『緊急放送、緊急放送。 全校生徒に告ぐ』


 校長の声、嫌な予感に襲われた紫子は更に速度を上げる。

 しかし、広大な久遠ヶ原学園は中庭すらも広く、自動車並みの速度があろうと、抜けるのに数秒はかかってしまう。


『中等部総代、深井紫子を捕獲せよ!』


 辺りにいた生徒達の視線が、紫子に向く。

 しかし、まだ動く者はいない。

 いくら校長からの命令とはいえ、単独で紫子を捕獲出来る者は早々いないのだ。

 独りで向かい、独りで怪我をするのも馬鹿馬鹿しい。

 次の言葉を聞くまでは。


『なお、紫子くんを捕らえた生徒には好きな教科三単位を与える!』


 ギラリ、と音すら聞こえてきそうな生徒達の眼光。

 天魔撃退依頼や訓練など、久遠ヶ原学園生はとにかく忙しい。

 しかし、人類を守るためとはいえ、未成年者に教育を与えないような事は出来ない以上、通常の授業もきちんとある。

 出来が悪い者は留年しないために、出来のいい者にしても自分の余裕のある生活のため、紫子捕獲のために一斉に動き出す。


「よっしゃあ!」


 跳び跳ねるようにして十メートルほど離れたベンチから立ち上がった少年が、右腕を紫子に向け、何も握られていないその手を前に、紫子は大きく左へと飛び退いた。 


「捕まってくださいよ、俺の単位のために!」


「断る!」


 次の瞬間、僅かに光輝くと、少年の手の中に黒光するリボルバー式の拳銃が握られているではないか。

 これぞアウルを効率よく運用するためのヴァイサリス・ウェポン、通称V兵器と呼ばれる存在だ。

 ヒヒイロカネと呼ばれる小さな金属に格納することが可能で、己の武器を即時に取り出す事が可能なのである。


「当たれよ!」


 少年は引き金を軽く引いた。

 アウル能力者に弾丸が当たった所で、死ぬような事は滅多になく、良心の呵責なく撃てる。

 だが、アウルが乗った弾丸に当たれば、野球の硬球を全力でぶつけられる程度の痛みはあり、当たり所が悪ければ紫子の逃亡はここで終わりになるだろう。


「狙いが甘い!」


 しかし、撃退士の反射神経は弾丸すら見切る。

 僅かに頭を横に倒し、弾丸を数センチ単位で避けた紫子は、あっさりと回避し、少年に向けて踏み込んだ。


「げっ……」


「寝てろ!」


 たった一歩で間合いを零にすると、少年がくの字になるほど力の籠ったボディブロー。

 あまりの一撃に、耐えられるはずもなく少年は地に沈む。


「総代、死んで俺の単位になってくれ!」


 ボディブローを放った隙を突いたつもりか、更に一人の生徒がヒヒロイカネから武装を開放。 身の丈ほどもある大剣を振りかぶり、紫子に飛びかかる。


「奇襲するなら、黙って来い!」


 抜刀一閃、紫子の抜く手を見せぬ一撃は大剣を振りかぶっていた少年の腹を吹き飛ばした。

 器用にも抜き打ちの最中に刃を返し、峰打ちにする神技しんぎである。

 しかし、その神技とてあまりに遅い。


「いたぞ、総代だ!」


「捕まえろ!」


「ちっ……」


 二人を倒すのに五秒もかかっていない。 しかし、その時間は常に天魔と戦い続けている学園生を集結させるには、十分過ぎる時間だ。

 校舎に囲まれた中庭の出口は前と後ろに二つ。 だが、その両方から五人ばかりの生徒達が駆け込んでくる。

 前から五人、後ろから五人。 彼らに勝つ自信はあるが、五秒で十人集まってくる学園生達が、次の十秒で二十人にならないという保証はない。


「どうしてうちの学校は、こういう事ばかり真剣なんだ」


 紫子は嘆きに満ちた言葉を吐くと、進路を校舎へと変えた。

 窓の向こうに見える校舎にも、集まってきている生徒達が十人ほど見え、どいつもこいつも自分の元に飛び込んでくる単位に喜色を浮かべている。

 紫子は人類の欲の深さに、深々とため息を吐いた。


「ヒャッハー! 単位が来たぜぇ!」


「総代、私に捕まってください。 捕まってくれたら、ケーキごちそうします!」


 校舎の中で待ち構える生徒達は刀、長槍、弓、西洋式の大剣、はたまたナイフとフォーク、チェーンソーなど多種多様な武装の数々を一斉に開放。

 特別、広いわけでもない廊下で、だ。


「うおお、何か絡んでる!?」


「誰のだ、このチェーンソー!? スイッチ入れるなよ!?」


「ヒャッハー! 刺さってる、刺さってる!?」


「あほか、お前達」


 武装が絡まり、まったく身動きが取れない連中を尻目に、紫子は窓を蹴破り、校舎へと侵入した。

 武闘派である久遠ヶ原学園生の一人として、紫子の心は窓ガラスを蹴破る程度ではまったく揺るがない。


「ヒャッハー! 窓ガラスの破片がー!?」


 生徒に窓ガラスの破片を浴びせようと、まったく揺るがない。


「ついでだ」


「ヒャ?」 


 どこから取り出したのか、紫子の手には三つの手榴弾。

 それも破片による殺傷を目的とする破片手榴弾ではなく、爆風効果による殺傷を目的とする攻撃手榴弾コンカッションだ。

 すでにピンを抜いた手榴弾を、紫子は手首のスナップだけでごちゃごちゃと絡まっている人の群れに投げ付けた。


「受け取れ。 単位はやれないが、こいつをくれてやる」


「ギャアアアアア!」 


 閉所ならともかく、廊下のように開けた場所での攻撃手榴弾程度で、撃退士は死ぬような事はないはずだ。

 ならば、遠慮する理由もない。

 紫子は後ろに飛び退くと、くるりと背を向けた。


「少しはちゃんと勉強しろ」


 長い髪が爆炎に揺らされながら、紫子は再び駆け出した。



「死んで俺の単位になれぇ!」


「しつこい!」


「げほぉ」


 散発的に襲ってくる生徒を仕留めながら、私は迷っていた。

 当初の予定通り海に出ようにも、校舎外に出るのはリスクが高い。

 単位を求める生徒達があちこちうろついており、下手に校舎外に出ればあっさり発見されてしまうだろう。

 襲いかかってくる生徒は縛り上げ、その辺りに隠しているとはいえ、彼らもそう遠くない未来に発見され、私の居場所もいつかバレる。

 どこかに隠れて、夜陰に乗じる事を考えるべきかもしれない。

 しかし、隠れると言ってもどこへ行くべきか。

 生徒数の割に、異常に教室の数が多い久遠ヶ原学園では隠れる場所に事欠かないが、そうは言っても適当な空き教室に隠れるわけにもいかない。


「総代、こちらへ」


 そんな事を考えていると、聞き覚えのある声が私の耳に届いてくる。

 考えるよりも早く、周囲に人影がないかを確認し、僅かに開かれた扉に身体を滑り込ませた。


「助かった」


「いえ、総代をお助けするのが僕の勤めです」


 机と椅子が押し込まれているだけの空き教室は、どうにも埃っぽくてたまらない。

 そんな寂しさすら感じる空き教室も、彼がいるだけで華やかさすら感じる空気になる。

 私とは頭二つ違う長身(私が小さいのではなく、彼が大き過ぎるだけだ)、何の変哲もない短髪だが、甘く整ったマスクは女子生徒の憧れの的だ。


「それでも助かったよ、始」


 私の言葉に銀泉 始はフレームのない眼鏡を、指でくいっと上げた。


「副総代としての勤めです」


 そう言いながら、ミネラルウォーターを手渡してくる彼の頬は赤く染まっていて、どうも照れているらしい。

 何とも可愛らしく、これで中等部一年、去年までランドセルを背負っていたというのは詐欺だと思うけど。


「昔みたいに、ゆーちゃんと呼んでくれればいいのに」


 ミネラルウォーターを口に含むと、走り回っていた疲労が溶け出し、そのついでに余計な事まで口から零れる。

 小等部の頃の始は、私の事をゆーちゃんゆーちゃんと呼んで可愛かったなあ……私よりでかくなかったし。


「それでは示しが付きません、総代」


 それがどうしてこんな堅物になってしまったのだろう。

 私の育て方が悪かったのか。

 もう少し可愛げと、私より背が伸びない謙虚さが欲しかった。


「はいはい」


「お分かりいただければ結構です。 そして追跡中の生徒には、欺瞞情報を送りました。 これで単独で動いている生徒以外は、三十分はこちらに来る事はありません」


「手回しがいいな、相変わらず」


 私は総代として先頭に、始が全体の指揮を取るというのが基本だ。

 小部隊を率いてぶつかり合うだけならともかく、大部隊の指揮に関しては始に勝てる気がまったくしない。

 というか、指揮を取りながら前線に突っ込むなんて、どうやったらいいのかさっぱり想像が付かないのだが、戦国武将とかはどうやっていたのだろう。


「現在の状況は?」


「小等部、中等部、高等部、大学部、更に院生まで含めまして、全体の八割が総代を追跡しています」


「……八割?」


「はい、八割です」


 過去、軍隊顔負けの訓練を撃退士に施していた時代があったが、まったく効果が上がらなかった。

 その反動なのか、自由な校風という名の放任主義が学園に蔓延しており、総代の捕獲などという騒ぎは、学園生からすればお祭り騒ぎでイベントの一つなのだ。

 だからと言って、八割は少し多すぎやしないだろうか……私、人望ないのかなあ。

 生徒会とは別会計だから、予算獲得とか頑張ってたんだけど……何だか切なくなってきた。


「実は私、嫌われてる?」


「支持率調査をした事がないので、わかりかねます」


 私の後輩は優しさとか気遣いが足りない。

 せめて、一言くらい優しい嘘でも欲しかった。


「むう」


「どうしましたか、総代」


「なんでもない」 


 傷心の私にようやく気付いたのか、始は自分の鞄をまさぐり出す。


「お腹が空いて、不機嫌なんですね。 申し訳ありませんが、今はカレーパンしかなくて……」


「最悪だ!?」


 一応、女の子である私が不機嫌=お腹が空いたって発想はどうなんだ。

 びっくりするくらい最低じゃないか。

 始に彼女が出来たら、半日くらいでフラれる未来しか見えない。

 これは少しお話しないといけないみたいだ。


「あのね、始。 君、彼女はいるの?」


「いえ? 今は仕事が忙しいもので、女性の事を考えている暇などありません」


 どこの社会人だ、こいつは。


「それは健全な中学生とは言えないの。 中学生らしく、可愛い女の子に興味を持って、甘酸っぱい初恋とかしないと。 女の子に優しく、気遣いとかしなくちゃ駄目なんだから」


「……そう言う総代はどうなんですか?」


「……そりゃあもう、近寄る男達を千切っては投げ、千切っては投げ?」


「投げ飛ばしたら、誰も残らないんじゃないでしょうか」


「うるさい! 少しは普通の中学生らしくしなさい!」


 私の言葉に感じる所があったのか、始は俯いて肩を震わせる。


「それを言うなら、少しは総代らしくしてくれよ!? いっつもいっつも、人に総指揮投げて自分は突っ込むじゃないか! 書類仕事もやらないし!」


「まぁね」


 私が書類仕事やるより、始がやったほうがよほど早いし、まさに適材適所だと思う。


「昔からゆーちゃんはそうだ! 僕に面倒な所ばかり押し付けて!」


「ん、ゆーちゃん? ゆーちゃんって言った?」


「気のせいです。 それよりカレーパンをどうぞ」


 顔を真っ赤にした始が、ビニールに入ったカレーパンを渡してくる。


「誤魔化す気あるの、それ」


 でも、もらう。

 私が小等部二年、始が小等部一年の頃からの付き合いで、彼の前では総代らしい演技は出来ない。

 お互いの恥ずかしい話を知りすぎているし、始の前で総代らしい真面目な演技をしていると、どうにも気恥ずかしいのだ。

 渡されたカレーパンをかじってみれば、始の好みの辛いやつではなくて、私好みの甘めのカレーパン。

 ……これは困ったなあ。


「で、どうして総代が追われていたのですか?」


 私は始に何も言わなかった。

 理由は、ある。

 色々と理由はあるけど、話し合えば始は私に付いてきかねない。

 私の駄目な部分をサポートしてくれる始がいれば、凄く助かるのはわかっている。

 だけど、それでは駄目な気がして、私はカレーパンを三口で食べ終えて、本当に言うべき言葉と一緒に飲み込んだ。


「私、久遠ヶ原学園を辞めるの」


「は?」


 やれやれ、と言わんばかりの態度で肩を竦める様子が、始にはやたらよく似合って腹が立つ。


「冗談が過ぎます、総代」


「冗談だと思う?」


「ええ、突発的な訓練の類でしょう。 そんな面白くもない冗談に付き合っている暇など」


「本当だよ」


 時が止まったように、始は動きを止める。

 目を丸くして、口をぽっかりと開ける始の表情は、驚いた校長によく似ていた。


「なんで」


「私ね、ロッケンローラーになるの」


 始との会話とは別に、音が聞こえる。

 かつん、かつんと規則正しくリノウムを叩く音だ。


「まさか……ギター、ですか」


「ギターと、ボーカルよ」


「ボーカルも……!」


 驚き過ぎて何だかわからなくなってるのか、始の驚くポイントが何だかおかしい。

 だけど、その混乱に付けこませてもらおう。


「だから」


 私はコートを翻し、始に背を向け、翻すついでにコートの内側に取り付けた手榴弾のピンを抜いた。


「私は行くよ、始」


「行かせませんよ……!」


 始の厳しい声。


「あの、副総代。 そろそろ生徒の方達の撹乱も限界なんですが……って」


 数秒前から聞こえていた足音が扉を開き、その隙間から可愛らしい少女の顔がにゅっと出てくる。


「こんばんは、フェリスちゃん。 今日も綺麗な金髪ね」


 フェリス・トールマン。 中等部総代会の会計や書類仕事を手伝ってくれて、よく自作のお菓子を差し入れてくれる可愛らしい子だ。

 いつもほんわかとしていて、口喧嘩の絶えない私と始のいい緩衝材になってくれている。


「あの、なんで私の頭掴んでるんですか?」


「まぁまぁ」


 ぐいと教室の中に引きずり込むように力をこめれば、フェリスちゃんの上半身は抵抗するために後ろに引かれ、


「足下がお留守よ」


「ひゃっ!?」


 足払いをかければ、力の抜けた下半身は抵抗出来ずにすてんと転びかける。

 華奢で戦えそうにもない体つきだけど、いざ一緒に戦うとなれば彼女の馬上槍ランスの突撃は心強い。 油断していればこんなものだろうけど。


「総代!」


「私を止めるつもりなら、言葉にする前に動かなくちゃ」


 仰向けに転びかけるフェリスちゃんを、お姫様抱っこで抱き止めると、私は半歩のステップを踏む。

 始に向き直るように動けば、コートが空気を掴んで広がり、裾に取り付けておいた手榴弾が、まだ動き出しの段階にあった始の方に飛んでいく。

 とはいえ、まともに当たるとはおもっていない。


「当たりませんよ!」


 始は爆発寸前の手榴弾を、右のフックで弾き飛ばす。

 弾かれ、壁にぶつかった手榴弾が爆発し、まるでそれがゴングであったかのように始は私に踏み込んでくる。


「は、放してください!?」


 私の腕の中でじたばたと暴れるフェリスちゃんは、元々のたれ目もあって今にも泣き出しそうに見えて、


「はい、放してあげる」


「へ?」


 私は一瞬生まれた罪悪感ごと、フェリスちゃんを始に投げ付けた。


「どけ、フェリス!」


「あわわわわ!?」


「飛びなさい!」


 私の声に反射的に反応し、フェリスちゃんは空中でぴたりと動きを止める。

 人間では不可能な、人間以外でしか不可能な動き。

 天使を裏切った、堕天使と呼ばれる存在がある。

 裏切った理由は色々だけど、久遠ヶ原学園には彼らは一定数存在していて、フェリスちゃんもその一人だ。

 小さな背中には、不釣り合いなほどに大きな純白の羽が広がり、フェリスちゃんの身体を宙に浮かせている―――始の視界を潰すように。


「汚い!」


「罵るなら、ハメられた自分を罵りなさい」


 天魔との戦いで負けたら死ぬし、守ってる人も死ぬ。

 なら、正々堂々なんて言葉は犬にでも食わせてしまえばいい。


「くっ……だけど!」


 見えてはいないのだろう。

 だけど、それでも己を鍛え抜いた撃退士として、始は動いた。

 フェリスちゃんに当たらないように、始は自分を極限まで小さく折り畳んでショートアッパーを放ち、岩をも砕く一撃は自分の頭上を抜いた。

 それは想像していたより、遥かに軽い手応えだろう。


「なっ!?」


「私の上履きが粉々にー!?」


 しかし、それはフェイク。

 フェリスちゃんの上履きを、フェリスちゃん越しに山なりに投げただけだったけど、私の動きに集中していた始は反射的に打ち抜いてしまった。

 私の立ち位置は空中で自分を抱くようにしているフェリスちゃんの向こう。

 つまり、


「足下がお留守!」


「くっ!?」


 床と水平に走る私の水面蹴りは、始の足を刈り取り、彼の身体は地面に叩き付けられる事になる。

 一般人なら足の骨をへし折るだけの威力は籠めたけれど、相手も撃退士である以上、これではせいぜい尻餅を付いたくらいのダメージにしかなっていない。


「寝ててもらうよ!」


「がっ……」


 起き上がろうとする始に駆け寄ると、私は全力でその頭に爪先をぶちこんだ。

 蹴り飛ばした始の身体は勢いよく吹き飛び、コンクリートで出来た壁に頭から突っ込んで、その勢いのままコンクリートを砕き、上半身が完全に壁に突き刺さってしまった。


「……やりすぎたかもしれない」


 一昔前のギャグ漫画のような光景、ぴくりともしなくなった始を見て、私はそれだけを思った。

 いや、思ったとか言ってる場合ではないけど。


「なんだ、今の音は!?」


「総代ー! 俺の単位になってくれー!」


 コンクリートを砕いた音を聞き付けたのか、バタバタとした複数の足音が遠くから聞こえてくる。

 指揮を執る者がいないとはいえ、この連携の悪さは何とかしなければいけないな、と総代としての思考が走り始めるが、それを無理矢理打ち切った。

 生徒を薙ぎ倒し、副総代仕留めるような総代に、そんな事を考える資格なんてない。


「始は任せた、フェリスちゃん」


「ええっ!? これをどうしたらいいんですか!?」


 始の突き刺さっている壁は一面にヒビが入っていて、下手に引き抜いた日には崩れ落ちてしまいそうだ。

 超常の存在である天使といえど、下位の天使(天使の世界は厳格な階級社会になっている)は人間の撃退士と、その能力に大きな差はない。

 これが上位の天使なら問題ないだろうけど、下位の堕天使であるフェリスちゃんでは瓦礫が頭に当たるような事があれば死ぬ可能性すらあるくらいだ。

 とはいえ、私に言えるのは、


「……頑張って!」


 この一言くらいしかない。


「ええー……」


「それより」


 バタバタとした足音はこうしている間にも近付いて来ており、こんな事をしている場合ではない。

 途方に暮れるフェリスちゃんの言葉を打ち切るようにして、私は窓辺に近付く。

 窓の外には久遠ヶ原学園に何個か設けられている校庭が広がっていて、終点にはフェンス、その先には海。

 いつの間にか日も暮れ、辺りは薄暗くなろうとしていた。


「またね、フェリスちゃん。 始にも言っておいてもらえると嬉しい」


「え、どこかへお出かけですか?」


 人影は疎らで、脱出のチャンスは今しかないと言わんばかりのシチュエーションだ。

 夜の海の暗さと広さは、人独りを見付けるには少しばかり苦労が多いはず。


「ちょっとロッケンローラーになってくるよ」


「へ?」


 窓を開けると、冷たい冬の風。

 長年連れ添った幼馴染みの顔を見て弛んでいた精神が、冷たさできゅっと引き締まる。  校庭をうろうろしていた数人が早速、私に気付いたらしく、こちらに走り寄って来る者、どこかと連絡を取るために携帯電話を取り出す奴が出始める。


「知った事じゃない……!」


 このまま一気に突っ走ると決めた。

 窓枠に左足をかけ、アウルを集める。

 強化された脚力は軽い踏み込みで身体を持ち上げ、私は一気に宙に躍り出た。

 校舎の三階からの大跳躍、風圧で捲れるスカートを気にしている余裕なんてなくても、速度は十分、脳内BGMの音量は最高に。

 地面は凄い勢いで私の足下を滑っていって、まるでスターを前にしたみたいに、皆が私に向かって駆け寄ってくる。

 着地まで一、二、三、とまともに踏ん張っても跳ね飛ばされる勢いは殺さず、膝の力を抜いて、わざと転んでみせた。


「隙ありぃぃ!」


 地面を勢いよく転がる私に槍持ちの生徒が走り寄ってきて、全力チャージだ。

 私、実は本気で人望ないんじゃないだろうか。


「残念だが、隙なんてない!」


 転がる私を刺そうとすれば、必然的に槍の穂先は下がる。

 私は地面を殴り付け、その身を浮かす。

 慣性が残り、私の身体は空中で横回転を続け、抜刀。


「寝てろ!」


 遠心力を乗せた刀を頭に叩き付けてやれば、槍持ちの生徒は声も上げずに倒れ込む。

 刃を返して峰打ちにしたから、きっと死んでないはずだ、きっと。

 刀を打ち込んだ反動で姿勢制御をし、地面に足を付ける。

 土に汚れた事が気になったけれど、よく考えたらこれから水に入るのだから、問題はないだろう。

 ブラウスの内側に入れておいたお金だけは、気をつけないと。

 などと気を抜いていたのが悪かったのか、


にんっ!」


 頭で考えるよりも速く、身体は勝手に動いていた。

 鋼と鋼のぶつかる音が手元の刀で起き、切っ先に火花が散る。


「鬼道忍軍か!」


 切り払った物の正体は棒手裏剣、ご丁寧に黒塗りにして夜の闇では見えにくくするおまけつきだ。

 鬼道忍軍、天魔の侵攻前にはただの観光地だと思われていた伊賀、甲賀、風魔などの忍び里には本物の忍者が存在していた。

 戦国乱世の時代から大幅に数を減らしてはいたが、厳しい修行によりアウルに目覚めていた彼らは天魔の侵攻を前に歴史の闇から姿を現す事を決めた。

 ただの物理的な攻撃が通じない天魔達に果敢に立ち向かった忍者達は、アウルという対抗策が無かった人類を守ってみせたのだった。

 そして、天魔を倒すため、その隠されていた秘術を公開し、各忍びの里の術を合理化、体系化した新時代の忍び。 それが鬼道忍軍だ。

 いつの間にか私の左手側を並走していた忍者は、目元しか見えぬ黒装束に赤いマフラー、逆手に構えた忍刀という、ある意味ではオーソドックスなスタイルで、逆に個性的ですらあった。


「忍者も単位が欲しいのか!」


「忍者だから単位が欲しいんだ!」


 踏み込みは苛烈、今までの誰よりも速く、視界には影しか映らない。


「忍びの修行の上、勉強なんて出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「そんな事を言われても困る」


 一瞬にして私の頭上に跳躍し、月を背にした忍者のどうでもいい絶叫を私は聞き流した。

 しかし、情けない事を叫んでいても、その腕は確かなようだ。

 頭上に跳躍し、意識を上に向かせた所で本命は地面スレスレに放たれた手裏剣だ。

 忍者が跳躍する寸前に手裏剣を投げた事に気付かなければ、足を貫かれていた事だろう。


「私も一つ言っておく」


「ぬうっ!?」


 空中の忍者に向かって、私は地面を蹴る。

 忍者と空中戦など本来であれば正気の沙汰ではないが、今の忍者はあっさりと奇襲を見抜かれ、間が整っていない。

 刀を振りかぶり、


「忍者なら、少しは忍べ!」


にんっ!?」


 思いの丈と共に全力で忍者の頭に振り下ろした。


「ふう……少しすっきりした」


 最近は忍ばない忍者が多すぎる。

 特に久遠ヶ原学園の鬼道忍軍は忍ぶ気がないとしか思えない、目立ちたがり屋揃いだ。

 忍者とはなんなのかとすら思ってしまう。

 そんな憤りを発散し、再び足を進めようとした時だった。


「なにっ!?」


「ククク、これこそ忍法シャドウバインドの術よ……!」


 倒したはずの忍者の影が、私の足に絡み付いている。

 無理矢理に動こうとすれば、動けないわけではないだろうが、それでも速度は殺されてしまう。


「忍者は仕事は果たす者でござる……!」


「キャラ作るなら、きちんと最初から最後までやれ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」


 これは全力で手榴弾を忍者の頭に投げ付けても仕方ない。

 忍者っぽいキャラを付けるため、普段からキャラ作りをしている彼らは本職の忍者の方々から白い目で見られているのだ。

 少しは忍者らしい忍者になってくれてもいいだろう。


「いやまぁしかし、見事と言うべきか」


 一瞬の攻防ではあったにしろ、その一瞬があれば天魔との戦いで鍛えられた久遠ヶ原学園の生徒達は、きっちりと仕事をしてみせる。

 忍者が最後に放ったシャドウバインドの術(何故、横文字なのかはわからない)で、足を止められたせいで身体に乗っていた速度を失い、まんまと足を止められた。

 そして、あっという間に他の生徒達に包囲されてしまっている。

 これまでのように個別に襲いかかってくるのではなく、四人一組を作っての包囲だ。

 私を中心に三角形を描くように三組、その包囲網の外側に三組で、どれか一組倒した所で次の瞬間には袋叩きにされるだろう。

 一対一を百回繰り返すのなら、そう簡単に負けない自信はあるにしても、連携の取れた二十四人をどうにか出来る自信はない。


「投降してください、総代」


 一人の生徒が声を上げる。

 その声に侮りと油断の色があれば、まだ可能性はあったのだろうが、そこにあるのはぴんと張りつめた響きだけだ。

 堅さはあるが、この圧倒的優位の状況でも弛む気配がないのは美点だろう。

 学園全体を考えるべき中等部総代としては喜ぶべき事だが、個人の深井紫子としては困ったの一言だ。


「断る」


 だけれど、私の口から飛び出したのは、否定の言葉。


「この状況、ひっくり返せるとでも」


「ひっくり返せないと、思うのか」


 数は力だ。

 両の手に魔法のように炎を生み出す者がいて、その光に林立する鋼が鈍い輝きを放っている。

 弓矢のやじり、刀に西洋剣、銃。 和洋折衷というより、節操がない光景だ。

 しかし、誰も彼も私から目を離す様子はなく、いい緊張感を保っている。

 質が量に勝るだなんて、所詮は幻想に過ぎない。

 私が量に勝る質であるのなら、とっくに天魔を叩き返しているだろう。

 天魔の恐ろしさは下位の存在であろうと、撃退士以上の質を持ち、そして人間から魂を吸収して己の尖兵とする事にある。

 今のこの状況など、天魔達との戦いを考えてみれば天国のような物だ。


「ひっくり返して、みせるとも」


 私は刀をヒヒロイカネに納めた。


「何のつもり……いや、警戒を怠るな!」


 敵前で無手になるなど、狂気の沙汰でしかない。

 しかし、目の前で天魔が地面に寝転がって腹を見せてきたら、誰だってまず罠を疑うはずだ。

 この集団を纏めている生徒は、間違いなく優秀であり、優秀だからこそ突然、武器をしまった私を警戒するしかない。


「君達は最後のチャンスを失った」


 胸元から取り出したのは、銀色に鈍く輝く一発の弾丸。

 これは私の弾丸だ。

 邪悪を祓うための銀の弾丸だ。

 無敵の天魔達をぶっ飛ばすための銀の弾丸だ。


「見ろ」


 弾丸が眩い光を放つ。

 柔らかな、だが硬い光だ。


「あれは……ヒヒロイカネの光!? 新型のV兵器か!」


 闇を切り裂く光を前に、集団を纏める生徒が慌てた声を上げる。

 私達、撃退士の牙であるV兵器。 その中でも最も新しい存在。


「あれは……」


 光が収まると生徒達の前に現れたのは雪のように鮮烈な白と、ウェストのようなラインを描くボディ。

 細めのネックは、私の小さな手にはしっくりと合っていた。


「ギター……?」


「そう……エレキギターだ」


 突然、弦をかき鳴らしてみれば、ボディから腹に響く音が響き渡り、私を囲んでいた生徒達が怯えるように一歩下がる。

 そんな彼らを嘲笑うように、私は口元を歪め、力強く印象的なフレーズを繰り返すディープ・パープルのスモーク・オン・ザ・ウォーターを奏でてみせた。 


「ひ、怯むな! ただのギターじゃないか!」


「まだ気付かないのか、何が起きているのか」


 アウルを電力に変換し、ギター本体に仕込まれたスピーカーから音を出すこのエレキギターは、アウルを操作する事により、エフェクター無しでも音質を変化させられる特注品だ。

 内部構造が保つ範囲で、という注釈は付くが、やる気になればどんな音でも出せるだろう。


「な、何ぃ!?」


 無様に狼狽える生徒達を前に、私は笑ってみせた。

 まぁ武器としての機能は一切ないんで、ただのはったりなわけなんだけど。


「ふふふふ……」


 これから本当にどうしよう、などと内心思いながら、私はギターをぎゅいんぎゅいんと弾いてみせる。

 お腹の下に響く爆音、色気すら感じるメロディは私に恍惚をもたらし、その恍惚が音に乗っていく。

 身体中でリズムを取りながら、続々と集まってくる観客達を視界に収めれば、数えるのも億劫になる人数がいた。

 百人くらいは余裕で超えてるよね、これ。

 手を出してこない生徒達を尻目に、私は自分でも惚れ惚れするような演奏をしてみせた。

 一曲終わり、私の身体の中に残る余韻に流されるように上を向くと、汗に濡れた前髪が目にかかる。

 そして、熱い吐息と共に、私は言った。


「……よし、もう一曲行こうか」


「つ、捕まえろ!」


 津波のように押し寄せる彼らを前に、私は――


挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※この作品は出版デビューをかけたコンテスト
『エリュシオンライトノベルコンテスト』の最終選考作品です。
コンテスト詳細、そのほかの候補作品は 公式特設ページをご閲覧ください
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ