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風神剣《ヴェントス》



〇 イーファバーグ市冒険者ギルド


沈んだ面持ちでギルドの扉を開けるヤウル。

その瞬間、乱れた銀髪のギルドマスター・セルヴァンが激しい剣幕で駆け寄ってくる。


セルヴァン「ヤウルッ!——よく戻ってきてくれた! 旅で疲れているところ申し訳ないが、力を貸してくれ!」

ヤウル「セルヴァン……? 血相を変えてどうした?」

セルヴァン「——ガウルのパーティ、【焼尽王《スコーチャ》】が全滅した!」

ヤウル「なん……だと……?」


―――


〇 王国辺境・深い谷の底(昼)


イーファバーグ市から馬で半日ほどの、氷河が削り出した深い谷の底。

数十人の冒険者たちが重苦しく佇んでいる。その中には新人の『暁のカラス団』の姿もある。

周囲には、頭部を粉砕されたり巨岩に押しつぶされた氷巨人《アイス・ジャイアント》の死体が散乱している。

だが、冒険者たちが息をのんで囲んでいるのは、それらよりも遥かに小さな四つの遺体だった。


言葉を失う冒険者たちの中、山羊の角と脚を持つ少女・ガゼルが、隣の半妖精の青年・アズノールを肘でつつく。


ガゼル「ねえ、アズノール。あの人……本当にヤウルさん……だよね?」

アズノール「馬鹿なことを聞くな……当たり前だろ」


だが、アズノールも、どこか自信なさげに声を震わせている。

遺体の傍らに屈みこむヤウルの背中には、いつもの飄々とした雰囲気は微塵もなく、まるで抜身の真剣のような鋭い殺気を纏っている。

ギルドマスターのセルヴァンすらも、気圧されるようだった。


セルヴァン「……お前は『あいつ』と戦った冒険者の、最後の生き残りだ。——意見を聞かせてくれ」

ヤウル「——ガウルたち【焼尽王《スコーチャ》】は、氷巨人の海賊団を討伐した……その帰路を狙われたようだ」


【焼尽王】の遺体にひとつずつ静かに触れていく、ヤウル。

場面は暗転し、半日前の事件現場を映し出す。


―――


〇回想・深い谷の底(夜)


巨人海賊団の船の上で、猫耳の盗賊・シャンミーがはしゃいでいた。

首には大量のネックレス、すべての指に宝石の指輪が光っている。


シャンミー「見て見て! あの海賊《きょじん》ども、そうとう溜め込んどったわ!」アニムス「……その略奪品はあとで名簿を作って、ギルドに提出するものです。手を付けないでくださいね」


人狼の神官・アニムスが、やんわりとたしなめる。


シャンミー「もーう、イケズやな。渡す前にウチがちょっと楽しんだかて、ええやないけ!」


シャンミーは口をとがらせて抗議する。


シャンミー「……ガウルの大将も、まだ帰るつもりはないんやろ?」

アニムス「……ええ、そのようですね……」


二人の視線の先には、ひと際大きな巨人の団長の死体。

頭部は爆発四散し、首から上は真っ黒に焼け焦げた痕しか残っていない。


その死体に腰を掛け、【焼尽王】のリーダー・ガウルは色あせた本を一心不乱に読んでいる。そこへ全身鎧に身を固めたドワーフの神官戦士・ゴーセンが近づき、声をかける。


ゴーセン「ガウル、そろそろ帰り支度をするぞ」

ガウル「…………」

ゴーセン「また、その本を読んでおるのか?」


ガウルは鼻を鳴らすだけで、振り返ろうともしない。

ゴーセンは顎髭を撫でてため息をつく。


ゴーセン「いい加減、ヤウルの奴を放っておいたらどうなんじゃ?」

ガウル「うるさい! ほかの奴らに俺たちのことがわかってたまる——」


ガウル、言葉を切って本から顔を上げる。

パーティの全員も同じように、谷の奥へと鋭い視線を向けた。


――チリーンッ!


シャンミー「……鈴の音や……!」

ガウル「——誰だ! 姿を見せろ!」


――ぴちゃり。


爪の生えたむき出しの脚が、谷底に溜まった水たまりを踏む。

外套に全身を隠した小さな人影が、闇の中から姿を現した。


【焼尽王】のメンバー「「「———ッ!!」」」


謎の人影の頭には、血のように真っ赤な頭巾。

砕けた道化の半仮面の下で、サメのような牙だらけの口がニヤリと歪む。


【焼尽王】の反応は素早かった。

誰一人として余計な口は叩かず、謎の乱入者に二度目の警告を与えることもしない。


神官のアニムスが、光る聖書を開く。

斥候のシャンミーが、四人に分身する。

戦士のゴーセンが、大型の盾を構える。

そして、【灼熱剣《グンダリ》】のガウルの剣に宿る焔!


だが、冒険者たちが行動を起こすよりも早く――怪人が両手を広げた。

その手のひらに宿る、火の卵。

次の瞬間、谷底の空間を乱れ舞う超高速の熱線!


熱線がアニムスの頭を貫通! シャンミーの分身を破壊し、右手足を切断!

ゴーセンは盾ですべての火の鞭を叩き落としたが、その首筋に真っ赤な線が走る!


ゴーセン「……こ、これは……まさか……!!」


ガウルの足が大地を蹴る。

足跡が爆発して火を噴く!

倒れた仲間たちを振り返りもせず、敵に向けて一直線の突進!


あまりの踏み込みの速さに、敵の攻撃タイミングも狂う。

不可視の必殺技も、ガウルの髪と頬をかすめるにとどまった。


頭巾の怪人は、咄嗟に手の中の魔杖でガウルの斬撃を受け止める。

だが――押し込まれる。

あまりの剛力に身動きすら取れない。


ガウル「——誰だか知らんが、貴様の死因は俺と鍔迫り合いをしたことだ!」

ガウル(T)『――灼熱剣《グンダリ》一式――白熱之太刀《アグニ》ッ!!』


ガウルの大剣が白熱する。

凄まじい熱衝撃波がその切っ先から迸り、谷底を真っ白な水蒸気で満たした。

ガウルの剣は大地へ深々と切り込み、亀裂から溶けた岩が血のように溢れ出す。


ガウル(M)『——やつは……どこへ!?』


その瞬間、裸足が、ガウルの両腕を踏みつけた。

空間から染み出すように、怪人が現れる。

そして手に持った鎌の魔杖を一閃!


――ガウルの首が、宙を舞った。


―――


〇回想終了・深い谷の底(昼)


ヤウル「——アニムスとシャンミーは超高熱の攻撃呪文で即死。だが、ゴーセンとガウルは……」


ヤウル、言葉を切り、首を失った胴体の切断面にそっと触れる。


ヤウル「……一撃で首を落とされている。ゴーセンに至っては、反撃の構えすら取れていない」

セルヴァン「——あの防御の達人が!信じられん!」

ヤウル「……あり得ない話だよな」


周囲の冒険者たちの間に、怯えを含んだざわめきが広がる。


ヤウル「ガウルは武器を振るう余裕はあったようだが――その後、真正面から切り伏せられた。血の飛び散り方から見て……敵はおそらく無傷だ」

セルヴァン「——信じられん。あの聖騎士《パラディン》のガウルが、一太刀も報いることができずに……」

ヤウル「——ガウルたちの首は、街の城壁に晒されていたそうだな」

セルヴァン「……目をくり抜かれ、耳と鼻を削ぎ落とされた無残な姿でな。その隣には、音信不通になっていた上位冒険者たちの首も並べられていた……」

ヤウル「……同じだな」

セルヴァン「ああ。二十年前と……」


ヤウル、布で指先の血を拭いながら静かに立ち上がる。


ヤウル「なら、間違いない。——これは『赤頭巾《レッドフード》』の手口だ」


その名を耳にした瞬間、冒険者たちの間で怒号と悲鳴が爆発する。


「……赤頭巾だとっ!?」

「あの勇者殺しの!?」

「うそ……だろ……」

「【死神の鎌】だ……! やつが戻ってきたんだ!」


動揺する群衆の中、騎士の少年・テオドールが声を張り上げる。


テオドール「で、でもっ! 赤頭巾はヤウルさんが討伐したんですよね……!?」

ヤウル「……赤頭巾に止めを刺したのは、俺の仲間のサイゾウだ。だが、俺もやつの検死には確かに立ち会った」


ヤウル、口元を押さえ、思案に沈む。


ヤウル「あれは……確かに『俺たちと戦った』赤頭巾だった……」


その時、人集まりの囲いの外から、切羽詰まった懇願の声が響く。


マグノリア「……どいて! お願い! どいてください!!」


黒髪に浅黒い肌を持つ、長身の美しい女性が冒険者たちを押し分けて現れる。

彼女は膝から崩れ落ちるようにガウルの遺体の傍らへ座り込み、血まみれの鎧を抱きしめて泣き崩れる。


マグノリア「ああっ……ガウル! ガウル! なんて姿に……!?」


ガゼルがアズノールの肩に顎を乗せ、尋ねる。


ガゼル「ねえ……あの人、誰?」

アズノール「マグノリアさん……【焼尽王《スコーチャ》】の治癒係《ヒーラー》で、ガウルの婚約者だった人だ。確か、前回の依頼で黒妖婆《ブラック・ハグ》の呪いを受けて、神殿で療養していたはず……」


ヤウル、嘆き悲しむマグノリアの傍らに膝をつき、そっとその肩に手を置く。


マグノリア「私が付いていれば……あの時、私が呪われてさえいなければ、こんなことには……!」

ヤウル「マグノリア……ガウルたちはほぼ即死だった。たとえお前が万全の状態で共にいたとしても、ここに転がる死体が一つ増えていただけだ」

マグノリア「それでも……それでも、私は……!!」


マグノリア、ヤウルにしがみつき、激しい嗚咽を漏らす。

しばらくの間、深い谷底に彼女の悲痛な慟哭がこだまする。

やがて、わずかに平静を取り戻したマグノリアが、ゆっくりとヤウルから体を離す。


ガウルの亡骸へ震える手を伸ばし、胸元から一冊の古びた本を取り出すと、ヤウルへ差し出す。


マグノリア「お願い……これを、受け取って……」

ヤウル「……っ!?」


差し出された本を目にした瞬間、ヤウルの目が驚愕に見開かれる。

何度も何度も読み返されて、表紙は擦り切れ、ページが歪んだ、それは――かつてヤウルとその仲間たちの活躍を描いた活劇、【嵐の追跡者《ストームチェイサーズ》】の脚本だった。


マグノリア「あの人は、ずっと貴方に憧れていたの……神様みたいに崇めてさえいたわ。ずっと――貴方の背中を追いかけ、真似をして……酷い態度を取っていたのも……貴方を怒らせて、昔のように奮起してほしかったから……」


マグノリア、涙に濡れた瞳で縋りつくようにヤウルを見上げる。


マグノリア「こんなことを頼める立場じゃないのは分かってる……! でも……お願い……取って……! あの人の仇を……!!」


気遣わしげにヤウルの背中に触れようとしたセルヴァンが、火に炙られたかのように手を引っ込める。

静かに伏せられたヤウルの全身から、燃え盛る業火のようなオーラが立ち昇る)


ヤウル「テオドール、バッツ、リタ……」


ヤウル、顔を伏せたまま、新米パーティの三人に呼びかけた。


ヤウル「頼む……少し、力を貸してくれ」


―――


〇 イーファバーグ市の外・桜の木の草原(月夜)


どこまでも続く、草の海原。

夜の風にあおられ、草の葉が大きくうねる。

その躍動する黒の中を、泳ぐように進む小さな影があった。

目深にかぶった頭巾は血の色。顔は砕けた道化の半仮面に覆われている。


N『——「それ」は長い道のりを歩いて、ここにたどり着いた』

N『——苛烈な鍛錬を積み重ね、奇跡のような幸運に恵まれ、言語を絶するおぞましい行いを繰り返してきた』

N『——「それ」の足跡は、犠牲者たちの流した鮮血の川。刃によって抉られた傷跡の物語である』

N『——「それ」の名を、【赤頭巾《レッドフード》】と言った……』


遠くに見える、明けの明星のようなイーファバーグ市に向けて、赤頭巾は進んでいく。


N『——今日にいたるまで、「それ」は十五人の冒険者の首を切り落とした。そして、必要とあらば、何百人でも殺し続けるつもりだった……』

N『——「待ち人」に届くまで、幾つでも血なまぐさい「伝言」で城壁を飾るつもりだった』


――チリーンッ!


風に乗って響く、鈴の音。

赤頭巾の足がぴたりと止まる。


N『——今日、この日までは……』


――チリーンッ!

――チリーンッ!


はやる呼吸を抑えながら、小さな人影が走る。

鈴の音の後を追いかける。


着いたのは二十年前、ヤウルたち【嵐の追跡者《ストームチェイサーズ》】と【赤頭巾】が死闘を繰り広げた現場。

奇しくも時節は、同じ春の盛り。

満月の光を浴びて、雪のような花びらを散らす一本の桜。

その木の根元に、抜身の剣を携えたヤウルと、『暁のカラス団』の三人組が立っていた。


歩みの速度を落とす、赤頭巾。

砕けた仮面の下で口元が吊り上がり、鮫のように鋭い歯を覗かせる。

薬品で潰れたしゃがれた声が、草原の大気を激しく振るわせる。


赤頭巾「——覚えておる。覚えておるぞ。二十年前、ここでお前の女の首を落とした。お前は豚のような悲鳴を上げておったな……」

ヤウル「——二十年前……俺は、この手で【赤頭巾】の片耳と片腕を削ぎ落とした」


ヤウル、手に持った剣をゆっくりと水平に突きつける。

月明かりを浴びて、刀身が凛と光り輝く。

その切っ先を向けられた赤頭巾の体には——両耳も、両手も揃っていた。


ヤウル「——お前は、誰だ?」


赤頭巾は、さらに歪んだ笑みを深める。

答える代わりに、鎌のついた魔杖を高く掲げる。

唐突な、必殺技【死神の鎌】の構え。


ヤウルの傍らに立つ、テオドール、バッツ、リタの首が、何の前触れもなく同時に落ちる。

だが——血は飛び散らず、直後に三人組の体が爆発した。


ヤウルの傍らにいたのは、本物の『カラス団』ではない。

テオドールたちの血を混ぜたインクで呪印を書き込んだ、布のゴーレムたちだった。


ヤウルの剣が瞬時に三度閃く。

宙に舞う三枚の布の上に、小さな人型の血の染みがジュッと広がった。


ヤウル(M)『——赤頭巾とサシで対決したサイゾウは言っていた。【死神の鎌】は、忍者の【分身の術】に似ている、と』


(※面頬をつけた忍者・サイゾウと語り合う、ヤウルの回想イメージ)


ヤウル(M)『……どういう理屈かは知らんが、こいつは【気配消し】や【透明化】よりも深く生き物の存在を完全に消し去ることができる。そして、空気すら動かさず、その生物を俺たちの間合いの中へと送り込むことも……』

ヤウル(M)『種明かしをすれば何のことはない——奇抜な衣装と、ド派手な攻撃呪文をおとりにした、隠密の手下どもによる不意打ち。それが【死神の鎌】の正体だ!』


だが、秘術を破られても「この赤頭巾」に動揺はない!

魔杖を口にくわえ、両手のひらをヤウルへと向ける。

その両手に浮かび上がる、二つの火の卵!


赤頭巾(T)『——炎魔蛇咬覇《ヴリドラ・バー……》』

ヤウル(T)「――風神剣《ヴェントス》二式――破魔風《ゼピュロス》ッ!!」


超音速の蛇が孵化する前に――火の卵の殻に一筋の切れ目が走る。

反射神経を凌駕する、長年の経験と体に染み込んだ修練が繰り出す無念無想のカウンター!

圧縮された超高熱が暴発し、天を衝く巨大な火柱となって赤頭巾を呑み込んだ。


しかし、ヤウルの顔に訝しげな色が浮かぶ。


ヤウル(M)『なんだ……この手応えは……!?』


直後、振り返った視線の先に無傷の赤頭巾の姿。

思考よりも早くヤウルの体が反応し、神速の返し斬りを放つ。

だが――銀色の刀身は、殺人鬼の小柄な体をまるで霧のようにすり抜けた。


ヤウルの両眼が見開かれる。

すれ違いざまの刹那、彼は外套の隙間から見えた赤頭巾の手足と、そこに刻まれた不気味な刺青を目撃する。


ヤウル(M)『——【呪紋魔術】!! 太古に失われた瞬間移動の禁呪か!?』


いかにして赤頭巾が気配もなく手下を送り込んでいたのか、その種は割れた。

だが、時すでに遅い。

赤頭巾は息がかかるほどのゼロ距離に迫っている。

間合いが詰まりすぎ、もはや剣での反撃は不可能。


ヤウル、腕を跳ね上げて咄嗟に首筋を庇う。

赤頭巾は構わず、腕ごと断ち切らんと魔杖の鎌を振り下ろす。


しかし――赤頭巾の顔が、はじめて驚愕に歪んだ。

鋼鉄すら紙のように断つはずの魔法の刃が、ヤウルの腕でピタリと止められたのだ。

切り裂かれた袖の隙間から覗くのは、鈍く光る特注の『銀竜絹の上着』!


再び瞬間移動で間合いを取ろうとする、赤頭巾。

だが――術は失敗!

逃げ切れず同じ場所に座り込み、激しく血を吐き出す。

その時、赤頭巾は己の身体に絡みつく、蜘蛛の糸よりも細い極細の絹糸に気づいた。

知らぬ間にその糸が肌を刻み、刻印された刺青を切り裂いていたのだ。


ヤウル(M)『——呪印は、わずかな傷や歪みでもあれば発動しない! お前はもう跳べない……!』


後ろへ飛び退き、手を上げて防御態勢を取る、赤頭巾。

一瞬前のヤウルと同じ動作、しかし――!


ヤウル(T)『――風神剣《ヴェントス》四式――金風貫《ノートス》ッ!!』


鋭利な風を纏った刺突が、手のひらごと宿敵の喉を深々と貫いた!

血に塗れて、倒れ伏す赤頭巾を前に、ヤウルは静かに息を吐き、残身を取った。


地面を掻きむしって、立ち上がろうとする赤頭巾。

しかし、自分の血で滑り、ぶざまに倒れる。

ヤウル、震える声で呟いた。


ヤウル「……女……だったのか……」


倒れ込んだ衝撃で、赤頭巾の代名詞とも言える赤い外套が滑り落ちていた。

その下からあらわになったのは、緑色の地に茶色の斑点が浮かぶゴブリンの肌。


貧相な服の上からでもわかる、小さな胸の膨らみ。 意外なほど長く、美しい髪。 そして――


ヤウル「……お前は、あのときの……不意打ち役か……!」


女ゴブリンの髪を飾っていたのは、かつてヤウルが恋人・シエルに贈ったはずの髪飾りだった。

ヤウルは悟る。


あのとき草原で拾った鈴が、女物の装飾品であったということに。

そして、目の前にいる相手が、恋人・シエルの首を直接、切り落とした下手人であることを。


女ゴブリンはなおも立ち上がろうとするが、力なく崩れ落ち、再び吐血する。


ヤウル(M)『——止めを刺すまでもない。転送の失敗で、こいつの内臓はズタズタだ。放っておいても死ぬ。酷く苦しみ抜いて……』

ヤウル「……何故だ」


自分でも気づかないうちに、ヤウルは倒れた敵へ問いかけていた。


ヤウル「……何故、戻ってきた! 女だろうが、ゴブリンだろうが……お前ほどの才能と瞬間移動の術式があれば、何にでもなれたはずだ! 女王にだって……何にだって! なのに何故、戻ってきた! 何故、殺人鬼になったんだ!」


女ゴブリンは弱々しく息を吐きながら、己の手をかざしてみせた。


女ゴブリン「これが——私《オレ》だ!」


ヤウルの剣に貫かれた手の平の傷が、あざ笑う口のようにぱっくりと開いている。


女ゴブリン「人の殺し方を叩き込み、呪われた紋を刻んだのは親父だ! だが……この生き様を、この傷を、この最期を選んだのは……この私《オレ》自身だ! 誰にも……自分自身を止めることなんてできやしない!!」


重い沈黙が草原を包み込む。 雪のように、深々と白い桜の花びらが二人の体の上に降り注ぐ。

やがて、喉の奥から絞り出すようにヤウルが言葉を漏らす。


ヤウル「——お前の言う通りだ。自分を止めることは……誰にもできない」


その瞬間、ヤウルを見つめる女ゴブリンの顔に、愛おしさと哀しみが入り混じった、淡い笑顔が浮かぶ。


ゆっくりと世界から色が抜け落ち、すべてがモノクロームへと染まっていく。


漆黒の影と化したヤウルが、静かに赤頭巾の首を切り落とした。



〇 冒険者ギルドホール


息を殺して待ち構える冒険者たちの前で、ギルドの重い扉が勢いよく開かれる。

片手にゴブリンたちの首が入った血まみれの袋を下げ、ヤウルが入ってくる。

集まった無数の視線を一身に浴びながら、ヤウルは悠然と依頼掲示板の前へ進む。


そして躊躇うことなく、最上位の依頼書を引き剥がした。

ヤウルは、自分を憧れと驚愕の目で見上げる若者たちへ向き直り、不敵に笑いかける。


ヤウル「さて——俺と一緒に、冒険に出かけたいやつはいるか?」


N『——その日、ヤウルは【赤頭巾《レッドフード》討伐】の功績により、鷲獅子級《グリフィン》冒険者の座に返り咲いた』


N『——そして、風神剣《ヴェントス》の名は再び、血と炎の海を渡ることとなる……』



(了)



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