第六章: 氷封の結伴1-1
道場の朝は、木刀の打ち合う音が静かに響いていた。ライトは汗を流しながら、ひとつひとつの動きを確かめるように鍛錬を重ねている。「よし、いいぞ」パン、と手を打ちながらチーディが声をかけた。「なかなか様になってきたじゃないか、ライト」「チーディか。傷はもういいの?」「二日休んだらだいぶ楽になったさ」チーディは肩を回しながら笑う。「そういえばさ、まだお前の炎をちゃんと見たことなかったよな。ちょっと見せてくれない?」「いいぜ。烈火の威力、目に焼きつけとけ」そう言ってチーディは軽く構え、炎を操る。揺らめく熱気が空気を歪ませ、鮮やかな炎が弧を描いた。「おお……かっこいいな」「当然だろ」得意げに胸を張るチーディ。ふとライトが真顔になる。「なあチーディ。俺たち以外にも元素継承者っているんだよな?」「いるさ。俺たちと一緒に師匠の門を叩いた連中だろ。小さい頃、毎日一緒に訓練して遊んでただろ?」「……俺、そのこと、あんまり覚えてないんだ」「覚えてない?」チーディの表情がわずかに曇る。「どうしてだろう。十二歳より前の記憶が、ぼんやりしてて……。それ以降も、どこか霞がかかった(かすみがかかった)みたいなんだ」しばし沈黙が落ちる。やがてチーディは軽く笑った。「思い出せないなら、それでいいさ。過去は過去だ。今は前を向けばいい」「……そうだよな」ライトも小さくうなずく。「ところで、妹は?」「部屋じゃないか?」「じゃあ、話しに行くか」「いいね」二人は顔を見合わせ、廊下を歩く。そしてチーランの部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。扉が開き、チーランが姿を現した。「はあ……で、何の用?」「ちょっと話しに来ただけ」「じゃあ中に入れば?」三人は部屋に入る。ふと思い出したようにチーディが尋ねた。「そういえばさ、アーグアンは一緒じゃなかったのか?」「途中で別れたよ」ライトが首をかしげる。「ちょっと待って。アーグアンって誰?」チーディが当然のように答える。「チーランの彼氏だよ。昔は俺たちともよく一緒に遊んでた」「へえ……。じゃあ、なんで今は別々なんだ?」チーランは少し目を伏せる。「元素の力が成熟するとね、聖剣を取りに行くよう導かれるの。だから、子どもの頃にそれぞれ別れた。もう……ずいぶん会ってないかな。みんなそれぞれの場所で独立して、生きてる」「それも修行の一部、ってわけか」そのとき、コンコン、とノックの音が響いた。「誰?」チーディが立ち上がり、扉を開ける。「……お前は……ビンチェン? 戻ってきたのか?」そこには、白い忍装束をまとった忍者が静かに立っていた。「チーディ、俺だ。戻ってきた」静かな声でそう告げると、チーディは目を丸くした。「ビンチェン! 本当にお前か。久しぶりだな……なんか痩せたんじゃないか?」「……まあな。久しぶりだ。ところで、師匠は? 一度あいさつしてから部屋に戻る」「ちょっと待てよ。お前、何かあったんじゃないのか?」一瞬だけ、ビンチェンの視線が揺れた。「……何もない。先に師匠のところへ行く」そう言い残し、静かに廊下の奥へと消えていく。「……」その背中を見送りながら、チーディは小さく息を吐いた。そこへライトが顔を出す。「さっきの人、誰?」「ビンチェン。氷の元素忍者だ」「へえ……なんか、あんまりしゃべらないタイプに見えたけど」チーディは首を横に振る。「いや、あいつは昔から俺たちにいろいろ話してくれる奴だ。ただ……今は様子が違う。きっと何かあったんだろうな。妙に静かだ」「どういうこと?」ライトが身を乗り出す。「見ればわかるだろ。あいつ、絶対に心に何か抱えてる。でも自分からは言わない」すると、チーランが穏やかに口を挟んだ。「言いたくなったら、きっと自分から話すよ。お兄ちゃん、そんなに焦らなくていい」その言葉に、チーディは少しだけ肩の力を抜いた。師匠の部屋。「……戻りました」静かに障子を閉める音が響く。「おお、ビンチェンか。帰ったのだな」「……はい」師匠はその顔をじっと見つめる。「どうした? 何かあったのか」しかしビンチェンはすぐには答えなかった。しばらく沈黙した後、低い声で問いかける。「……もし、共に旅をしてきた仲間が―― 誰かの想いのせいで、剣を向け合わなければならなくなったら…… その時、どうすればいいのでしょうか」空気がわずかに重くなる。師匠はすぐに答えず、棚の上から二つの石を取り出した。掌の上に並べられた、小さな石。静かな部屋に、石同士が触れ合う乾いた音だけが響いた。師匠は掌の石をそっと揺らしながら言った。「見てみなさい。風が吹いても、この石は動かぬ。雨が降っても、どこへも行かぬ。だが――もし足元の地面が崩れたらどうなる?」ビンチェンは黙ったまま、石を見つめる。師匠は続けた。「石が離れたいわけではない。ただ、立っている地形が変わり、両側へ押しやられるだけだ。人も同じだ。変わったのはお前たち自身ではない。立っている“場所”が違ってしまっただけのこともある」ビンチェンはゆっくりと目を伏せる。「……では、私の件は……避けられぬ悲劇だということですか」静かな問い。師匠は首を横に振った。「いや、ただの比喩だ。本当の友情とは、同じ側に立つことではない。
相手がなぜ“向こう側”に立っているのか―― それを理解しようとする心にあるのだ」「……そうですか」ビンチェンはどこか不安げに呟いた。師匠は穏やかな声で続ける。「どうして私が分かるのか、と思うか。お前たちを外へ修行に出したのは、聖剣を得るためだけではない。その道中で、己の心と向き合い、何かを悟るためでもあるのだ」静かに言葉が落ちる。ビンチェンはゆっくりと頭を下げた。「……分かりました。ありがとうございます、師匠」「もし胸に抱えるものがあるなら、話せばよい。お前には仲間がいる。皆で考えればよいのだ。……お前は、そういうことができる子だろう?」その言葉に、ビンチェンはわずかに目を細める。「……はい。いずれ、話します」そう言って一礼し、静かに部屋を後にした。




