第二十話 防衛本能
第二十話を投稿します!!よろしくお願いします!!
窓から差し込む西日が、教室の床を赤く染めていた。
夏休みに入った校舎は静まりかえっている。蝉の鳴き声だけが遠くで響き、熱をはらんだ空気が逃げ場を失ったように教室に淀んでいた。
うだるような暑さの中、四人はその教室に立ち尽くしていた。
糸瀬優依を中心とした何でも屋集団――『便利屋ユイ』。
気弱だが誰より困っている人を放っておけない優依。
観察力と推理力に優れた智花。
お調子者でスポーツ万能の陽一。
そして、最近仲間に加わった気弱な少年・真白。
学校内で起こる厄介事から奇妙な事件まで、依頼があれば何でも引き受ける、都市伝説のようなグループだ。
目の前の見慣れた教室を見渡しながら陽一と智花が呆れたように肩を落とす。
「はいはい、いつもの教室だな」
「……てことはやっぱりいたずらよね」
部室に届いていた一通の手紙。
宛先不明の手紙には
「三年A組の教室で誰も居ないはずの教室で声がする」と言う噂だった。
「何だよー!!怖がって損したぜ!!」
笑いながら窓際の席へ腰を下ろした陽一。
ギィ、と椅子が鳴る。
「ねえ、ちょっと休憩してこうよ」
優依がそう言うと、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「さんせーい、俺歩きすぎて疲れてたんだよね!!」
「まだ部室から数分しか歩いてないでしょ……」
いつもの調子で突っ込む智花。
誰かがジュースの缶を開ける。
プシュ、と言う軽い音。スマホをいじり始める者、窓の外をぼんやり見る者。
各々好きな行動を取り始める。時間だけが緩やかに流れ出す。
糸瀬優依は外を眺めていた。
(平和すぎて逆に怖いな……)
『ここから見る風景は懐かしいな』
ふと優依は自分の横を見る。自分にだけ見える守護霊、“久遠唯”がそこには浮かんでいた。
(あ、唯さんもここの生徒だったんですね!!)
『まあな』
(この人も謎なこと多いんだよな……)
“久遠唯“。私にだけ見える守護霊みたいな存在。
いざというときは力を貸してくれる。
飛んできたサッカーボールを止めれたり、穴を高速で掘って不良を撃退できたり、とにかく凄い力をくれる人だ。
――ちょくちょく身体を勝手に使われるけど。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……Aクラスの教室って初めて来ました」
真白は教室を見回しながら小さく呟いた。
整った椅子に落書きされていない机。新品同様のそれは自分がねじ込まれた超絶不良クラス“普通科”とはえらく違っていた。
「大丈夫か?あれから黒田にいじめられてないか?」
陽一は真白の横顔をチラリと見ながら、いつもの軽い調子を少しだけ抑えて声を掛けた。
「……」
真白は少しだけ言葉に詰まってから、小さく首を振った。
「あの人、最近ほとんど学校来ないので……」
「はは、アイツらしいな」
陽一は乾いた声を漏らした。
笑う声だけが残って、会話はそれ以上続かなかった。
夏の日差しが教室へ差し込んでいた。
窓際のカーテンがゆっくり揺れる。
外からは野球部の金属バットの音。
遠くで吹奏楽部の音合わせも聞こえてくる。
「……?」
真白が廊下側を振り返る。
「真白?」
「今……誰かいませんでした?」
開け放たれた教室の扉。
その向こうに、夏の日差しだけが伸びていた。
「やだ、怖いこと言わないでよ……」
熱気のこもった廊下を、生ぬるい風がふっと吹き抜ける。
開け放たれた扉がガタ、と揺れた。
ガタン!!
乾いた音が教室に響いた。
陽一は振り返る。
「うお!!」
智花が勢いよく席を立った音だ。
「何だよビックリさせんなよ……」
「誰よ……こんなの書いたの」
不機嫌そうに黒板を指差す。
陽一は気楽な様子で視線を向け、肩をすくめた。
「お前が書いたんじゃないのか?」
黒板の右下。
日直欄には、白いチョークで“文月”と書かれていた。
文月――智花の名字だ。
だが智花は、どこか引っかかるように眉を寄せる。
「私、終業式の日、日直やってないし……」
その一言で、教室の空気がわずかに止まった。
最後に教室を使った日に、自分はここへ来ていない。
なのに、自分の名前だけが残っている。
ただそれだけのこと。
ただそれだけのはずなのに、妙に気味が悪かった。
「だ、誰かのいたずらだろ、ははは!!」
「そうよね……」
黒板消しを取り出しゴシゴシと消していく智花。
それ以上、誰も言葉を続けなかった。
教室の空気だけが少し遅れて冷えていく。
だがその瞬間、
カタ、と言う小さな音。ぴくりとカタを跳ねさせる陽一。
「驚かすなよ真白……」
「え、何もしてないですよ?」
ガタ。
再び、机が揺れた。
今度は誰の目にもはっきり分かるほどだった。
「……え?」
智花の声が引きつる。
ガタ。
ガタ、ガタガタガタガタガタガタガタ――ッ!!
次の瞬間、机が激しく震え始めた。
脚が床を擦り、耳障りな音が教室中に響き渡る。
「っ!?」
真白が息を呑む。
陽一も反射的に後ずさりし、優依だけが揺れる机をじっと見つめていた。
「お、おい!?」
陽一が立ち上がるが、揺れはピタリと止んでしまった。
まるで最初から何もなかったみたいに。
「……何だったんだ?」
「偶然よ。偶然。ただの地震でしょ」
智花はそう言いながらも声には震えが混じっていた。
その後ろでは、机が小さな悲鳴を上げていた。
経年劣化で軋み始めていたネジ。
温度や先ほどの揺れでそれが限界に達し……
ピュッ、と排出された。
それは、音もなく真白の首筋に向かう。
その風の動きを“久遠唯”は見逃さなかった。
『危ない!!』
(ちょっ、急に!!)
優依の身体がほんの数センチだけ動く。
指を弾く。そこから繰り出される超突風。
ネジが落ちる……はずだった。
ドスッ。と言う鈍い音。
静寂。
教室の壁に突き刺さるネジ。
それはこれから起こる悲劇を予見しているようであった。
「……痛った」
智花の声が遅れて落ちた。頬からはツウと垂れる血。
「大丈夫ですか!?」
「かすり傷」
(今曲がった、よね?)
私に眠る“久遠唯”の超能力は絶対だ。超パワーであらゆる困難を解決してきた。
なのに、
完全に撃ち落としたはずが、一瞬あり得ない軌道を取った。
明らかに“曲がった“。
意志を持って狙い直したかのように。
『まずいな……ここからは早く去った方が良いかも知れない』
普段冷静な私の中の“久遠唯“も焦りを隠せない。
本物だ。
ネジに付いた赤い点がそれを示していた。
「ね、ねえ。もう帰ったほうがよくない?」
冷静を装い、そっと促す優依。
「そうだな、何か普通に怖えよ」
お調子者の陽一からも珍しく笑みが消えていた。
逃げるように教室の扉に向かい、ドアノブに手を掛ける。
が、
「あれ?」
ガ、ガン!!ガンガンガンガン!!
開かない。いくら引っ張ってもドアが開かないのだ。立て付けが悪かったと言えばそれまでだが、そのドアは明らかに意志を持っていた。
「固ってえ!!……お、おい!!これ洒落になってなくないか?」
その時、真白が何かに気づいた。
「……あれ、みてください」
黒板を指さす。
日直欄には、
“文月“
の二文字。
「消したはずよね、なんで?」
「そのはずですよね……」
ギシ。
教室の机が鳴る。
まるで、その言葉に反応したみたいに。
「……はは、逃がさねえってか?」
陽一が乾いた笑いを漏らす。
「悪趣味すぎんだろ……!!」
教室の温度が一気に下がった。
優依の背筋を悪寒が走る。
野球部の音、蝉の鳴き声、風の通る音。
全部が遠くなる。そして“何か“がぼそぼそと話す音が聞こえてきた。
こわい いやだ くるな ころされる みるな
はいじょしろ はやく たおせ いやだ
「……!!」
その瞬間。
ジ……ジジ……。
(なにこれ……)
優依の視界に、何かの映像が流れ込む。
ここと同じ教室の筈だが、なんだか様子がおかしい。
(え、……?)
えぐられた跡のある壁、向こうの部屋と繋がっているのが見える。誰かの血が飛び散っている床、まるで戦争のあとのようだ。
窓は破壊され原形をとどめていない。誰かの絶叫が聞こえる。
そして。
黒煙の向こうに立つ、一人の少年。
――真白?
『こいつらの思考に流されるな!!』
一声で我に返る優依。
「はっ!!はぁ……はぁ……」
「優依、どうしたの?」
「何だよ、お前までどうしたんだよ!!」
陽一は軽いパニックを起こしているようだ。
「だ、大丈夫」とっさにごまかす優依。
(何だったの……?)
「もうやめてください!!」
真白が智花の前に立ち塞がる。
「智花さんが何をしたって言うんですか!!」
「真白……」
その瞬間。
教室中の机が、ピタリと止んだ。
ギギギギギ……。
床を削る音。誰も触れていない机が、ゆっくり真白へ向きを変えていく。
動きはさらに激しくなる。
まるで。
教室そのものが、真白を見ているみたいに。
「お、おいおい、怒らせちまったんじゃねえか……!?」
陽一が後ずさる。
智花も言葉を失っていた。
真白の呼吸が浅くなる。
「ぼ、僕……?」
「うわっ!!」
陽一が飛び退いた。
後方から机が飛んできた。
続けて窓ガラスにヒビが走る。
ビキ、ビキビキッ――!
「何が起きているの……?」
教室が悲鳴を上げていた。
『まずい!』
久遠唯の声が鋭く響く。
『“浸食”だ!!じきにここは奴らに制圧される!!そうなったら私の力でも庇いきれん!!』
『能力を隠してる場合じゃないぞ!!早くこの扉をぶっ壊すんだ!!』
(でも!!)
優依は開かずの間を見つめる。
陽一が顔に青筋を立てて精一杯引いている。だがびくともしない。――開けるだけなら簡単だ。でも、そんなことをすれば、もうごまかせない。今まで隠してきたもの、普通の学生として積み上げてきた日常。「実は超人でした」なんて笑って済む話じゃない。『便利屋ユイ』だって終わる。最悪、国に追われる未来まで想像できる。
どうすれば、どうすれば普通の糸瀬優依のままこの状況を切り抜けられる――?
一瞬の葛藤。
呼吸一つにも満たない時間。けれどその迷いを教室は見逃さなかった。
その隙を突くかのように、
真白の目前に、
「あ」
机。
「真白!!」
優依が駆け出そうとした瞬間。
ガラガラ、と教室の扉が開いた。
「お前ら、何騒いでるんだ?」
聞き慣れた声だった。
開かれた扉の向こうに広がっていたのはいつもの学校。日に照らされた廊下、窓の向こうでは木々が青々と揺れている。
さっきまで聞こえていた怨嗟の声は小さくなっていき、普段の夏の音に溶けていった。
そこには怪訝そうな顔で立っている一人の男子生徒。
優等生そうな影は、生徒会長にしてクラスの学級委員、『便利屋ユイ』創立の影の立役者、
高城総馬だった。
――静寂。
ため息をついた総馬は、けだるそうに教室を見渡した。
「夏休みだからってはしゃぐのもほどほどにな」
真白へ向かっていた机がガタッ、と音を立てて床へ落ちた。消えない黒板の文字が、水に溶けるみたいに消えていく。ヒビ割れていた窓ガラスも、いつの間にか元通りになっていた。
セミの声が戻る。
夏の風がカーテンを揺らす。何事もなかったみたいに。
「……あれ?」
陽一が呆然と呟く。
壁に刺さったネジだけが異常を表していた。
終
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