第8話
挨拶が終わり、室内にいた全員が院の中にある実技演習場に集まった。神器研究の際、その神器の効力を確かめるために作られた部屋で、周囲に被害が出ないように使用の際には物理、神器能力の双方を防ぐ防御結界を精製する神器が備えられている。
ちょっとやそっとでは壊れない作りだ。
とは言っても、百人を越える人間が一同に戦闘を行えるほど広い訳ではない。サッカー場ほどの広さを四分割―広範囲神器の使用を考え、隣の戦闘に巻き込まれないよう配慮した結果―し、それぞれに軍の人間を一人あてがい、一対一ではなく一対多での戦闘形式となった。
参加の番でない学生は、上に設けられているステージ席で観戦となる。
先ほどまで意気揚々だった誠はそれが今やコソコソと人陰に隠れるように動いている。全員参加が義務付けられ、しかも出欠時に名前も控えられているのでは逃げようがなかった。
というか神託団単位での編成なので、誠が逃げれば縁一人で戦うことになり、それはそれで気が引けるものがあった。
引いたカードは二順目で、相手は前の座学の時に話をしていた男だった。他の軍の人間―飛鳥を含めた―に指示を出しているところを見ると、どうやらこの場では一番偉い人間のようだ。
カードを引いた後、二人揃って結界外のステージ席に移動する。
結界内に残された者はそれぞれ自分の相手に目を向けていた。
現役の軍の人間との戦い、金を払ってでも見る価値があるが、その中でもやはり観戦一番人気は飛鳥がいる場所だった。近くで見たい、と多くがその一角に押し寄せている。
誠たちはその波には乗らずにその反対側に陣取り、少し遠くから観戦していた。
実戦形式ということで戦い方に制限は設けられていない。先にギブアップした方の負け、という単純ルールだ。
だがそれでも人数で何順かは確定しているため、軍側がギブアップした場合どうなるのか、それは分からない。医療スタッフも準備しているが、おそらくそれは学生用であり、発言の通り、軍側は万に一つ痛手をこうむるつもりはないようだ。
それが自信なのか自惚れなのか。それはやってみなければ、わからない。
開始の合図がなり、学生側が早速動き始めた。
飛鳥の前にいる五人はまず飛鳥を囲むように展開する。学生間のトラブルは大半が集団で囲い込むことによって鎮圧するといったものが多く、その動きには迷いが無い。
対して飛鳥が手にしているのは一本の赤い鞭のみ。それを自身の周りにとぐろを巻くように展開させ、まったく動かずに様子を見ている。
その時、囲んでいるうちの一人のブレスレットが緑色に光る。ほとんどラグがなく能力が発動、所有者を中心に風が吹き荒れ、挨拶代わりの一撃を飛鳥へと向けて放つ。
指向性を持った不可視の突風は、発動から一秒も経たずに飛鳥へと向かっていくが、飛鳥はその突風をまるで見えているかのように危なげなく回避した。
神器は発動する際に神力の波動が周囲に漏れる。それは神器の発動に必要な量を超えた神力を注いでいるのが原因であり、完璧にコントロールできればそういった発動の予兆を測定されることはなくなるのだが、理論上の話であり、あまり現実的な技術ではない。
1リットル以上の水を目盛りも無しに注いでくださいと言われているようなもので、それをきっちり一リットルに抑えられるかと言えば、それは不可能に近い。目で見て発動を予期したのではなく、飛鳥はその神力の余波を感じ取って回避をしたのだ。
だがそこで攻撃が止むわけではない、当然学生のほうも、その最初の攻撃が避けられる事は想定済みだ。
回避行動を取った飛鳥に対し、新たに二人が襲い掛かる。さらにその後ろには二人が神器に神力を供給している。接近戦の相手をすればその隙に遠距離攻撃が刺さり、だがそれを気にしていれば接近戦で後れを取る。
その連携に目立った隙はなかった。寧ろ、飛鳥のどんな行動にも臨機応変に対応できるよう十分な保険を利かせた戦術だった。
畳み掛けるように択を迫られた飛鳥が取った行動――それは両方を同時に捌いてしまうというものだった。
飛鳥に飛び掛った二人、後方で控えていた二人、臨戦態勢を整えていた彼ら四人。
しかし彼らは一瞬の内に弾き飛ばされ、瞬く間に四人同時にあっけなく床を転がった。
彼らを弾いたのは他でもない、飛鳥の手にしていた鞭であった。
選択を迫られた際、飛鳥から僅かに神力の余波が感じられた。注意していなければ感じられないほどの微細な余波。しかしそれに気づいた時にもう、四本に分離した鞭がそれぞれの相手を目にも留まらぬ速度で迎撃してたのだ。
一体型神器―レーヴァテイル。その能力は分離であり、最大十本まで枝分かれをすることができ、その十本を一度に操ることができる神器。
操る鞭の動きは所有者の感知能力とリンクしており、認識速度が速ければそれは伸縮自在な意思を持った十本の手になる。石動飛鳥の実力にかかれば文字通りそれが可能であった。
一体型とは神器の種類の中で、武器と完全に連動されている神器の総称である。発掘される神器は宝石のような分離型が全体の九割以上を占め、一体型が見つかるのはほんの稀である。
一体型は武器全体が神器として利用でき、ただ武器と分離型を併用して使った時とは神力の消費量と制御の難易度に格段の差ができる。
その特殊な構造が現代技術では再現不可能で、一体型は希少な特異性ゆえ固有名詞がつく。そしてそれはそのまま、所有者の名前とともに広く知れ渡る事になることが多い。
当然飛鳥のレーヴァテイルも有名と言えば有名である。だが飛鳥はまだ軍に入隊して三ヵ月しか経っていないため、情報通でもない限りその神器の能力まで認知されてはいない。
辛うじて鞭の一体型神器を使う、と言うところまでしかこの観戦席の人間も把握していなかった。
レーヴァテイルを振るい、一瞬で四人をはじき返した飛鳥はただじっとその場を動かない。鮮やか過ぎる迎撃、そしてそれが与える無言の威圧感。
それに気圧されたのか、始めに風を巻き起こした男子生徒が、焦った様に神器に神力を供給する。先ほどを思い出すと、能力の発動までのタイムラグは殆ど無い。
だがそれはまったく存在しないと言うわけではない。
「うわっ!」
能力の発動前にレーヴァテイルの一撃が男子生徒の右腕に叩き込まれる。発動しかけた風は、しかし神力の供給が満足に行われず攻撃性を持つ前に中断されてしまう。
即時破壊。
神器への神力供給が始まり、能力が発動するまでの間の、その出掛かりを潰す高等技術。類まれな感知能力と反応速度、カルタの札を一瞬で取り去る様な目にも留まらぬ動き。
そんな常識外れの離れ業を見せられ、観戦席からは感嘆の声すら漏れなかった。
能力を使う、その予兆を認識出来たところでそれを潰そうとは誰も思わない。認識するだけで精一杯で、それを潰せるなんて誰も考えない。そもそも考えられない、思えないのだから、出来るはずが無い。
だが、それが目の前で起きた。
凄い―と賞賛ではなく、恐い―という畏怖。
石動飛鳥が周囲に見せ付けた絶対的な力の差、次元の違いであった。




