第44話
誠と飛鳥が部屋を出た後、イネーヴァは深く息を吐いた。
「盗み聞きは感心しませんよ」
そして独り言にしては大きめな声量で呟く。
「別に盗んでいるわけではないだろう」
一体いつからそこにいたのか、イネーヴァの隣には縁を自宅に届けているはずの、社の姿があった。
「私がここにいることを、彼らが認識できなかっただけだ」
しかしいつもの温厚なものではなく、何か尊大な物言いに変わっていた。
「相変わらず、その認識をずらす能力とは卑怯なものがありますね」
「卑怯で言うのなら、君も相当だよイネーヴァ。何せ眠っているはずのイオと誠を接触させ、イオを眠りから覚ましたのは、他ならぬ君の仕業なのだから。それをあたかも偶然であるかのように振舞うのは、なんとも酷い話じゃないのかい?」
「今の世の中で、私を嗜めるような言葉を使う事が出来るのはあなたくらいですわ、イエーガーおじ様」
「今の私は白木社だよ」
社の言葉にイネーヴァは面白そうに微笑む。
「仕方なかったのです。イオの神力欠乏症は治る見込みが無かった。私に出来る事は、失われていく神力の代わりになるものを探すことでした。そして、先日の襲撃で手に入れた研究内容で、オルテガがその代わりを完成させているはず。後はそれを回収すれば問題は全てクリアされる。私はイオを助けるための準備でもしておきましょう」
「出し抜いたかと思えば、それすら掌の上で転がされているとは。オルテガが聞いたら、さぞ腹を立てることだろう」
「何を言っているんですか? 妹は姉の言うとおりに動いていればいいのです。そしてそれはあなたもですわ、おじ様」
「別に私は君のために動いている訳ではないのだが。君も判っていると思うが、私の仕事は彼の監視だ。頼まれれば手を貸すが、大本に関わるつもりは毛頭ない。それに私がいることをオルテガに知られてしまうのは、今後とも動き辛くなってしまう。それに、今の誠にはあいつの記憶もある。私の正体がばれるのも時間の問題だ」
「偽者の存在として周囲を騙して過ごした罪悪感がおありで?」
「君の言い方にはいちいち棘があるな。まぁ私としても反論はできないが」
その時、社の携帯が鳴り響く。
「まぁ分かっていたことだが、こうも頼りにされると、僅かながらも嬉しくはあるんだよ」
社は、着信画面の「誠」という名前を見て微かに笑う。
「人間に情が湧いたのですか?」
それを見てニヤニヤと笑うイネーヴァに、社は苦笑いを返す。
「君も知っているだろ? 私は人間を溺愛していた君の父親の、親友だったんだぞ?
それに、兄として妹が酷い目に遭って黙っている訳には行かないだろ?」
そう答え、社は電話に出る。
《お前にやってもらいたいことが二つある》
開口一番、挨拶も無しに言葉が告げられた。




