第42話
「あれ、全然驚いて無いね。びっくりじゃない? 君人間じゃなくて、しかも南極で拾われたんだよ?」
「いやまぁそりゃ驚いてはいるが……正直実感無さ過ぎて、はいそうですかって気分だよ」
飛鳥がイネーヴァにされた話と同様の内容をオルフェウスから聞いた誠ではあるが、当事者で無い飛鳥が感じた重要な話は、当事者である誠には逆に現実味が無かった。
オルフェウスは今いる場所を、深層心理世界といった。真っ白で何も無い空間。
そこに誠とオルフェウス、そして二人が座る椅子だけが存在している。
「正直そんな事実より、今俺がこうしてあんたと話してるって方が、俺としては気持ち悪い。早くここから出せ」
「まぁ待ちなよ。まだ君のアップグレードが終わって無いんだから。最強パッチだよ」
「人をバグゲーか何かだと勘違いして無いかお前?」
「まぁ実際僕の立場で言えば、人間は育成シュミレーションゲームのキャラクターだからね。まぁ君は神だけど」
おっさんからウインクを投げられ、誠は深くため息を吐いた。
あの姉妹の父親、そして人類の生みの親だから、どれだけの食わせ物かと思いきや、その実態はただの妙にテンションの高い親バカだった。
「それで? 俺が目を覚ます時の問題点てなんだよ?」
先ほどオルフェウスはそう話を区切った。
「今現在、人間という枠に収まっていた君を、神に昇華させているわけなんだけど、それはつまり僕が今まで隠しとおしてきた君の神核を再び出現させるっていうことだ。だがそこで君も知っているように、人間が神器と融合する事はできない。それはかつて神であった君も例外じゃ無い。人間として生活していた器に神核を宿すのだから、当然拒絶反応が出る。でも安心して欲しい、その時は僕がその緩衝材になって、君を守るよ」
「ほうそりゃありがたいな。それで一体何の問題点があんだよ?」
神と人間は体の構造はほぼ同じ。唯一違うのは、神核があるか無いかだ。
唯一であり、そして絶対的な違いでもある。それは誠にも分かっている。
「僕が緩衝材になる際、僕と君の精神がリンクする。その時、もし君が僕の意識に呑まれてしまえば、起きた時に君の体に宿っている人格が僕になってしまう可能性がある」
「はぁ?」
「簡単に言うと、僕が君を乗っ取ってしまう、もしくは僕の人格と僕の人格が入り乱れた、新しい人格が生まれるかもしれないってこと。申し訳ないけど、このリスクだけは避け―」
「だぁぁぁ! もうめんどくせぇ! 何でも良いからさっさとやれ!」
突然大声を出した誠、神妙な表情だったオルフェウスは唖然としてしまう。
「ちょっと待ってくれ! よく聞くんだ!
これは君の存在の消滅が―」
「聞いても聞かなくてもやらなきゃならねえんだろ? なら別にそこで意思表示する必要はねえだろ。なんだよ、てっきりまたネオビッグバンが起きるのかと思ったじゃねえか」
手術のリスクを伝えるのは医者の義務だ。だが手術をしなければ死ぬ状況で、しかも死ぬわけには行かない理由があるなら、どんなリスクでも負わねばならない。
それが今の誠の状況だ。
「どうでも良いから早くここから出せ。そしてあのオルテガとか言う奴を一発分殴らせろ。そうじゃなきゃ俺の気が済まん。やられたままで終わるつもりは毛頭ねぇ」
あそこまで無様な負けを決したのは、父親である翔との組み手以来である。
「そんでイオも一発殴らせろ。あの野郎、自分を犠牲にして俺を生かしやがって、ただじゃ済まさねえ」
イオに借りがある、それだけで誠は落ち着かない感情になってしまう。
「……」
「なんだ? 言いたいことがあるならなんか言ってみろ」
「いや、幼い頃から君を見てきたが。そうだね、君はそんな‘人間’だったね」
鼻にかける笑いだったが、誠は文句を言わなかった。オルフェウスは赤子の時に誠の体に施された。
だからこそ、誠よりも誠を知っていると言っても過言では無いのだ。
「いいよ、その心意気ならきっと大丈夫だろう。そして目覚めて、どうかオルテガがやろうとしていることを止めてくれ」
「オルテガの目的を知っているのか? てかあんた今の状況把握しているのか」
「君を通して状況は把握している。おそらくあの子はイオの能力である遠隔操作を使い、カタストロフィーを撃つはずだ。狙いは月、神界と人界の境界になっている神器だ」
夜になると燦然と輝く月、それがまさか神界と人界を隔てる神器だとは。
「月が壊れたらどうなる?」
「第二次人神戦争の勃発だよ。だけど人類が一つになっていない状況で、神とやりあうのは無理だ。今のオルテガは、僕や古代の人間たちの復讐に取り付かれて、状況が見えていない。このままだと取り返しがつかなくなってしまう」
一度人類を破滅へと追いやった争い、誠としてもそんな戦争が起きれば面倒だ、という認識はある。
「姉妹ならば、イオを介して能力を使用できる。イオはその危険性を知っていたからこそ、進んで姉妹に会おうとしなかった。身を守る術を持たないイオが、既に力を持っている姉妹に会う事はそれなりのリスクが合ったんだ」
イオの煮え切らない態度に、業を煮やした誠の心情を知っての言葉だった。
「じゃあ撃たれる前に黙らせる必要があるな」
「それでだ、もし君の人格だけが生き残った場合に、やってもらいたいことが二つある」
そこで誠は、オルフェウスから作戦を授けられた。
「……本当にそれをやれってか?」
そしてそれを聞いた誠は、思わず聞き返してしまう。
「備えあれば憂いなし、何事も保険は重要だよ」
爽やかに親指を立てるオルフェウスに、誠はため息を返した。
「何はともあれ、まず目が覚めてからだ。もうそろそろアップロードも終わりそうだから、最後の仕上げをするとしようか」
オルフェウスが椅子から立ち上がると、その椅子はゆっくりと床に沈んでいった。
誠の椅子も、誠が立ち上がると姿を消していく。
「この展開はある程度予想はしていたんだ。長い年月を経て姉妹の溝は深まり、そして誰かが痺れを切らしてしまう。その中で、君という存在は予想外だったよ」
そう言って、オルフェウスは右手を差し出す。
「君に出会えたこと、今まで君と共に歩めた事は本当に有意義だった。もっとも君は僕の存在を、ついさっきまで知らなかったんだけどね」
「いや。あんたに会えて、俺も良かったよ」
姉妹の父親については少しだけ話を聞いていた。そして始めてラキアを見た際、脳裏に過ぎった映像でもオルフェウスを見ている。
「それに、これからもあんたは俺の中にいるんだろ? ならここは別れの挨拶じゃない」
「はは、まさかここまで僕を受け入れてくれるとは思ってなかったよ。そうだね、今までも、そしてこれからも。僕を、そして娘たちを頼むよ、誠。僕のたった一人の息子よ」
―誰がてめえの息子だコノヤロウ。
そう言い返したい衝動を抑えつつ、誠は黙ってオルフェウスの右手を握った。
次の瞬間、誠の視界は眩い光に包まれた。




