第38話
だがそれもつかの間。
また新たなチャクラムが人ごみから姿を現した。その数―五つ。
「チッ!」
舌打ちを交え、飛鳥はレーヴァテイルの本数を十本に増やして応戦した。
怒涛のように全方向から襲い掛かるチャクラム、それを侵入させないように弾き、激突の衝撃が数多に響き渡る。
カルブリヌス―そう固有名がついている一体型神器、その持ち主である要・アイブリンガーがやがて人ごみから姿を現した。
「やぁ誠。久しぶりだね」
人のよさそうな陽気な笑み。
その裏では飛鳥が手一杯になるほどの攻撃を制御しているとは、とても思えない。
加え、誠には威嚇の神撃をも放っている。
「俺はもう二度と会いたくなかったけどな」
「言っただろう?君には借りがあるんだ。返さないと気が済まない」
答えながら要が手を振ると、襲い掛かっていたチャクラムがその手に集まっていく。
「だけど公女もいると話が変わってくる。流石に君たち二人を僕一人で相手とか、罰ゲームもいいところだ」
「へぇ。じゃあ一体どうやってイオを連れてくってんだ?」
「こうするのよ」
挑発する誠に答えたのは、要ではなくオルテガであった。
差していた日傘をクルッと回しながら閉じ、そして先端で地面を叩いた。
その瞬間、神撃に似た、しかしそれとは異なる波動が周囲に広がる。
「イオさん!?」
縁の驚愕の声、傍らにいたイオが、まるで糸が切られたマリオネットのように力なく膝を崩したのだ。
だが気絶した訳ではなく、意識は保たれている。
「これはまさか……サンクチュアリ……ですか」
「神捕獲専用神器、サンクチュアリ。イネーヴァが回収していたのを、先日貰い受けたわ。これで貴方は動く事が出来ない。あなたがこの場を安全に逃げられると思わないことね」
再び日傘を差したオルテガは、イオに向けていた目線を今度は手前に移す。
「そして、これは一体どういうことなのかしら?」
移された視線の先、そこには自身の胸を掴み、苦しみ悶えている誠の姿があった。
「はっ……かっ……ッ!」
「誠!?」
遅れて駆け寄る飛鳥だが、しかし誠はそれどころではなかった。
先ほどの波動、それを受けた瞬間に体の奥底から何かが熱く滾った。
体を突き抜けるほどの熱い何かが、体だけでなく思考さえ奪い、八神誠という存在を蹂躙していく。
「クソがッ! 一体何が……起こってやがる!?」
「ふふ……ふふふ! まさか、まさかそういうことなの!?」
その誠の姿に何かを悟ったのか、オルテガが面白そうに声を上げる。
「まさか軍の切り札、それが私たちと同じ神だったとは驚きだわ!」
「俺が……神……だと?」
「サンクチュアリで無力化されているのがその証拠よ。この神器は神核で動いている神にしか適用されない。サンクチュアリの影響を受けるのは神しかありえない」
オルテガの言葉は、しかし誠には理解できる余裕が無かった。
先ほどから体を襲う熱は上がるばかりで、冷静さを保っていられる状況ではなかった。
息苦しく、何か異物が体を書き換えていくような不快感が襲う。
「まさか私たち以外にこの世界に神がいるとは。思わぬ収穫だわ。これも回収しましょう」
武装兵に指示を送るが、それを威嚇するように誠の前で飛鳥がレーヴァテイルを構える。
だがその武装兵の後ろでは要が控えている。誠が動けなくなった今、明らかに分は悪い。
「待ちなさい……オルテガ」
その緊迫した状態で、イオは苦しそうに声を出した。
「彼には……手を出さないでください」
「この状態で、そんな提案が聞き入れられると思っているのかしら?」
「出さなければ……私はあなたに大人しく連れて行かれましょう」
イオの言葉にオルテガは一瞬目を丸くし、そして嗜虐的に笑い始めた。
「何あなた! この人間に情でも湧いてしまったの? 今のあなた凄く滑稽よ?まさかイオからそんな言葉が出るとは思わなかったわ!」
「何とでも……言いなさい。だから」
「嫌よ。なんで私がそんな条件を飲まなければならないの?あなたもそしてそれも連れて行くわ。ふざけるのも大概に―」
「ならば……私はここで自害しましょう」
そこでオルテガの顔色が変わる。
「彼も連れて行くのだとすれば……私は今この場で命を絶ちます」
「ふっ、一体何を言い出すのかと思えば。そんな脅しが」
「どうやら、長いときの果てに、私のことを忘れてしまったようですね? 私がただの脅しを言うだけで済むと、本当に思っているのですか? 私に死なれたら困るでしょう?」
「…………」
オルテガはしばし沈黙した。冷たく鋭い目線でイオと誠を交互に見て、軽く嘆息。
そしてサンクチュアリの効果を解いた。
だが誠の体には未だ不快感が溢れていた。
立ち上がろうにも体に力が入らない。
「いいわ。不本意ではあるけれど、あなたの提案に乗りましょう。あの子だけを連れてきなさい」
命令を受けた部下がイオに近づく。その間、攻撃を加えようとした飛鳥をイオが目だけで制した。
元々分が悪いだけに飛鳥も渋々引き下がった。
「ダメです! 止めてください!」
武装兵がイオを連れ去ろうとした時、縁が立ち塞がった。
一瞬動きを止めた武装兵だが、直後縁を容赦なく殴り飛ばす。
「止めなさい! 縁! 大丈夫ですか!?」
イオが縁に駆け寄るが、軽い身体は殴られた衝撃に耐え切れず、既に意識が無かった。
「止しなさい。邪魔をしたその子がいけないのよ? お姉ちゃんとの約束は守りましょうね?」
オルテガは鬼の形相で睨むイオを、軽く受け流した。
「……すみません、縁、飛鳥」
二人に謝罪をしながらイオは立ち上がり、武装兵に連れられていく。
「謝るぐらいなら見苦しく抵抗しなさいよ、イオ」
「……イネーヴァによろしく伝えてください」
静かにそう告げ、誠には何も言わずにイオはその場から連れて行かれた。
その様子をただ眺めているだけしか出来なかった誠の傍に、要が歩み寄る。
「これで一勝一敗ってところかな?」
そして静かに告げる。
「決着は今夜つけよう。待ってるよ」
そう言い残し、オルテガたちに続いてその場から姿を消した。
そして同時に誠の意識も落ちる。
軍がその場に駆けつけたのは、その五分ほど後だった。




