第35話
めんどくさいことになったもんだ。
夕食に作ったマーボー豆腐を黙々と突きながら、誠は目の前で繰り広げられている視殺戦を横目でチラリと見た。
右には既に三回の戦い(おかわり)を終え、四戦目に挑もうとしている亜麻色髪の巨乳。
左には慎ましく食べながらも、意外に三回戦目に突入しようとしている黒髪の貧乳。
その二人がご飯ではなく、相手の顔をガン見しながら夕食を食べているのだ。
緊迫した空気の質と言ったら、それこそ霧で前方が見えないジェットコースターの、ゆっくりとした上りを延々と続けられているようなものなのだ。
―というかお前らこの家の糧食を絶やす気か。
「むっ……」
その時、最後のマーボー豆腐の上で、両者の箸が睨み合った。
数秒間制止し続けた箸たち、やがて手を引いたのは、食い意地が張っているはずのイオであった。
「どうぞ食べてください。その貧相な体には栄養が必要でしょう?」
イオがさらりと毒を吐くが、
「! ……えぇありがたく頂かせてもらうわ。あなたもその余分な体積を、これ以上増やしたくはないでしょうしね。まぁもう手遅れかもしれないけれど」
「! ……そういうあなたはそれだけ食べても、行って欲しい処に栄養が行っていないようですね。嘆かわしい限りです」
それを嘲笑でイオが返すと、
「それだけ代謝が良いということよ。無駄な肉がつかなくてうれしいわ。どっかの誰かと違ってね。ブクブク太るのは見た目も悪いしね」
そしてしばし沈黙の後、
「ウフフフフ……」
「アハハハハ……」
……いや、純粋にコエェよお前ら。
先日の初対面時ではイオが圧倒的優勢であったが、飛鳥が牛女という禁句を得てから、戦況は五分五分へと変化している。
『護衛として飛鳥をつける』
それが昼間、イネーヴァが出したもう一つの条件だ。
オルテガの強襲に対しての護衛――ということはほんの建前で、イオの監視が本音であることは分かり切っていた。
はっきり言ってこの条件は飲もうか迷った。イオは受けて立つ態度―何故戦う気なのか―だったが、誠としては誰であろうが、これ以上居候が増えるは勘弁願いたいところだった。
特にイオと飛鳥を一緒にするなど、正気の沙汰ではないことは分かりきっていた。
だが有事の際に飛鳥が手を貸してくれるのは、それがイオの手綱を握るためと言ってもありがたい。
アイブリンガーに対抗できる切り札としての利用価値は非常に高い。
そう、ありがたいのだが
―こいつの食費って請求すれば降りてくんの? である。
ただでさえイオで壊滅的なのにもかかわらず、それに加えて三回戦に突入するほどの猛者が増えれば、エンゲル係数が跳ね上がるのは必須だ。
しかしそれも必要以上の量を作らなければいい話なのだが、それはそれで別の不平不満が出てくるという可能性を考慮すると、これ以上面倒臭い事は御免だった。
誠に出来る事は一つ、柳の如く二人のいがみ合いを受け流すことだけだった。




