第19話
「お前は研修会で院に行っていたはずだ。それが一体全体どういうこった?」
社はテーブルに肘をつき頭を抱える。テーブルには他に誠と縁の他に、イオの姿があった。
今はもう白衣姿から着替え、ジーンズにパーカーを着て眠たそうな表情で座っている。
「縁だけが帰って来たって聞いたから、またなんか問題を起こしたのかと思ったら、それが何で女の子と一緒に帰って来るんだよ」
「だから話しただろ。院の地下研究所で会って、それから成り行きでこいつが俺についてきたんだよ」
あの後、まだ地上の騒ぎが収まっていなかったのか、いくらか簡単に院を脱出した誠たちは、縁に手配してもらったリムジンに乗り込みそのまま白木邸に向かった。
そして夜、仕事を終えた社を交えての緊急集会が開かれた。
議題は当然、イオについてだ。
「聞いたよ。院の地下研究所のカプセルに謎の少女がいて、んでアイブリンガー率いるコンステラシオンを何とか退けて一緒に脱出しました。全体的に可笑しくないか?」
「概ね認めよう」
「何で上から目線なんだよ」
腕を組んで答える誠に社は肩を落とす。
「てかそんな子、連れ出して大丈夫なのか? いや絶対だめだろ!」
「知らん。こいつが勝手についてきただけだ。俺のせいでは断じてない」
「拾ってきた猫の面倒は最後まで見るのが責任ってもんだろ?」
「えっと、イオさんは何か言うことは?」
苦笑いを浮かべながら、縁はイオに言葉を投げかける。対するイオは半分寝ていたのか、薄い反応を示す。
「そうですね……少女ではなく、美少女と訂正をお願いします」
「お前も清清しいほどに図々しいな」
「事実ですから。嘘をつけない性質なので」
「知ってるか?そう言うやつは大抵嘘つきなんだよ」
「確かに、誠さんがそうで――キュンッ!」
縁の頭にチョップを振り落とす。
その横でイオは眠そうに目を瞬き、小さく欠伸をする。
「……お疲れなのですか?」
拗ねたように口を尖らせていた縁がイオの様子を見て訪ねる。
「大方食いすぎて眠くなったんじゃないのか?」
白木邸に帰って来て、その後頂いた夕食。一流のシェフが作るその料理を、イオは大食漢である誠と張り合うほどの量を平らげていた。
僅差で誠が勝ったのだが、腹十分を軽く超える量だったため、かなり無理をする羽目になった。
「あなたは黙っていてください。そうですね、まだ活動を始めたばかりで、神器の方が満足のいく形で動いていません。まぁそれも時間が解決するでしょう」
負けたことに少なからず不満を持っているのか、イオの口調は刺々しい。
「神器? お前今神器使ってるのか?」
これには誠だけでなく、イオ以外の全員が首をかしげた。
ここにいるのは全員が神託者の素質を持ち、神力を感じ取ることが出来る。
しかしその全員がイオの神器から発せられる神力の波動を感知できていない。
「えぇそうですが何か?」
「神器で動いてるってことは、お前はまさか本当に神器と人体の融合体だってのか?」
誠は恐る恐る口にする。それに対してイオはきょとんとした表情をする。
「神器と人体の融合?何をほざいているんですか? 馬鹿ですか? そもそも構造的に、人間の体に神器を融合させることは不可能です」
「え、それではさきほどの意味は?」
縁の問いに、イオはしばらく思案した後、頷く。
「なるほど。どうやら私という存在の認識に、違いがあるようですね」
イオはそう言って席を立つと、おもむろに着ていたパーカーのジッパーを少し下げ、僅かに胸元を露出させる。何を、と思ったが直ぐにその言葉を飲み込んだ。
イオの胸元、その部分には緑色の楕円型の宝石が埋め込まれていた。
「これは私の神核です」
イオは淡々とした口調で述べる。これには全員が、いや誠以外の全員が絶句する。
誠は一度地下研究所でその神核を見ている。驚くと言うよりは、やはりかという心境だ。
「これは私の命そのものであり、私の体はこの神核に神力を注ぐことで活動を可能にしています。人間でいうところの心臓に当たる部分です」
「神核ってあの神器のコアの部分だろ? それが何でお前の胸にあるんだ?」
「それは逆です。神核とは元々私たちのコアであり、神器とはそこから私たちが扱う能力だけを抽出したものになります」
ん? という疑問がよぎったのは誠だけではなかった。
「え、ちょっと待ってください。それはどういうことですか?」
脳内で情報が上手くまとまらないのか、縁が頭を抱える。
「なるほど、神器や神核は知っていても、神については殆ど知らないということですか」
そこでイオは興味深そうに―もしくは面倒臭そうに―頷いた。
「まず言っておくと、私は人間ではありません。私たちは自分たちを呼称する名を持っていないので、人間側が私たちにつけた名で言うと、神という存在になります」
イオはジッパーを上げ、服を整える。
「そして神器とはそもそも死んだ神の神核を使って、能力だけを取り出した兵器です。つまり神器一つ一つが、私たち神の命そのものと言うことになります」
問いに答えるイオはとても嘘を言っているようには見えなかった。
自分にとっての常識を言っている、そんな感覚を覚える。
しかしそうは思っても、その場にいた誰もがまだ理解したとはいえなかった。
イオが人間ではなく、神と言う存在。
そしてその神の命を使い生み出された神器。
だが、俺たちは神という存在を知っている。




