第10話
「一体何のつもりだ石動少尉」
冗談を感じさせない凄みを利かせる上官に睨まれるも、しかし飛鳥は気圧されることはなかった。返ってレーヴァテイルの縛りを強める。
「神崎少佐。確かにこの演習に制限はありませんでした。しかし何の教養も持たない学生相手に神撃はいかがかと思います」
本来神撃が活用されるのは本気の戦闘の時だけである。神器の発動が勝負の分かれ目になる戦いにおいて、相手を一瞬でも萎縮させる事が出来れば場を優勢に立ち回れる。
神撃が放たれる戦いでは、一つのミスが対局を大きく変えることすらあるのだ。
相手の首に喰らいつき、そして食い千切る。その覚悟を持って始めて扱うものであり、そして冗談などでは決して使ってはいけない――少なくとも飛鳥は養成校でそう教わった。
「言ったはずだ、上には上がいることを教えると。神に愛された世代はこれだからいけない。自分たちが他とは違い大きな力を持っていることに甘んじて、自分たちが生まれながらに有能であると勘違いをする」
神に愛された世代は他とは違い、保有する神力の量が圧倒的に多い。それは数字としても表されており、明確にされている事実だ。
だが彼らが神託者として必ずしも優秀であるかと言われれば、その答えはノーである。
体力が他の人の二倍以上ある集団がプロのサッカー選手と試合をする。彼らは常に動き回れる体力を持っているが、はたしてその中でボールを上手く扱い、得点を取ること出来る技術の持ち主は一体何人いるか。
神託者も同じだ。例え多くの神力を持っていたとしても、その神力の扱いが上手い者の数はせいぜい限られてしまう。
神器の保有量でいくらかごまかしは効くが、それでも神力の扱いに長けている他の世代には劣る部分も存在するのだ。
「だから私は彼に教えたのだ。ただ神器を扱うだけが戦いではないことをな」
「例えそうだとしても、訓練を積んでいない学生に神撃を撃つ理由にはなりません」
「なるほど、どうやら理解が得られないようだな。結局のところ、君もこの世代の一人というわけだ石動少尉」
彼ら年配の人間は、飛鳥たちの世代のことを実のところ快く思っていない。生まれ持った神力の才、それは確かに神託者として有能を約束するものではないが、その可能性を大いに秘めている、とは言う事が出来る。
結果的に飛鳥の代の養成校卒業者は例年の二倍であったわけで、上官たちからすれば自分たちの地位を脅かすには十分な存在なのだ。
現に神崎は学生に対して神撃を使った、いや使わざるを得なかった。
工藤が学生にしては相当な実力者であることを見抜いた飛鳥は、自身の相手をしながら視界の隅でその姿を追っていた。
そしてその読みは当たり、個人の実力に高い統率力が加わり、神崎は僅かながら劣勢を強いられていた。
神埼の神器は銃との一体型である。能力は神力を込めた弾丸を放ち、そして一度だけ放たれた弾丸の軌道を変更できるものだ。
速度事態は拳銃などよりは遅いものの、限界射程距離がほぼ無視できる弾丸であり、物陰に隠れたり避けようとしても、全方位に方向転換が可能なため回避が困難になる。
強力な神器ではあるが、神埼の神器にとって工藤の神器は天敵であった。工藤の慣性制御の神器により、神埼が放った弾丸がことごとく無効化されていったのだ。
直接放たれた弾丸の勢いを緩めるのは無理でも、方向転換する時に弾丸は一瞬動きを止める。そこを狙って動きを固定し、神埼の弾丸を阻止したのだ。
簡潔に言ってしまうと、神崎はその状況にキレたのだ。だからこそ大人気ない行動で力を示した。貴様らはどう足掻いても俺には勝てない、とはっきりと公言するように。
表では笑顔で受け入れられても、心の中では面白く思っていない。そういった冷遇を飛鳥たちも養成校で嫌というほど受けてきた。
「これは上官である私への明らかな命令違反だ。軍法会議にかけられても文句は言えないだろう。例え君が総督のご息女であろうとな」
フッと蔑むように笑う神崎に、飛鳥は睨みを返す。国際A級ライセンスを持ってはいても、そして組織のトップの娘であろうとも、軍の中ではまだ新参者、小娘の扱いである。
どれだけ騒がれようが、今の飛鳥にはこの上司を睨みつける事しかできないのだ。
「分かったのなら放してもらおう。これ以降は命令違反では済まされないだろう」
神崎の言葉に飛鳥は耐えるように目を瞑り、葛藤の末にレーヴァテイルの拘束を外した。
ニヤリと笑おうとした神埼は――しかし、突然体を震え上がらせた。
そして恐怖に慄く表情の先は、演習場から結界の外に出る出入り口に向けられていた。
「上には上がいる。ただ神器を扱うだけが戦いじゃない。あんた良い事言うな」
そこから一人の人影がゆっくりと歩いてくる。悠然な歩み、そこに何の脅威も感じられはしないのだが、何か、注目させてしまう雰囲気を纏っている。
「じゃあそれを教えてくれたあんたに……俺から礼だ。あんたにも、上には上がいることを教えてやるよ」
その人物―誠は口の端を曲げ、面白そうに笑い演習場に姿を現した。
「……君は誰かね?」
尋ねる神崎の表情に先ほどまでの余裕は見られなかった。神託者として、一切の甘さを捨てた厳しい表情で、誠を見る。
「あんたの次の対戦相手だよ」
「君一人がかね? 私は最低でも二人と聞いていたが」
「言わなきゃ分からないか? 学生程度に焦って神撃打つ輩は、俺一人で十分てことだ」
「なるほど。君も少々やるようだが、所詮はこの世代の産物か」
右腕を振るい、神埼は一体型神器―ガルウィングを構える。工藤には劣勢だったが、神埼の強さは少佐の地位から見ても決して侮れるものでは無い。
「石動少尉、貴様は下がれ。演習の邪魔だ」
神埼の言葉に何かを言おうとした飛鳥は、しかし何も言わずに距離を取った。
「君のような粋の良い少年の自身を打ち砕くのは心苦しいが、君の態度は少し傲慢すぎる。ここで自分の無力さを知るべきだな」
「あんたもそこらへんの不良と同じだな。いちいち御託を並べないと気が済まないのか? あぁそれと、本気は出さない方が良いかもしらないぞ? 本気じゃ無かったって言い訳が使えなくなっちまうからな」
「減らず口をッ!」
銃口を誠に向け、神埼は引き金を引く。その動作の一歩前に、既に誠は横にスライドするように動いていた。
先ほど飛鳥の試合を見ながら、誠は神埼の試合も注視していた。故に弾丸を避けても、一度だけ方向を変えて追尾してくることを知っていた。
完全に銃口の延長線上にいなかった誠に向け、弾丸は予想通り方向を変える。先ほどは銃口と引き金のタイミングを見切って回避したが、今回は弾丸が方向を変えるタイミングを掴むことは難しい。
いつ、どの角度で弾丸が迫るか分からないのだ。
それ故に、回避は困難。
だからこそ、誠は回避という選択肢を取らなかった。
そして神力の弾丸は、誠に衝突する瞬間に弾けて消え去った。
「なッ!?」
勝利を確信していた神崎は、その予想外の展開に驚愕を隠せない。神埼の神力によって作られた弾丸が、神埼の意思とは関係なく勝手に消滅したことによるショックは大きい。
それが分かっていた―むしろそれが狙いであった―からこそ、誠は動揺している神埼との距離を一気に詰め、拳を握った。
神埼は回復した思考で、咄嗟にガルウィングを盾に衝撃に備えた。
だが、神埼を襲ったのは打撃による衝撃ではなかった。
「ア、ア、ア、あぁ、あああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
誠の拳がガルウィングに触れた瞬間、神埼は発狂したように奇声を上げた。
そして体を大きく震わせ、泡を吹いて気を失ってしまう。
場に不自然なほどの静寂が流れる。
誰もが、何をしたのか理解が出来ず、ただ事態を見つめることしか出来なかった。
誠の目の前でレーヴァテイルを構え、神埼に向けていたものよりも数倍の凄みを持った形相を向け、飛鳥は怒鳴るように叫んだ。
「一体今までどこをほっつき歩いていたのッ!答えなさい、誠!!」
その言葉に、誠はただ苦笑いを返した。




