第2185話 バレンタイン恋騒劇16(4)
「はぁ・・・・・・ブレないわね帰城くんは。正直、そんな事を言う人にチョコを渡したいとはあんまり思わないけど・・・・・・いいわ。負けは負けだしね」
「だね。じゃあ、はい帰城くん。これ、あげるね」
陽華は立ち上がり影人の方に向かうと、どこからか取り出したチョコを影人に渡して来た。チョコは可愛らしい赤い箱に入れられ、淡いピンク色のリボンに包まれていた。
「これは私からよ。帰城くん、ハッピーバレンタイン」
明夜も立ち上がり陽華の横に並ぶと、影人にチョコを渡して来た。明夜のチョコはクールな水色の箱に入れられ、青いリボンでラッピングされていた。
「・・・・・・じゃあ、貰っておくぜ。ありがとうな」
「うん。頑張って作ったからちゃんと食べてくれると嬉しいな!」
「また感想聞かせてちょうだいね。まあ、美味しいとは思うけど」
影人は素直に2人からのチョコを受け取った。陽華と明夜は明るい顔で影人にそう言葉を送る。
「これで、全ての勝負は終わったわね。おめでとう影人。あなたは見事に全ての勝負に勝った。ふふっ、流石ね」
シェルディアがパンと手を叩く。シェルディアから称賛の言葉を送られた影人は「あー・・・・・・」と少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「・・・・・・まあ、一応な。勝負は負けるより勝つ方が気分はいいし。全勝できて取り敢えず良かったよ。でも、その結果がこれなわけだが・・・・・・」
影人は自分の前に置かれているバレンタインのお菓子の山を見つめる。キトナ、ロゼ、ソニア、イズ、シトュウ、白麗、アイティレ、ソレイユ、レイゼロール、暁理、シェルディア、陽華、明夜。計13個のバレンタインのお菓子は、当然ながら影人の人生史上、最高記録だ。
普通の男子なら泣いて咽せ、至上の喜びを感じるかもしれないが、感性が小学生で止まっている前髪は、バレンタインに女子からお菓子を貰うのはダサい、恥ずかしいと思わずにはいられなかった。
(まさか、俺の人生においてこんな数の菓子をもらう事になるとはな・・・・・・孤高の一匹狼としては恥以外の何者でもねえ。だが・・・・・・)
人としてはこれらを無碍には出来ない。影人にはこのお菓子にいったいどのような想いが込められているのか分からない。まあ、恐らくは義理チョコだろうし、大した想いは込もっていないかもしれない。
しかし、それでも贈り物は贈り物だ。そして、影人は贈り物を返却するほどクズではない。影人は照れを隠すように頭を掻いた。
「あー、その・・・・・・なんだ。改めて、一応ありがとう――」
「「出来た!!」」
影人がお菓子をくれた者たちに対し、素直に感謝の言葉を述べようとすると、零無とナナシレの声が店内に響き渡り影人の言葉を遮った。零無とナナシレはその手に影人への手作りバレンタインチョコを携えると、一瞬で影人の元へと詰め寄った。
「影人! お前のために作った究極のチョコレートだ! 安心してくれ! 『無』の力で時間の概念を無くして556万回の試行の上に辿り着いたチョコだ! 間違いなくお前の口に合う! さあ、吾の愛を受け取ってくれ!」
「ご主人様! 私もご主人様のために至高のチョコレートを作らせていただきました! 私はご主人様と出会ってまだ短い時しか過ごしていませんが、ご主人様に対する気持ちは誰にも負けません! ご主人様への想いは常にバーニングでございます! ご主人様! 私のこの想いをどうか受け取っていただきたく!」
「っ・・・・・・」
急に愛が激重な零無とナナシレにチョコを突き付けられた影人は、ドン引きしたような顔になった。最悪だ。1番ヤバい奴らの事を忘れていた。このチョコだけは絶対に受け取りたくない。愛が重い奴から贈り物を受け取るな。古事記にも書かれている(書かれていない)。だが、受け取らなければ絶対に面倒な事になる。影人は軽く泣きそうになった。
(ど、どうする。どうする帰城影人。どうすればこの状況を切り抜けられる・・・・・・!?)
影人は必死に考えた。だが、疲れ切った影人の頭はこの窮地を打破する方法を全く思いつかなかった。
「ダメよ、あなた達」
(じょ、嬢ちゃん・・・・・・!)
すると、シェルディアが零無とナナシレに向かってそう言った。影人は一縷の希望を宿した目をシェルディアに向ける。流石は自分の師匠だ。やはり頼りになる。影人はシェルディアが自分を助けてくれると信じていた。
「言ったでしょ。あなた達もチョコを渡したいなら、ちゃんと勝負をしなさい。じゃないと不公平だわ」
(ち、違う。そうじゃないんだ・・・・・・!)
だが、続くシェルディアの言葉は影人の予想を裏切るものだった。影人はガクリと肩を落とした。
「はぁ〜? 何で吾がわざわざそんな事をせねば・・・・・・」
「いえ、これは良い提案ですよ零無様。場合によれば、合法的にご主人様とイチャイチャ出来ます」
「すぐに勝負の方法を考えなくてはな!」
ナナシレの言葉に一瞬で態度を変えた零無は、勝負という名目で影人とイチャつく方法を必死に考え始めた。ナナシレも零無と同じように勝負について思考し始めた。零無とナナシレは無・零の力で自分の周囲の空間を隔絶していたので、他の者達の勝負を見ていなかった。
(マズい。もうあいつらと勝負する体力なんて残ってねえぞ! 何とか、何とか逃げないと・・・・・・!)
影人は零無とナナシレが考えている隙に、ゆっくりと立ち上がった。そして、自分は透明人間だと思い込み、出来るだけ影を薄くしようと努めた。影を薄めた(と思い込んでいる)影人は、そろりそろりと入口に向かった。
(よ、よし。奇跡的にバレてない。今なら行ける!)
影人はドアの取っ手に手を掛けた。影人は力を加えてドアノブを回そうとした。
だが、その前にドアノブは回されドアが開かれた。
「え・・・・・・」
外から開けられたドア。外にいた人物を前髪の下の目で確認した影人は、思わずそんな声を漏らした。
「やあ、帰城くん」
そこにいたのは香乃宮光司であった。光司は影人の姿を見ると、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべた。
――どうやら、騒がしき愛の日はまだ終わりそうにはないようだ。




