第1312話 幽霊との問答(1)
「・・・・・・・・・・・・」
たまたま通り掛かり、中に入った神社。境内の大きな石に腰掛けていた、美しくも神々しい不思議な女性。その女性と目が合った影人は、女性の神秘的な透明の瞳から視線を外せなかった。まるで、魅入られたかのように。
「ふむ・・・・・・」
影人に見つめられ、自身も影人の事を見つめていたその女は、どこか不思議そうな顔を浮かべた。そして、
「ふっ」
女性はニコリと笑みを浮かべた。
「あ・・・・・・」
その瞬間、影人は尋常ならざる恐怖を抱いた。体は途端に震えが止まらず、影人は立っていられずに膝から地面に崩れ落ちた。半ズボンから覗く生足が参道の石畳に激突し、多少の痛みがあったが、そんな事すら気にならないほどの恐怖を、影人は感じていた。
「ひ、あ・・・・・・ああ・・・・・・!」
唐突に生じた耐え難い恐怖。その恐怖はどんどんと急激に影人を蝕んでいく。呼吸が乱れる。冷や汗が止まらない。吐き気まで催して来た。両の目からは涙が止まらない。だが、それでも影人は女性の透明の瞳から目を離せない。
(な、何で・・・・・・あの人はただ笑ってるだけ。なのに、何でこんなに怖くて、怖くてたまらないんだ?)
女性が笑った瞬間、影人は女性に今までの人生で1番の恐怖を感じていた。影人にはその意味が、理屈が分からない。ただ、どうしようもなく女性が怖く恐ろしい。
この時の影人は、その恐怖の根源が何であるのか理解していなかったが、それは存在の格差から生じる恐怖であった。女性と影人の存在としての、生物としての、余りに違い過ぎる格の違い。普通に生きていれば、間違いなく出会わなかった圧倒的上位存在との邂逅。影人の生物としての本能がそれを無意識に察知し、特大の警告として影人に恐怖の感情を与えたのだ。
「おえっ・・・・・・! かはっ、げほっ・・・・・・」
影人の本能は女から逃げるという選択を取らなかった。それは、逃げるという行為すらも死に直結すると影人の本能が判断したからだ。ただ動かずに恐怖が去るのを待つのみ。ゆえに、影人は動けなかった。だがその結果、影人は嘔吐き、呼吸困難に陥ってしまった。
「おや、やはり吾が見えているのか。吾の気配に当てられているからな。ふむ、ならば・・・・・・」
参道の真ん中でのたうつ影人を見つめながら、女性はそんな言葉を漏らす。すると、次の瞬間、
「え・・・・・・?」
今までの恐怖が嘘の如く、影人はピタリと女性に恐怖を感じなくなった。その結果、体の震えや冷や汗も止まり、呼吸も元に戻った。
「すまなかったな少年。なにせ、吾を見る事の出来る人間など非常に稀だからね。吾の気配をそのままに垂れ流してしまっていた。許してくれよ」
影人がその事に驚いていると、女性が先ほどとは違う怖くはない笑みを浮かべながら、影人にそう言って来た。
「あ・・・・・・は、はい・・・・・・」
女性にそう言われた影人は、未だにどこか呆然としながらも頷いた。影人の頷きを見た女性は、「うん、いい子だ」と言って微笑んだ。
「しかし、なぜ君には吾の姿が見えるのかな。普通、人間は吾を見る事など出来ないはずなんだが・・・・・・興味が湧いた。見れる範囲で、少し見てみるか」
女性はそう呟くと、ジッと影人を見つめて来た。次の瞬間、女性の透明の瞳に一瞬だけ、ほんの一瞬だけ小さな光が宿った。
「ほう・・・・・・なるほど。本質が闇なのか。これはまた珍しい。普通、人間の本質は光のはずだが・・・・・・ふむ、それが吾を見る事が出来た理由か。神々の加護から外れているために、理の外の存在を見る事が出来る・・・・・・ははっ、面白いじゃないか」
女は1人でに納得したようにそう呟くと、笑い声を上げた。そして、ニヤニヤとした顔を浮かべながら、影人にこう聞いて来た。
「少年、君の名前は?」
「お、俺の名前・・・・・・? え、影人・・・・・・帰城影人・・・・・・」
女に名前を尋ねられた影人は、素直に女に自身の名前を答えた。学校では、知らない人に名前を教えないようにと教えられていたが、女に嘘をついたり、答えたりしないのは、なぜだかしてはいけないように影人には感じられた。




