第1300話 封じていた過去(2)
「それで話って言うのは・・・・・・さっきの奴、零無絡みの事でいいんだよな?」
「はい。彼女に関する話で間違いはないですが・・・・その零無というのは、彼女の事を言っているのですか?」
シトュウは少し不思議そうな顔で影人にそう質問した。シトュウにとって、あの女はあくまで先代の『空』であり、それ以外に名前はなかった。シトュウは途中から『空』になったため、『空』になる前の名前があったが、彼女は最初から『空』だった。ゆえに、シトュウのように『空』になる前の名前はないのだ。だから、シトュウはあの女の事を基本的には二人称で呼ぶのだった。
その事実はつまり、零無が初代の『空』であり、シトュウが2代目の『空』であるという事実を示していた。
「ああ、俺があいつにつけた名前だ。あいつには名前がなかったから、あくまで呼びやすいようにだが。それがどうかしたのか?」
「いえ・・・・・・少し驚いただけです。彼女が人間に名をつけられる事を良しとした事に。やはり、彼女にとって・・・・・・零無にとってあなたは特別なのですね」
影人がつけた零無という名前を自身も使いながら、シトュウはそんな言葉を漏らした。名前をつけられ受け入れるという事は、その存在が縛られるという事。存在し始めた時から全ての存在の頂点に立ち、また当然のように全ての存在を見下す零無が、名付けを受ける事を受け入れた。その事実は、いかに零無が影人に心を許しているのかを物語っていた。
「・・・・・・俺にとっては本当に、反吐が出るほど最悪だがな。あいつと出会った事が間違いなく俺の人生の中で最低最悪の不幸だった」
影人は苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、こう言葉を続けた。
「『空』の神様、あいつは間違いなくまた俺の前に現れるぜ。こんなところで確信は抱きたくないが、絶対に間違いなくだ」
「シトュウで構いませんよ。今の私は正確に『空』と名乗れるような状態ではありませんから。そうですね、あなたの言う通りです。彼女は必ずあなたの前に現れる。しかも、そう遠くない内に。あなたと話したい事はその事です」
シトュウはコクリと頷くと、話の本題を影人に告げた。
「情けない事ですが、私は彼女に半分力を奪われてしまいました。彼女があなたを蘇らせる事が出来たのはそのためです。私は彼女から力を取り戻さなければなりません。そのためには、あなたの協力が必要です。帰城影人」
「・・・・・・分かった。今の俺は何の力もないただの一般人だが、俺に出来る事ならあんたに協力する」
影人はシトュウの頼みを承諾すると、続けてこう言葉を続けた。
「改めてよろしく、シトュウさん。後、前回会った時は色々悪かった。いきなり押し掛けて脅した事の非礼を詫びる。本当にすみませんでした」
謝罪の言葉を述べながら、影人はシトュウに軽く頭を下げた。影人に突然謝られたシトュウは、また少し驚いたような顔になった。
「・・・・・・意外です。まさか、謝罪を受けるとは。どういう心境の変化ですか?」
「いや、心境の変化とかじゃない。ずっと申し訳ないとは思ってた。だけど、あの時は簡素な言葉でしか言えなかったからな。だから、改めてだ。これから協力関係になるあんたとの関係は、出来るだけ友好なものにしたい」
「・・・・・・そうですか。ならば、あなたの謝罪を受け入れましょう。私はあなたを許します」
謝罪の理由を聞いたシトュウは、影人に許しの言葉を与えた。正直、シトュウは影人に脅された事はあまり気にしてはいなかった。確かに、真界の神が人間に脅されるという事は前代未聞だった。だが、シトュウはあの時の影人に悪意は感じなかった。
だから、シトュウはあの時の事をあまり気にしていなかったし、謝罪を受ける程でもないと思ったのだが、これは体面の問題だ。シトュウが許しの言葉を影人に与える事で、両者の関係はリセットされる。そうする事で、互いに引け目を覚えずに関係を築く事が出来る。ゆえに、シトュウはわざわざそう言ったのだ。
「そうか、ありがとう。じゃあ、次は俺の質問を――」
影人がシトュウにそう言おうとした時、
「――影人!」
突然、影人は自分の名を呼ぶ声を聞いた。




