第1277話 平和な世界、予兆(4)
「さあ? 私も詳しくは知らないの。他の闇人も、ここにいるキベリア以外はどうしているか知らないし。元々、私たちは互いにあまり関係しないという感じだったから。でも、闇人たちはあの戦いの後、力を出せないように再びレイゼロールに力を封印されたわ。それが、神界の神々との約束の1つだって、レイゼロールは言ってたかしら」
明夜の質問に、シェルディアは素直にそう答えた。本当に、シェルディアはレイゼロールや他の闇人たちの動向を知らなかった。
「あの、私は無理やりシェルディア様の家事係として拘束されてるだけなんですが・・・・・・・・」
「何か言ったかしら?」
「い、いえ何でもないです・・・・」
ボソリとそう言ったキベリアに、笑みを浮かべるシェルディア。その笑顔には無言の圧があった。これ以上言えば殴られる。力を封印されている、ただの死なないだけのモヤシのキベリアが、何も出来るはずはない。キベリアは慌てて、深緑色の髪を揺らしながら首を横に振った。
「そう? ならいいわ。シエラ、お勘定をお願い」
「ん、分かった」
キベリアの反応を見て満足げに頷いたシェルディアは、シエラにそう言った。飲み物の用意をしていたシエラは、シェルディアに金額を告げ、シェルディアは自身の影から財布を出し、お金を支払った。
「行くわよ、キベリア。じゃあ、さようなら陽華、明夜、それに元守護者のあなた。特に、元守護者のあなたは、まだ私たちと色々確執があるかもしれないけど、これから仲良くなれたら嬉しいわ」
「っ・・・・・・・・そうですね。僕も、出来るだけ善処したいと思っています。あなた達との関係を」
シェルディアにそんな事を言われた光司は、まだどこか硬い表情でそう言葉を返す。陽華と明夜は少し特別で、敵であったはずのシェルディアとキベリアに普通に接しているが、光司はまだそこまで割り切れていない(まあ恐らく、光司以外の他の元光導姫や元守護者も光司とほとんどと同じだとは思うが)。ゆえに、光司はシェルディアの言葉にそう答えたのだ。
「ええ、今はその言葉だけで充分よ。ありがとうね。ああ、後そうだわ。ねえ、あなた達、あなた達が知っているはずはないと思うのだけれど・・・・」
外に出るドアに手を掛けたシェルディアは、最後に3人に向かってこんな事を聞いて来た。
「私、何か大切な事を、とても大切な事を忘れている気がするの。あなた達、それが何かは知らないわよね?」
「「「?」」」
シェルディアのその質問を聞いた3人は不思議そうな顔を浮かべた。その顔を見たシェルディアは、
「ああ、ごめんなさい。変な事を聞いたわ。じゃ、さようなら」
そう言って、キベリアと共に「しえら」を後にした。
同日、午後10時過ぎ。場所は日本の京都。そのとある神社の境内。その境内にある大きな岩。突然、何の前触れもなく、その岩にピシリと無数の亀裂が入り、岩が砕けた。
「・・・・・・・・・・・・」
岩が砕けると、その中から出てくるように、少しぼんやりとした女が、月明かりにその姿を照らされた。実体はない。女はまるで幽霊のようだった。
まず、特徴的なのはその長い髪だろう。髪の色は無色、もしくは透明といった感じで、月の明かりを受けて少し輝いていた。その光景はどこか神秘的だ。
次に特徴的なのはその顔だろうか。ほとんど完璧と言っていいほどに、女の顔は整っていた。絶世の美女。そんな言葉ですら、女の前では生ぬるいように感じられる。
服装は白一色の着物。着物から覗く肌は雪のように白く、シミ1つなく美しい。足元は裸足であった。
「ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
女が閉じていた目を開く。その瞳の色は、女の髪と同じ透明だった。目を開けた女は、軽く周囲を見渡した。
「ここは・・・・・・・・いや、そもそも何だ? この長い眠りから覚めたような感覚は・・・・・・・・? ん? 岩が割れている?」
状況を確かめるように、女は周囲を見渡し、自分の周囲に砕けている岩を見つけた。
「この岩・・・・・・・・破魔の力と封じる力の残滓を感じるな。おいおい、という事は封印されていた、とでも言うのか? この吾が? ははははっ、悪い冗談にしか聞こえないな」
その事実に気がついた女は笑った。そして、すぐにその顔を真剣な、いや無表情に近い顔に変えた。
「だが、だとすればおかしいな。吾が封印される前の記憶がない。吾は誰に封印された? 忘れるはずがないだろう、この吾が。ああ、おかしい。おかしいな。おかしいおかしいおかしいおかしい」
女はぶつぶつと無表情で、そう呟き続ける。自分ほどの存在を封印した人物、その人物を忘れる事などあり得ない。それと女にはもう1つ疑問があった。なぜ、自分の封印は解けたのかという事だ。
「ん? ああ、もしかして記憶の操作を受けているのか? いや、吾の記憶を操作出来る者などいるはずがない。だとすれば・・・・・・・・世界改変の力か?」
女は1つの答えに辿り着いた。そして、自分が辿り着いた答えに納得したように頷いた。
「それしか有り得ないな。世界改変の力を使えるのは、真界の神々だけだ。だが、吾すらもその影響を受けるとなると・・・・・・・・使用者は現在の『空』だけか。ふむ、ならば・・・・・・・・」
女は自分の右の人差し指に、ボゥとした無色の光を灯らせた。力のほとんどを奪われた女が、かろうじて使える力の残滓のようなもの。それはその光だった。
「『無』の力よ、我に掛かった改変の力を無くせ」
女はそう言って、右の人差し指を自分のこめかみに当てた。
その瞬間、
「っ・・・・・・・・・・・・・・・・!」
女の中にある1人の人間の記憶が蘇る。その記憶を思い出した女は哄笑を上げた。
「ははっ・・・・・・・あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ! よりによって! 吾がお前を一瞬でも忘れていたなんてなぁ! おいおいふざけてるぜ! ちゃんちゃらおかしい!」
女の中に喜びと怒りとその他の様々な感情が混ざったような気持ちが生じる。自分をこんな気持ちにさせる人間は1人しかいない。その人間の名は――
「なあ・・・・・影人!」
――既にこの世には存在しない、世界から忘れ去られた影たる少年。女はその少年の名を叫んだ。
――かつて帰城影人に封じられた女は蘇った。それがもたらすものは吉兆か凶兆か。
かくして、
物語は再び動き始める。




