第94話、嫌な予感がして少しばかり離れたけれど、それも結局転ばぬ先の杖で
SIDE:ラル
「ルキアおねえちゃんかわいいっ」
「【氷】属性に愛されているからなのかな。ほんとに違和感がないというか、古の氷狼族みたいだね」
「くっ、本物であるイゼリ嬢にそのように称されるのは誉なのだろうが。こんなにも恥ずかしいとはっ。
リーヴァ嬢やローサ嬢がこちらを選択しなかった理由が身に沁みるッッ」
「ふふ、何だか珍しい感じのルキアねぇ。何かに目覚めてしまいそう~」
「目覚めるなッ」
「ん? あぁ、大丈夫だよ。ここにはいないみんなのぶんも買っていくから」
「後生っ!? ……くぅっ、やはり慣れる時間があるだけましかッ」
もしかしなくても、ツッコミ役は私ひとりしかいないのかと。
ひょっとしなくても、面倒を自分ひとりに押し付けられているのではないかと言う現実から目を逸らしつつも。
転ばぬ先の杖に寄りかかり、精神をなんとか安定させんとするルキアがそこにいたが。
今はここにいないリーヴァやローサの行く末を思い、何だかんだで人の良いルキアは複雑そうで。
「翠耳のうさぎ人族かぁ。さすがに聞いたことはないけど、ウルルちゃんに何だかとても似合うね」
「そう言うイゼリさんこそぉ。耳も尻尾もおぐしと同じ色なのですねぇ。かわいいですぅ」
水の巫女姫の影武者をこなす必要がなくなり、それでもアイの身の回りのお世話をするために正式にメイドとなったウルルではあるが。
気の抜けた雰囲気と相まって、綺麗な翡翠色をしたつけ耳と尻尾は、安定しかけたルキアの精神に致命的なダメージを与えうるに十分で。
役になりきるといった意味合い以外で、人と獣の中間とも呼べぬ耳と尻尾だけをくっつける意味を見い出せないでいたルキアは。
イゼリの、周り景色に溶け込めそうな保護色により統一されたひまわり色の耳しっぽに感心するふりをして、ウルルのことを見ないようにしていたのがまずかったらしい。
「ぎゅう。……やっぱり何だかもふもふ度が増してるぅ」
「うわぁっ!? なんだいいきなりっ、そ、それはこっちの台詞だウルルっ!」
耳としっぽをつけただけで全くもって雰囲気が変わるのか。
当然それはウルルだけにあらず。
魂が男の子なローサからすれば(厳密に言えば現在は違うのだが)。
『そうやって照れるから余計に抱きしめらることになるんだぞ』などと、ブーメランな台詞が返ってくることだろう。
ルキアとしても、そんな実は淋しがり屋なウルルのスキンシップが嫌なわけは全然ないので。
照れつつも成すがまま受け入れていると。
イゼリに生暖かく、だけど興味津々そうな顔を向けられる。
「ルキアさんとウルルさんって仲いいけど、そのあの、深い仲だったりするの?」
「うん。そうだよぉ。わたしとるっきはらぶらぶ良い仲なのです」
「るっき言うな! と言うか、物心つくころからの幼馴染で、言うなればきょうだいのようなものだから! 男装は趣味と仕事柄必要だっただけだからっ。そこのところは、勘違いしないでもらいたいねっ!」
そんな風に肩をいからせて主張するも、くっついて離れようとしないウルルにされるがままなのは、なんであれ仲の良い証左であるのだろう。
「きょうだい、かぁ。ボクひとりっこだからなぁ。……サーロもラルさまに対してそう思ってるのかな」
「サーロさん、ですか?」
「うん。今はなんていうか、随分とかわっちゃってるけど、ローサちゃんはもともとサーロだったんだよ」
サーロとラルも、もしかしなくてもそんなきょうだい、家族以上の間柄なのか。
二人の間には、割っては入れない強い絆があるような気がして。
冒険者稼業において、少しばかりパーティを組んで共に冒険したくらいでは到底太刀打ちできないと。
ラルのために一向に戻ってくる気配を見せないサーロに対し、もやもやした気持ちがここ最近イゼリを襲っていたのだ。
故に、ルキアとウルルには成り行き上黙っていたローサの秘密をあっさりバラしてしまったわけだが。
「ほほう。ローサさんって性別変えられるんですねぇ。確かに、そのような種族の話、聞いたことがありますよ。でも、だからローサさんって何するにしてもお一人で行動することが多かったんですね。……女の子ばかりですものねぇ。ラルさまのパーティは」
何だかんだで紳士なローサは、色々と気を使っていて。
かつ、普段からあの風妖精のごとき見た目で、男だと主張していたせいか、ウルルとしてはそれほど驚きはなかったようだが。
「いや、待ちたまえ。ローサ嬢が実はその中身が男だって言いたいのかい? 確かに本人もそう主張していたが。触れ合って感じた体温、あるいは魂は、確かに女性のものだったよ。二重人格にようなものじゃないのかい?」
「あー、うん。でも確かに言われてみれば変わった瞬間は誰も見てないんだよね」
本当に男性であるのならば。
あんな風にみだりにくっついたりはしないよ、とばかりにルキアが否定的な意見を述べる。
普段から男役として男装しているだけあって、ルキアは先ほどイゼリにああは言ったものの、どちらかと言えば女性の方が好きで。
裏を返せば男性はちょっと苦手で。
もしそこに男性がいたのならば、分かるはずなのだ。
確かに男だと言う主張通り、紳士らしくローサの方から近づいて来ることは一度もなかったが。
ルキアの方からスキンシップ、触れ合っても、この際ぶっちゃけてしまえば、忌避感のようなものをローサからは全く感じられなかった。
とはいえ、ローサがかつてサーロであったことは、イゼリだけでなくアイやリーヴァ、ラルも目撃、認識している。
そう考えると、魂ごと入れ変わっていると考えるのが妥当か。
でなければ、触れ合っても嫌だと思わない……それすなわちまだ見ぬローサなる男性が、
ずっと探し求めていた理想、運命の人であるかもしれないってことに……。
「わあぁぁーっ!?」
「うわ、びっくりした」
「あらら。るっきってばまた色々と考えすぎちゃってるみたいねぇ」
発せられた言葉通り、思考がオーバーヒートして、どこかへ駆け出してしまいたくなった、
ちょうどそのタイミングで色々と試着していたらしいラルとアイが、フィッティングルームのカーテンを開けて出てくるのが見えて。
「ああぁぁっ、まぶ、眩しいッ!! まぶしすぎるっ。……ぐふっ」
「あ、るっきってばショートしちゃった」
「なんだか会った時のイメージとちがう、ルキアちゃん……って、アイちゃん、ラルさま、めっちゃかわいいねっ!!」
色々重なりに重なった結果、いつぞやのリーヴァのように断末めいた声をもらし、崩れ折れんとするルキア。
「わわ、だいじょうぶですかっ。ルキアさん。今、回復しますね」
「うぅっ、て、天使。天使が見えるぅ……」
咄嗟に抱えて癒しの魔法を唱え始めたのは。
幸せの青い鳥と見まごう天使、青いとさかとふわもこの羽毛をしょったアイであった。
「ちょ、この短い間に何が?」
「あ、ラルさまおかおみえちゃってるよ! お兄ちゃんがだめだって言ってたのに」
「あ、そっか。このきつね耳とでかしっぽつけたら邪魔だからって仮面外してたんだっけ」
「伝説の聖獣、ナインテイル・フォックス。ほんものじゃないですよねぇ。ふわもこ、さわってもいいですかぁ?」
「うん。もちろんいいよ。お、私もこの見た目と効果がよさげだなぁって思ってたんだ。みんなとかぶってないし」
続き、ルキアの突然の撃沈っぷりに動揺しつつも、姿を見せたのは当然のごとくラルで。
大きな三角耳と、ふわもこに包まれた……ルキアのように寝こけられそうな9本のゴン太しっぽを生やす様は。
正しく神様が降臨したかのごとくで。
装備……身に付けるのを手伝ってくれた店員さんをはじめ、そこに居合わせた客、獣人たちの中には拝んだり膝まずいたりしている者まで現れる始末で。
「ラルさま、いったんここを離れましょ。お兄ちゃんお姉ちゃんたちのぶんも渡しにいかないと」
「はーい」
「あー、結局そうなるのかぁ。サーロ、ご愁傷さまだね」
いい買い物ができたと。
今はいないみんなにも、是非に装備装着してもらおうと。
ラルさまたちお買い物グループは、おおむねつつがなく(その他旅に必要なものは勝手知ったるイゼリが用意してくれました)目的を達成し、
一旦ローサたちと合流することにしたのだった……。
―――本日の、ラルさま的お買い物成果。
その1、ラル。
ナインフォックス・テイル・フェイクファーの耳としっぽ。
耳には聴力アップの効果、しっぽは鬼火が出せる。
その2、アイ。
ブルーバードの髪飾りと羽。
髪飾りには視力アップ、羽には素早さ微上昇効果あり。
その3、イゼリ。
魔除けの鈴付きチョーカー。
【闇】魔法耐性アップ。
その4、ルキア。
ルフローズ・ウルフの耳としっぽ。
耳には魔法詠唱速度アップ、しっぽには攻撃力微上昇がついている。
その5、ウルル。
ガイゼル・ラビットの耳としっぽ。
耳は跳躍力アップ、しっぽは幸運値微上昇が見込める。
その6、リーヴァ。
リヴァ・ドラゴンの角としっぽ。
角は守備力微上昇、しっぽは【時】魔法耐性アップ。
その7、ノアレ。
ヴルック・エレファンの耳としっぽ。
耳は魔力微上昇、しっぽは守備力微上昇。
その8、レミラ。
フライング・ムスターの耳と翼。
耳は気配察知能力アップ、翼は毒耐性アップ。
その9、セラノ。
ウルガミラ・ドラゴンの鶏冠、しっぽ。
とさかは魔力微上昇、しっぽは【水】魔法耐性アップ。
その10、ローサ。
グレイト・ミャンピョウの耳としっぽ。
耳は魅力アップ、しっぽは【風】魔法効果アップ。
―――以上。
(第95話につづく)




