第91話、仮面をしていても、気づけば気が緩んで素の自分が顕に
SIDE:ローサ
稀代の救世主さまであるラルさまが、水が苦手な理由。
相反する【水】属性に特段忌避感があるわけでもないことから、それは単純に水そのものが苦手であると判断できます。
前世界と同期していて、ラルさまの過去を知っているからこそ、わたくしはその答えを持っていますが、
やはり一番大きな要因は、ラルさまが泳げないから、と言う事に尽きるのでしょう。
たとえ泳げなくとも【風】魔法などを使ってもらえば水中ダンジョンなどへ探索へ行くのに支障はないとはラルさまの弁で。
それに加えて、リーヴァさんが移動のために設置してくれた『虹泉』などは、その言葉通り水の中に入って移動するわけですが。
濡れなかったり息ができたりするのに、確かに水がそこにあるといった気持ち悪さが、実はラルさまに苦手意識を植え付けていて。
わたくしとしては、もし濡れたりしたら着替えるのが面倒だから、と言うのも捨てきれないでいました。
いや、面倒というよりも、人前とか以前に着替える行為自体本当は避けたいところなのでしょう。
生まれたままとなって、姿見の前にでも立とうものならば、自分自身が抗いようもなく少女であることを突きつけられてしまうのですから。
ラルさまがそんなことを考えているだなんて、それこそわたくしに知って欲しくはないでしょう。
故に、知らないフリをしていますが。
彼女のことをもっともっと知るためには必要なことで。
特に問題なく、学園都市ヴァレンティアを出航して。
まずは航路……立ち寄り港の一つでもあるイゼリちゃんの故郷、『フーデ』へ向かうこととなって。
……そう言えば、初めはローサじゃなくて、イゼリちゃんに化けていたなんてこと、蒸し返さないようにとラルさまの事について考えることにします。
ここではない、原初とも言える世界で、ラルさんは正しくも救世するもの、言うなれば世界を支える人柱となる運命を負っていた。
世界は生と死、二つに分けられていて。
それらの境、道であり楔となるその場所の核となることを。
それは永遠ではなく、交代制であるとか。
その身を世界に縛られている間、あるいは今ここで恨めしそうに、不安そうに海を遠目に眺めている、小さな小さなラルさまがいるように。
暇と停滞に殺されぬよう、代わりにまだ見ぬ外界へ冒険へ向かう『おぷしょん』なる存在があることを知ってはいますが。
幼少のみぎりから、じっとなどしていられなかったラルさまは、その生贄にも等しい任、お役目が。
魔力に優れた女性のみが選ばれると言う事を知り、だったら少女でなければいいと。
思い込みからの逃避が、ラルさまの今も時々口にする『オレは男だ』と言うフレーズの始まりです。
だけど、彼女は仮初めの自由を手にした中で、大好きな運命の人と出会ってしまった。
思い込み、言い張っているままではけっして結ばれることはないであろうその人と。
それからが、ラルさまにとっての正に運命の分岐点。
彼女が、ありのままの自分を受け入れて世界の礎となることを選び、大切な人を想い続けていたのならば。
お話はそのままめでたしめでたしで終わっていたことでしょう。
しかし、此度の彼女は自分自身を受け入れる前に、そんな大切な人が……
『それならば、僕がそのかわりになろう』とばかりに。
彼の一族、その特性を生かして世界の礎にと成り代わらんとするから混乱してしまって。
それでも、身代わりとなる前に、その運命に従ったまではよかったのだけど。
全ての誤算は、一度礎となってしまえば動けないはずの彼女を救済する、先程も挙げた『おぷしょん』なる措置があって。
尚且つその救済措置を、後々になって知るところとなって。
そして、誤解が誤解を生み(個人的には誤解じゃなかったんじゃなかろうかと思いたいが)、彼女は、ラルさまはこうして今、ここにいて。
「あれ、ローサ。どうかしたのかい?」
「いえ、ラルさまのご様子を伺っているだけです。だってここは大海原の真っ只中。
ラルさまのことですから、目を離した隙に風や波に攫われてしまいそうなんですもの」
「えー。それは、こっちのセリフじゃないかな。ふらふらと飛んでっちゃうのはローサの方じゃんか」
初めは、役になりきって硬かったけれど。
そこに俺しかいないことが分かったのか、すぐに砕けた口調になるラルさま。
何だか、俺だけの(今はローサだけど)特権みたいで、むず痒く嬉しくなったりして。
「ラルさまは……いえ。いざと言う時に空を征くすべも考えておいて、準備しておいてください。ええと、空飛ぶ騎獣も召喚できましたよね?」
「え? あ、うん。ホーグルのことかい? お、私ひとりなら乗せてもらえるとは思うけど、みんなはどうかな」
「いえ、それでいいのです。私を含めた他のみなさんはいざという時の術は持っていらっしゃるでしょうから」
「ええと、あ、そうなんだ。……あのその、なんだ。ローサ、何だかちょっとよそよそしくない?」
お互い、分体のようなものとはいえ、気のおけない長い付き合いなのだから。
見た目が少々変わったくらいでふたりの時(けっして二人きりと言うわけでもないのだけど)でさえ、そんなつれない態度を取るのか、うるうる。
……つまるところ、ラルさまはそう言いたいのでしょう。
「ぐふぅっ」
「……っ!? ろ、ローサ? なに、どしたの?」
……はっ。尊すぎて思わずダメージをっ。
もはやすっかり吹っ切れて忘れ去って本来の私めなどどうでもよろしいのかと思いきや、そうでもないようです。
まぁ、あれですね。
正しくも男友達のような関係であったものを崩したくなかったのでしょう。
そうであるのならば、分かりましたと。
私は大丈夫ですよとラルさまを制し、改めましてローサとして、気の置けない悪友の如きふたりとして応じることにしました。
「まぁ、あれですよ。久しぶりに素のラルちゃんを目の当たりにして、びっくりしただけです」
「え? えと、何かへん?」
「変とかではないですが。かわいさが物理攻撃力をもって襲いかかってくるので、自重していただきたいとは思いますね。比較的慣れている私ですから瀕死で済みましたが、リーヴァさんあたりは致命傷になりかねないので。やはり、今までのように仮面もそうですが、侍従のように振舞うのをおすすめいたします」
「えぇ、なにそれ。嘘だぁ」
「嘘なものですか。先程の海上での件にしたってこの際はっきり言わせてもらいますけど、カナヅチで泳げなくて水に顔を付けるのですら本当は怖いのはラルさま、あなただけなんですから、気をつけてくださいよね。……全くもう。やること成すことかわいいんですから」
「あっ、またっ! かわっ……って、もう。なんなのさぁ!」
気安い態度で捲し立てれば、その小さい腕をブンブンする勢いで詰め寄ってくるから。
癒されノックダウンです、何をやってもかわいいに過ぎて、いずれ身がもたなくなることとは必定ですが。
まぁ、騙し騙しやっていくしかありませんね。
……てなもんで、ラルさまと愉快な仲間たちの冒険、第二章始まりです。
SIDEOUT
※ ※ ※
SIDE:ラル
紆余曲折あって。
転がるようにして【カントール】の世界へとやってきたラル。
自身が、故郷における自分の分身体、『おぷしょん』なる、いわば子供のようなものであると気付かされたのは随分後のことで。
しばらくは、そんなこと知らなかったから隠れたり逃げ回ったり、せめてもと仮面を被ったりと、さんざんであったが。
思えば仮面とマントは、冒険へ……夜を駆ける時の正装のようなものであったから。
これはこれでいいかと、咄嗟にアイと対面した時に驚かせてしまってはいけないと(今までも実はけっこうあったのだ)演じたものは、姫に付き従いし侍従で。
きっとこの世界での『ラル』はこういうものなのだと、納得して行動しているのは公然の秘密としてラル本人ばかりなのは、玉に瑕であるのだが。
そんな、自己評価が低いと言うか、勘違いも甚だしい彼女の周りには、たくさんの姫……少女たちが集まっていた。
救世主さま、などと呼ばれているラルではあるが。
本人にその自覚はほぼないといってもいいだろう。
ラルは、自分がしたいこと、やりたいことをやっているだけ。
だけど、今の今まではこんなにもたくさんの女の子たちだけで行動、冒険する機会はほとんどなかったので戸惑っている部分があったのは確かであった。
戸惑いながらも、気づけばラルは国ひとつ、救いあげていて。
その露払いというか、次なる冒険は闇の一族なる人々が暮らす国へと向かうらしい。
魔法学園の長、その一族であるエクゼリオとに違いはなんなのか。
【火】に負けないくらい、【闇】の属性が好きなラルにとってみれば。
冒険の種として、これ以上ないくらいそそられるものだったが。
ローサ曰く、ラルが(いつ間にやら)こてんぱんにしてしまったので。
『ブラシュ』を乗っ取り牛耳らんとしていたような気概を持つものはもういないだろうが念のため、とのことらしい。
更によくよく話を聞けば、この世界を聞けば、この世界は何らかの危機に瀕しているらしく。
そのために、各々の属性に愛されし乙女たちが集められており、その残りのメンバー……後三人くらいはいるらしい……を探し求め、そもそもな、世界の危機、その原因を探るために冒険に出る、とのことで。
そんなことを口にすれば、この世界で暮らす人々たちにしてみれば、不謹慎に思われるかもしれないが。
わくわく、どきどき楽しみであるのは確かで。
そんな中、あれよあれよという間にラルは一路、闇の一族が暮らすという国へ向かうためにと船上にいた。
魔法学園ヴァレンティアの理事長先生に貸してもらった船は、大海原へと飛び出して以降航行も安定し、
同じく乗船の運びとなった九人の少女たちは、各々が部屋に篭ったり、甲板に出たりと思い思い過ごしている。
そんな中ラルは、陽の当たる甲板へと出てきていた。
ローサには、カナヅチで水が苦手で顔つけられないのは、ヴァンパイアハーフなレミラ以上だと言われつつも海自体は嫌いではなかったからだ。
船に乗っての冒険だって、過去を照らし合わせれば少なくないのだ。
海賊船や幽霊船などにかちあって、一戦交えたことだってある。
中継地点となるイゼリの故郷までは二、三日とのことだが。
海にはそう言った楽しいこと……危険が一杯で。
加えて魔物なども出てきたりするので、監視、観察のために出てきた、と言うのが一応建前で。
実際のところは、新しく仲間に加わったメンバーである、【氷】代表とも言えるルキアが気になって付いてきた、と言うのが正解である。
もっと正確に言えば、気の置けない親友(だと思っている)のローサが、そんなラル以上の近い距離感でルキアと仲良くしていることが、羨ましい部分もあったのかもしれない。
かつて大切だった人の面影があって、
あまり近寄れなかったラルに気づき、あるいはいつものように『変わって』ローサとしてそばにいてくれるようになった、やさしい彼女。
ここに来て、何かに吹っ切れたかのように気安い、昔のような態度を取ってくれるようになったのに。
警戒心の強い猫みたいに触れてスキンシップでもしようものなら、ぴゃーっと逃げていってしまう。
今までと、立場が逆になってしまったみたいでおかしかったけれど。
そんな警戒心は、ルキアにはないらしく。
ここ最近はいつだって連れ立って行動しているし。
元々ルキアの相棒であるらしいウルルですらも最近ルキアがつれなくなったと耳にしたのをいいことに。
ちょっとどうかと思うんですけど、なんて。
羨ましいから私も混ぜてくださいと言うつもりだったのだが。
冷静に考えてみたら、それも恥ずかしくてラルは遠目で見守るだけで行動に移せないでいた。
「だぁっ! もう、暑苦しいっ。なんでわざわざくっつくんですのっ! もしかして、そっちのケがあるんじゃないでしょうねっ」
「そっちもこっちも何も、男同士ならこれくらい普通だろう?」
「んなわけあるかぁーっ! ですわっ。はなれーろーっ!!」
「おぉ、いいね。男らしく押し合いへし合いでもするかい?」
「この子、やだぁーっ!!」
どうも、くっつくことによるローサの反応がブレブレで面白いからこその、ルキアのからかいのようだが。
文句を言いつつも、必要以上に邪険にしないのは、ローサがやっぱりやさしいのもあるのだろうが。
満更ではない部分もあるからなのだろう。
「……」
思わず嫉妬めいた気持ちが沸いてきてしまうのは。
いざ面と向かえば逃げ出してしまうくせに。
ローサがサーロであることを知っているからこそ、でもあって……。
(第92話につづく)




