第8話、名を表す火よりも、もしかしたら揺蕩う闇に愛されているのかもしれない
Side:ラル
一方、これといって抵抗のないままに連れてこられたラルは。
盗賊の頭……には見えない、実に声のよろしくない痩せた男の私室らしき場所に連れてこられていた。
ラル自身、最初の暴言の割には大人しかったので。
恐らく元はこの盗賊達の頭領だったのだろう、一際大きく、熊のような髭もじゃのおじさん一人に、手を引かれる形になっている。
実のところ。
元々小さいのに、更に小さくなってしまっていることをラルは失念していたのだ。
仮面をしていても、滲み出るその雰囲気で幼い少女であると判断されたのだろう。
とても気の毒そうに、だけど労わるようにエスコートしてくれる髭もじゃおじさんを見やり、この人はそんなに悪い人じゃないのかも、なんてラルは思っていた。
全てを終わらせカタをつけてしまうのは簡単だったが。
故にラルは、様子を見る事にしたのだ。
この世界ではどうなのかはまだ分からなかったが。
比較的ラルの故郷では【闇』や【時】の魔精霊……魔法は珍しく、だからこそ得意魔法でもあったので、どんな魔法を扱うのか興味があったと言うのもあるだろう。
「くく。お楽しみの前にまずはその仮面、外してもらおうか?」
「……ふふっ」
もったいぶった、耳障りな言葉。
その割に隙だらけで、場違いな余裕ぶりに思わず笑みをこぼしてしまう。
「何が可笑しいっ」
「……いや。余りにもおめでたくて。あ、ついでに言っておくとこの仮面は外れませんよ。大切な人にしか外せない、そんな呪いがかかっているのです」
それは口からでまかせと言うか、あまりにも自然に出た言葉だった。
おかげでここに来るまでの事を思い出し、自身の言葉によって気分ダダ落ちのラルである。
その際ついたため息が、カンに触ったのだろう。
瞬間、ラルの方に来たがっていた闇の魔精霊が、痩せた男に集まるのが分かって。
「いいだろう。フジィーデン・ヴォトケンさまの闇の力、とくと味あわせてやる!」
ラルが使った事のない闇属性の魔法。
どんな効力を及ぼすのか興味を惹かれていたラルは、男が名乗りを上げた事など気にも止めていなかったのだが。
フジィーデン・ヴォトケンと言えば、この世界、『カントール』じゅうにある冒険者ギルドから、A級賞金首としてここ最近、注目されるようになった人物である。
『ロエンティ』と呼ばれる王国で宮廷魔術師をしていた彼は、その身に秘められし闇魔法や時魔法を巧みに扱い、数多くの女性達を拐かし操り、手中に収めんとしていた。
特に若い娘ばかりをさらっていた彼は、市井の少女を攫った事が発覚し、ギルドからも目を付けられ、今に至っている。
賞金首のランクとしては上から三番目。
賞金額は100万d。
特に贅沢もせずに暮らせば、丸二年は過ごせる大金である。
サーロの受けた依頼が成功報酬で3万dである事を考えると、破格の一言だろう。
つまりは、それだけ腕の立つものなのだ。
ヴォトケンを捕らえるには、少なくとも希少な闇の魔法に対抗しうる力を持っている必要がある。
魔法抵抗力の低いものは、その魔法の特性によって、簡単に操られてしまうだろう。
ヴォトケンがラルの命を奪うほどに悪意を秘めていたのなら。
また状況は変わっていたのだろうが。
「蠢く闇に怯えるが良い! 【ダァク・スネイク】っ!!」
力込められし言葉により顕現したのは、無数の闇色の蛇。
ラルにとって、初めて見るそれ。
思わず、呑気にも役すら忘れておぉ、なんて声をあげてしまう。
驚きの中に楽しさというか、興味が混じっていたのには、当然訳がある。
ラルが実際魔法を使ってみて気づいた事なのだが。
この世界はラルにいた故郷と繋がっているらしく、数えて十二の属性……魔精霊の力を借りて魔法を発動するのは変わらないようだった。
しかし、目前のヴォトケンと名乗る男は。
近くをたゆたっている闇の魔精霊に呼びかける事もなく、あるいは気づいていないようにも見えた。
自身の中にある魔力だけで魔法を……術を行使しているのだ。
ラルも同じことができなくはないし、その方が威力がある場合もあるが、肉体に負担がかかるのは間違いなくて。
よくもまぁ、なんて思いつつ。
ラルは避けもせずに闇の蛇を迎え入れる。
「フハハっ。これでキサマも俺様のものよっ! さぁ、まずはその顔を拝ませてもらおうか!」
またもやヴォトケンが何やら騒いでいたが、案の定ラルは受けた闇の魔法に夢中になっていて聞いていなかった。
(……ふぅん。『闇』さんたちに実体持たせて束縛してるのか。しかもちゃんと蛇らしく、牙から毒まで作ってる。実に興味深いなぁ)
噛まれ、締め付けられ、されるがままになりながらも。
その魔法を『知る』ためにと、全身をもって解析を続けるラル。
特に興味を持ったのは、その毒だ。
麻痺毒や神経毒、それにラルの知らない類のものも混じっている。
闇の魔精霊……エクゼリオにはこんな事もできるのかと感心して。
一通り理解して満足したラルは。
そんな闇でできた蛇を構成するものたちに正しく感謝を告げるかのように。
ヴォトケンを一向に無視したままで、優しく語りかけるのであった……。
(第9話につづく)