第36話、この、数センチのズレを重ねた偶然という名の運命を逃がしたくないから
SIDE:サーロ
正直なところ、起き上がるタイミングを失ってしまって。
はてさてどうやってこの窮地を脱するべきかと考え込んでいる中で。
そんな俺のことなど当然お構いなしな、超至近距離で二人の美少女のやり取りは続く。
「……いえ、契約を確固たるモノにするためには、キスが一番なのでス。これは、魔導人形とした生まれタこのワタシの魂の刻まれている情報デスよ?」
「そんなばかなっ……っていうか、するってーとあんたもしかしてこいつにキスするつもりだったってことかよっ!」
「そうですネ。ですが、マスターが止めて欲しそうだったノデ自嘲しました。それに、安心してくだサイ、大丈夫ですヨ。仮面越しかつ、女の子同士ですノデ、今回に関してはノーカウントですカラ」
「いや、何だよそれっ。いきなり何を言い出すかと思えば……っていうかオレ男だし、男だしぃっ!」
「くす。そうだったのですか。マスターがそう思いになりたいのでしたら、そういうコトにしておきまショウ。ファーストキス、ですね」
「な、なななぁっ! ふぁ、そんなんじゃねぇし! なんなんだよぅ、もうっ!」
多分ラルちゃんは、自分でももう何を言っているのか分からないくらいにテンパっているのかもしれない。
でも、動揺して狼狽えているからこそ、今の彼女が本来のあるべき姿、素の彼女なのだろう。
是非にでも、もはや違和感しかないその仮面もとっぱらって欲しいところだが。
そんな風に目の前で繰り広げられる二人のじゃれあいを、薄めで確認しつつ実況をしている中。
どうやら、大仰で機械的な『魔法機械』を使っての『健康診断』は終わりを告げたらしく。
それまで息遣いするみたいにうなっていた音すら止んで、後は調べてもらった結果を待つのみになってしまっていて。
ここでまごまごしていて、寝たふりがバレてしまうのはそもそも最悪だけれど。
この状況で空気を読まずに起き上がったりなんかしたら、それこそラルちゃんにまた逃げられてしまうかもしれない。
この世界のどこかにいてくれるのならばまだいいけれど。
穴があって入りたくなって。転げるように入っていってしまって。
別の世界にでも行ってしまったら、大変というか、悔やんでも悔やみきれないのは確かであった。
せっかく俺のいる世界に来てくれたのに。
こことは違う別の世界の俺に、こんな幸運を与えるわけにはいかないよな、なんて思っていて。
……そもそも、俺は。
ラルちゃんがこの世界に来るきっかけとなった、故郷のオリジナルな『俺』自身も許せなかったのだ。
冷え切った優しさを振りかざして、まるごと受け止める気概もなく。
彼女を見捨てたにも等しい結果であると分かっていたから。
多分、俺たちの親にも等しいそいつと出会ったのならば。
どうしてそんな事を、とばかりに殴りかかっていたかもしれない。
でも、その一方で。
そんな選択……結果があったからこそ、ラルちゃんと出会うことができたのだと思うと。
複雑ではあったけど、感謝の念があったのも確かで。
いきなりこういう言い方をするとあれだけど。
ぶっちゃけて白状してしまえば、仮面越しでも隠しきれない……完全なる一目惚れ、である。
このツキを逃すわけにはいかない。逃しちゃいけない。
故に俺は、二人の気が逸れているうちに、この場から一旦退却、離脱を試みようとしたわけだが。
結局それも。
そんな二人の後ろで、俺のことをまさしく起きてるんじゃないかなってアラを探すみたいに。
じぃと見つめてくれていたアイちゃんの存在に気づけなかった時点で。
悪手というか、既に詰んでいたらしく。
選べる選択肢などなかったのだと気づかされたのは、もはや後の祭りで……。
SIDEOUT
(第37話につづく)
次回は、1月25日更新予定です。




