第109話、11番目の救世の乙女とともに、勘違いは加速していく
SIDE:ラル
少しばかり焦ったかのようなラルの声とともに。
七色の炎はそのまま消えることなくまっすぐにエンジンの中枢へと向かっていって……。
「げこっ」
「な、何だ? 新しい魔精霊?」
「かえるさんだぁ、かわいいっ」
「ひいぃっ、なんてものを生み出すのじゃあっ」
ガラスの向こうの生まれたての魔精霊にぶつかるよりも早く。
ぽてりとその直前で墜落。
そのままキラキラしつつ、炎にあるまじき粘度をもってぐねぐねしだしたかと思うと。
そこにはリルたちと同じ橙色をしたカエルの姿持ちし魔精霊……火の魔力の塊とも言える存在がその場に蟠っていて。
「げこっ」
再び鳴いた炎色のカエルは、おもむろにジャンプ。
コアであるガラスへ向かってびたんと飛びついたかと思うと。
火であるのは確かなのか、魔精霊であるからなのか。
ガラスをそのままあっさりと透過して、その中へと入っていく。
その瞬間、エンジンコアから激しい光が発せられて。
ゴゴゴゴ……っと地鳴る勢いで辺りの魔力が高まりうねり大きくなって……。
「魔導船ごと揺れるとはっ!? 緊急事態か、救命胴衣の用意をっ!」
「……はっ。いや、そのっ。大丈夫です! ちょっと魔力を送り込んだだけなのでっ」
「そ、そのような事を言われましてもぅっ!?」
「なんとはなしに何かが起こりそうな気はしてたけど……」
「だったらここへ来るの止めてくださいよ! ラルさまはこう見えてどうしようもないくらいのトラブルメイカーなのですから」
「あ、ローサねぇにもどってる」
「……おや。しかし、今回ばかりハ悪いようにはならないようでスヨ」
名を与えられることなく、ラルの得意な火にて踊って歌える使い魔を生み出す魔法で咄嗟に生み出されたカエルは。
ただただ自らに与えられた命を全うする、とばかりに再び一声鳴いて。
エンジンコアへと溶けゆくように一体化していく。
すると、より一層エンジンコアにオレンジ色の魔力が満ちて。
魔導船にとってみれば。
急に動力源となる魔力を際限なく与えられたようなもので。
満腹を通り越してしまった魔力は、初めに思っていたような船ごとの瓦解を誘発するようなことはなく。
正しくダンジョン、あるいは魔精霊のように進化の一助となって。
魔導船の船員、船長達は確かに目撃していた。
『火』の女神、救世主の導きにより、自分達の魔導船が生ある存在として進化を遂げていったのを。
激しい揺れと浮遊感は、船自身が蠕動しつつ成長している証で。
正しくも神の所業に船員たちが二の句を告げないでいるその一方で。
そんな女神様の御技を行使してみせた当の本人は、仮面で見えないものの、大分パニックに陥っていた。
いきなり戻ってきたサーロに、何だか恥ずかしい所を見られてしまって。
必要以上に魔力を込めつつ十八番である【フレア・ミラージュ】の魔法を発動したまでは良かったものの、
肝心の命を与え忘れてしまったのだ。
しかし、今回はそれが良い方向に転がったようで。
ラルがほとんど無意識のままに閉じ込められし彼女を助けたい、と願った結果。
新たに生まれし【フレア・ミラージュ】による火の使い魔であるファイアフロッグのエルは、
人型になりたての『地』の魔精霊……魔導船のコアといった終の棲み家……いや、仮住まいを見つけんとしていた彼女に、ここよりも良い物件があると引越しを勧めた形で。
もし、そのような勧誘がなかったのならば。
ほとんど海上で過ごすこととなる魔導船……地の魔精霊にとってみればあまりよろしくない、
終の棲み家にするにはいささか性急であったと後悔していたことだろう。
そんな、選択しなかった未来が、どんな足跡を辿るのかは推して知るべしで。
一方のラルの魔力そのものである、純粋なる火の魔力そのものであるエルがコアとなった魔導船は。
火に強く、爆発的な推進力を持ち、時にはトビウオ……カエルのように水面をはねることもあったとかなかったとかで。
そんな、エルの勧めでコアから出てきた生まれたてと言ってもいい、地の魔精霊の幼女はと言うと。
「ぱぱ……」
「うっ、そこはせめてママと呼んで欲しいなぁって」
ラルがこっそり持ち歩いている魔精霊が棲まうと言われるマジックアイテムの類……『器』はもちろんのこと。
ある意味ラル自身が『器』……終の棲み家となる素養があったのは確かで。
エルから見れば母親に等しいからこそ。
刷り込みめいてラルがママと呼ばれるだろうことは予想できてはいたが。
女性ばかりの中で出しゃばってでてきてしまったからなのか。
すぐに戻ってしまったのに、彼女はサーロのことをパパ的存在として認識したらしい。
ぼやきつつもしっかり抱き抱えて面倒を見てもらっているローサがそう呼ばれていたのは。
いたたまれず申し訳ない部分もあって。
エクゼリオ姉妹もセラノも余計なからかいやツッコミはせず、温かく見守っていたが。
ラルとしては仮面の下で何だか嬉しい気持ちを隠すことはできそうもになかった。
さすが我が娘(あまりにも可愛いので、もうとっくにそう思っている)、パパを見る目がある……
なんて全くもって思っていないといえば嘘になるだろう。
たぶん、ごく個人的な理由でラルがサーロを避けようとしていたことに気づいていて。
故にこそサーロはもう出てこないかも……そこにはいないかもしれないだなんて。
相反して気落ちしていたわけだが。
一瞬我を忘れかけ、暴走とまではいかずとも、そんなラルを止めなくてはと戻ってきてくれたのは、いいやら悪いやらで。
癖にならないようにと自戒しつつも。
もっと言えばサーロとローサはそもそもが『彼』とは違うのだから、気楽に出てきたり変わったりして欲しい、なんてラルは思いつつ。
「あ、そうだ。『地』な魔精霊の彼女に名前はあるのかな」
今この場において最重要な話題を振る事にしたのだった……。
SIDEOUT
※ ※ ※
SIDE:ローサ
もしもラルさまが本気でその力を開放するようなことがあったとしたら。
火の女神などと呼ばれているように、この船どころかこの世界自体の危機になっていたことでしょう。
まぁ、そのような事は万が一にでもないわけですが。
多くの世界を回っているラルさまにしてみれば、そんな万が一の世界がたまたまここである可能性がゼロではないのは確かで。
などと言いつつも。
やはり単純にラルさまのこと、目が離せない……見守り続けていたいということで。
わたくしと兄さまは今ここにいるわけですが。
そんなラルさまにとってみれば。
どうやらわたくしたち……特に兄さまはあまたある世界のうちの一つの、脇役の一人というわけでもないようで。
久方ぶりに兄さまが顔を見せた時、仮面越しでも分かってしまうくらい嬉しそうにしていたラルさまが印象的でした。
一方の私は、お二人の故郷における本体……本当の兄さまとウマが合わなかった? のか。
共にしていたはずの終の棲家を、早々に抜け出してしまっていたようでして。
ごく最近の、兄さまとラルさまのいざこざ、仲違いについてはよく分かっていないのが実情でした。
先程は脇役などと口にしましたが、少なくとも幼馴染みであるのは確かで。
そこにある感情が、友達以上のものであるのはお互いを見ていてもよく分かるのですが。
ラルさま自身がこの世界へ逃げるようにやってきた(らしい)ことも、どうやら兄さまが原因であるようなのです。
こんな私でも何とはなしに理由を想像できはするものの。
まさかラルさま本人にその事情を聞くわけにもいかず。
かと言って兄さまに聞こうにも、のっぴきならない事情がないと内なる世界でのお話し合いの場を設けることもできないようでした。
しかし、逆に喫緊の事情があればその辺りのことも含めて洗いざらいお話してもらえるのだとわかったので。
お楽しみになるのかはともかく、その時を心待ちにしていましょう、なんて思っていたわけですが。
僅かばかり漏れ出た兄さまの気配を気に入ったらしく。
あるいはもう一人くらいは余裕で棲めそうな兄さまのふところの深さに。
魔精霊としての本能がそうさせるのか、人型になりたての幼き『地』の少女は。
私の胸元から離れようとはしませんでした。
「ぱぱ……まま」
兄さまだけでなく、わたくしも認識してもらっているようなのが攻めてもの救いでしょうか。
今はお腹いっぱい(などと言うと、お乳が連想されますが、彼女は純粋なる魔精霊ですので、ごはんは主に魔力になるようです)で、私の腕の中でうつらうつらしていますが。
栄養たっぷりな魔力が周りにたくさんあることですし、こうして抱いてあやしていられる時間もそう長くはないのかもしれません。
その事を考えますと。
今後家族を得ること叶いそうにない私にとってみれば。
この時間とぬくもりも。かけがえのないものに思えて……。
(第110話につづく)




