第106話、闇の一族の故郷、『ボクージュ』の王と召喚魔法
SIDE:ローサ
あまり騒ぎ立てぬようにと最低限の人数でお邪魔したわけですが。
それでも目立ってしまったわたくしたちに気づいたらしく、つるつる頭のままの、炎色の道着らしきものを纏った集まりのうちのひとり、『闇の一族』のリーダーであったハーゲンさんが、少々慌てた様子でこちらへとやってきます。
「おや? いずこからか我らが女神様の名を呼ぶ声が聞こえてきたかと思ったら、女神様の使徒の方々ではありませんか」
「あなたは、ちょうどよかった。ハーゲンさんですよね」
「おお、こんな端にもかからぬどころか大罪人の私めを覚えていてくださったとは。改めまして、『闇の一族』、『エヴィ』の団長をしておりました、ハーゲンと申します」
此度の『フーデ』の子供たちの誘拐事件、その指揮をとっていた人物。
ラルさまに鎧袖一触でやられてしまったので、失念していましたが。
何やら団をまとめる長というだけあって、冒険者で言えば少なく見積もってもBクラスほどの実力はあるのでしょう。
まだ若そう……兄さまとそう変わらない年齢で団長を担っていた事を考えると。
優秀なのは確かと言いますか、相手が悪すぎたと言いますか。
改めて拝見いたしますと、道着からはみ出るように、手や足にマジックアイテムらしき輪っかを装備しています。
他の団員の方々もお揃いであることから、どうやら逃走防止などの仕掛けが施されているのでしょう。
正しくもその心うちにあったはずの牙めいたものが、ラルさまの救世行為によってすっかり折れてしまったらしく。
格好もあいまって、ストイックな修行僧と言いますか、将来有望な闘士にも見えて。
「して、此度はこのような場所に如何用で? ……はっ、私たちが直接裁きを受ける時が来たのでしょうか」
「いえ、それこそラルさまがこの国の法にのっとってこの街で罪を償うようにとおっしゃられたのです。その点に関して私たちがこれ以上何かを言うことはありませんわ」
「そうなりますと……あぁ、愚かにも女神さま方の意に反しようとした私たちの国のことですね。
末端ではありますが、話せるだけは話しましょう。それならば、面会用の部屋を借りてきますので」
それこそ、ラルさまに出会う前のハーゲンさんがどのような方出会ったのかはわかりませんが。
出会ってからのハーゲンさんは、それこそラルさまの言うことならばどんなことでも叶えましょうといった風の、狂信者めいた態度でした。
まぁ、よくよく考えてみればラルさまのおっしゃられる通りであるのは、わたくしたちも変わらないわけですが。
「使徒、ですか。取り巻きやらファンやら、愉快な仲間たちなどに比べたら良いかもしれないですね」
「う~ん。でもちょっと堅苦しくないかい? 恐らくラル嬢は受け入れてはくれなさそうではあるけれど」
「まぁ、恐れ多くもラルさまは私たちのことを友人、家族に近しい感情をお持ちですからね。全てはラル様の御心ままに、ですよ」
自分で口にして、その俯瞰した他人行儀っぷりに自身でダメージを受けていると。
部屋を借りることができたようで、このコロシアムを管理する人を連れ立ってハーゲンさんがやってきます。
「使徒の皆様がた、面会の部屋が取れました。時間が決まっている、とのことですので早速参りましょう」
何だか達観しているといいますか、もう既にここの主であるかのような雰囲気をもって先導を始めるハーゲンさん。
言われるがままについていくと、面会室らしく一枚のガラスに隔てられた向こうに、中々の素早さで既に背筋をしゃんと伸ばして座っているハーゲンさんと、一緒についてきていた、恐らくはタヌキ獣人の管理人さんがスタンバイしていて。
扉を開けて準備万端な様を見ていると、どっちが面会される方なのか分からなくなってはきつつも。
三人で並んで座り、それでは私から、とばかりにリーヴァさんが口を開きます。
「単刀直入に申します。今回のフーデの子供たちの誘拐は、『ボクージュ』国ぐるみの企みなのでしょうか。水の都『ブラシュ』における悪辣なるものの召喚のように」
「おお、もしや女神様がたは水の都の件にも関わって……救世の手を差し伸べていらしたのですね。『ボクージュ』国の主導といいますか、『闇の一族』によるものです。まぁ、『ブラシュ』の件も我らの罪も、元はといえば召喚魔法というものに懸想傾倒している『ボクージュ』の王の願いではありましたがね。願いそのものともいえる、『大いなる存在』を召喚するためには、多くの魔力や魔精霊、あるいは魂と呼ばれるものが必要になってきますので」
「……随分簡単に内情を語るんだね。『ボクージュ』国とやら所属なんだろう? その『闇の一族』っていうのは」
「ええ、ええ。所属と言いますか。国の上層部、ごく一部のものにしか認知されていない、『必要悪』を押し付けられた部署なのです。なので、好き勝手やっているといいましょうか、逆に言えば国に殉じてはぐらかそうとしているわけではないですよ。かつての私ならば、より良い召喚を行うためにそうやって国を利用することもあったのでしょうが、今の私、私たちには貴女様がたと女神ラル様が降臨していらっしゃいますからね。召喚者という点で見ても、女神様以上に敬い尊ぶべきお方が現れることはもうないでしょう。……私はもう、十分に満たされているのです。むしろ烏滸がましくも敢えて言わせてもらえるのならば、故郷の召喚狂いの者達にも女神様の御姿を一度でも良いのでその目に焼き付けさせたい、などと思っております」
つまるところ。
ラルさまを一目見て感じた瞬間から救われた、と言う事なのでしょう。
仮面越しとはいえ、何せあの美貌、カリスマ性と確かな実力があるのですから、懸想して信者……もとい、ファンのようになってしまっても仕方のない事だとも言えます。
まぁ、それもラルさまからしてみれば、自身の魅力をほぼほぼ自覚していないというとんでもないラルさまからしてみれば、不可思議で仕方のないことなのかもしれませんが。
「ふむ。そうなってくると『闇の一族』が暮らす王国には脅威となりそうな残党めいたものはいないのかな?」
「いえ、『ボクージュ』国には全ての根源でもある王がいます。かつての私はそれなりに信望していましたが、今となっては祭り上げるべき女神様に殉じるのみですな。とはいえ、私でも舌を巻くかなり優秀な召喚術師であることは間違いないですね。なんでも、世界を犠牲にしてでもご大層なものを召喚したいようで、我ら自由勝手な『闇の一族』を使ってでもそのための代償を集めることに執心していました」
「『ボクージュ』の王ですか。やはり『ボクージュ』に直接乗り込んで会ってお話しなければならないようですね」
「ええ、ええ。王もラル様と使徒の皆さんと見えることあればきっと心改めることでしょう。私たち一同も、ここで罪を濯ぎ続け、外へ出られるようなことあれば、いち早く御元へ駆けつける次第でございますので!」
あ、それはいいです、とはさすがに言えず。
その時はお手柔らかにお願いします、とだけ言ってその場をお暇することにします。
ですがまぁ、しかし。
召喚を得とする王、ですか。
一度役目を終えたのだと、他の世界へ救世の旅へと向かおうとしていたラルさまが、
それでも戻ってきてくれたのは、未だこの世界でやり残したことがあったからなのでしょう。
私の予想では、そんな『ボクージュ』の王こそがやり残した、まだ出会ってない、掬い上げていない人物で。
これから問題なく邂逅を果たしたのならば、それすなわちラルさまがこの世界で役目を終えて帰っていってしまうのでは、なんて思ってしまって。
その事に、一抹の寂しさを覚えたからこそ。
わたくしはその時の、ちょっとした勘違いに気づくことはないのでした……。
SIDEOUT
(第107話につづく)