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人(アニメーター)は踊り疲れた人形

今回は作品よりも「アニメ業界全体の裏舞台」に近い話かもしれない。

現在の燦々とした状況について「どうしてこうなった」をおおまかに解説してみようと思う。


一言で言えば「手段と目的が入れ替わった」で済む話。

それを時系列順に簡単に解説してみる。


制作がどうたらとか委員会がどうたらとかいうどうでもいい話はしない。

というか意味が無い。


まず、ビジネスとしてのアニメの収益の確保の仕方についてだが、手塚先生によって生まれた頃は「有志」に近い者達による出資によるものだった。

元は取れないかもしれないが視聴率も取れるので出資する意味はあるってな程度。


だがこのビジネスモデルは早々に破綻。

視聴率が毎回4割行こうが、宣伝媒体としてのアニメと併設したCMを流したところで大きな収益に繋がっているかどうかについては疑問符がつくようなレベルだった。


これがおもちゃメーカーとの出会いであり、以降、現在まで続くアニメ関係のスタンダード形態となる。


超大人気で視聴率50%も記録するような作品に広告を出しても、視聴者層がそれらの広告に関する商品を買わない層だと意味が無かった一方、関連する商品を出せば100%売れるのでそっちで収益化し、この循環か上手くいけば永久機関になる。


現在その永久機関として最も優秀なのは遊戯王などのカードゲーム系アニメ。

これらは収益基盤がしっかりしているからシリーズが続くしコストをかけやすい。


こういう存在でなければアニメは生き残れないと思われていた。

本当に思われていた。


ヤツが颯爽と登場するまでは。


1970年代後半。

映画界においては「ディズニー以外では商売にならない」とそれまで見向きもされていなかった。


されてなかったという割にはいくつかアニメ作品があるが「作品単独」による収益化は出来ていなかった。


そんな世界に颯爽と登場した「さらば宇宙戦艦ヤマト」

後にコイツを倒すまでに約30年も必要だったというから、どれだけヒットしたかがわかる。(コイツを倒したのは魔女の宅急便とドラえもん日本誕生の2つで、前者は興行収入、後者は観客動員数)


コイツが「アニメ映画」というもう1つのビジネス形態を切り開いた。


収益化しやすいのは原作付き作品で、出版社などが出資して「とりあえず黒字化」はできるよう回収するモデル事業が出来上がる。


一応言うと原作が無くとも作り方次第で十分制作費が回収できるのでオリジナル物も展開しやすい。(例えば無理して劇場を確保せずコンパクトに作って公開するという手もある)


スタジオジブリというのは「乗るしかない!このビッグウェーブに!」ということで誕生した存在だ。


ここらの話は鈴木Pの自著が詳しいが、コスト管理だけでなく製作期間なども合わせて自由なものを作りやすいからこそアニメ映画が最良だと彼は考えていて、一方で宮崎駿本人は「TVでもいい」と思っていた。


この頃は上手いことスポンサーを掴めばまだ自由にアニメが作れた時代だった。

しかしこの「スポンサー」が1980年代を境にして足枷になっていく。


それまで「アニメに出資した費用を回収する手段」としての「ホビー」が「ホビーを売るための宣伝媒体」に摩り替わり「出資しているんだから」と無理難題を押し付けるようになっていく。


余談だが、このあたりは「パトレイバーが生まれる要因になった」ということがパトレイバーの劇場版シリーズで同時上映された「ミニパト2話」で語られる。


隙間を狙って入り込んで生まれたのがパトレイバーというわけ。


話を戻すが、こういった手法は理解者が作る上ではどうにかなったが、この「ホビーを売るための宣伝媒体」はおもちゃ会社ごと破綻するケースもあり、また作り手は「オリジナル作品を作りたい!」という強い意志が生まれることに繋がり、新たなビジネスモデルを考え始めるのだ。


そうするとまず目が向くのは「映画はビジネスモデルとしてこの時点で完成していた」ということでアニメ映画に目を向けてみるものの、「ジャンプ系作品」「鬼太郎」「ドラえもん」このあたりの原作付きが鉄板でオリジナルを展開するのは実は非常に厳しかった。


考えても見て欲しいが、宮崎駿監督による初作品は漫画原作だ。

収益化が見えてこなかった頃は「大人気の原作宣伝媒体」だからこそ出資者を集めることができて企画されていたわけだし、その後も「収益化がしやすいもの」として引き続きそういう作品が用いられた。


もちろん自由度が無いわけじゃない。

「主人公と世界観が固定化されている」以外はある程度自由に作れる。


だが、「主人公も世界観もオリジナルで作りたい」と思った場合は一気に敷居が高くなる。


例えばの話「原作者も抱きこんで実質的にメディアミックスに近いものにする」ような方向性ならどうにかなるかもしれないが、そんなもの簡単にはいかない。


そこで目を向けられたのがOVAである。

正直ニッチ向けだけどオリジナル作品が大量にあった。


しかし、こういうのは正直言って「売るために媚びなきゃならない」作品ばかりで、美少女だらけなのは今と変わらない。


今深夜アニメでやってるのは、この頃「これが世に蔓延ったらアニメは終わる」といわれたことをやってるだけに過ぎない。


ヴァルキサスとかで検索してもらえばわかるけど、この頃のOVA作品の大半は「女主人公」

深夜アニメとそう違いはないぞ。

あ、一応言うとヴァルキサス自体はいい作品だから。


で、こういったヤツの題名だけ聞いて、それがオリジナルOVA作品と聞いたら「ああ、多分ビキニアーマーかフワフワしたミニスカ着こんだ女の子が主役級でいるだろ?」というと大体当たるような時期もあったぐらいだ。


それはさておき、そんなOVAだが、やはり「媚びてるような作品は嫌だ!」という流れになる。

かといってそう簡単にオリジナルは作れない。

そうなると「オリジナルを作るための金稼ぎ要因」として別のOVAが作られるようになる。


その上で「もっと作りやすくて版権料が安く簡単に手っ取り早く収益化できるもの」ということでノベライズやライトノベル加えて、声が小さい弱小出版社の漫画原作に焦点が当たるわけだ。


特に弱小出版社が好まれたのは「少しでもオリジナル展開したいから。オリジナルを作りたいという性欲に近いものを抑えられないから(後に2000年代までこの傾向は続きます)」


しかし問題はこういったOVAを出し始めたら、企画時にスポンサーが「これ多分いろいろ絡めて収益化できるわ」と言い出し、TV化される事例が出てきたこと。


特に90年代に入ってからは「メディアミックス」などと呼称し、マルチメディアの並に乗って「メディアだけで広域展開して稼げる」といったような認識がなされ、それで本当に収益化できてしまった事例が出てくる。


そんな状況を作った元凶の1つが「タイラー」である。

タイラー自体はOVA作品。

だがコイツは多方面で売れちまったんだよなあ。


だからその後そのスタッフがコイツを生贄にして新たに「ブルーシード」という漫画原作OVAを企画したら「きっと面白いに違いない!」といって「TV昇格」を果たしてしまった。


しかもこれまた多方面に売れる。

何しろこの2作品については「最近じゃ足枷にしかならないホビーメーカーが殆ど関与しない」ということで自由に作れたうえ、本命のオリジナルを作るための製作資金も回収できたので、


すぐさま「よし、こういう流れに乗ろう!」ということで類似するようなビジネスモデルによる作品が出てくる。


タイラーもブルーシードもレーザーディスクやVHSが大いに売れたので、これからのアニメは媒体によって稼ぐぞ!なーんて言われ始めるわけだ。


しかし、すぐさまこの試みの弱点が発覚する。

やはりアニメ、どうしても「安定した収益とならない」

そこで足枷となる新たなモノが発覚した。それは「放送料」である。


TV放送は放送権を購入して放送する関係上、収益化においてより有利なのはゴールデンタイム付近ではなかった。


そのため、最初こそ「未来へ導く」と言われたメディアミックスは急激に萎みかけるのだ。

1997年頃の話だ。


信じられないことだが、エヴァが放映開始した年は「アニメ暗黒期」と盛んに言われたものだ。

この「暗黒期」というのは正確には「オリジナルアニメ暗黒期」といった方がいい。


単純なアニメの勢いが弱まったわけではない。


この時、すでに深夜アニメはあった。

だが深夜アニメを見てみれば「負け組」とも言えるような連中が蔓延る修羅の世界。


まあ負け組というか、正確には「先ほどの流れに便乗して企画時にOVAからTVに格上げしたけど放送権の壁によってゴールデンタイムから締め出された悲しき存在」というのが正しいかな。


本来はそういう展開を目指しててどんどん企画されたが一気に頓挫して深夜に島流しになった。

こいつらは正直「収益化」なんて微塵もできておらず、「これじゃあ駄目だろ」といわれていたわけで。


そんな時に現れたのが「ラブひな」と「NOIR」である。

こいつらは「2つ」の意味合いで負の面を生んだ元凶であり、その一方で両作品は名作。

Noirは真下三部作と言われる作品の1作目。


こいつの裏話が1つある。

OPの色がおかしいのは「作ってる最中、絵の具が足りなかったから」だ。


一部以外演出に思えるみょうちくりんな赤と青の色彩の原因は「色がなかったから」

当時のギリギリの深夜アニメの制作状況を表すエピソードである。


正直その話を聞くまで「え?ルージュとノワールを表現したんじゃないの!?」と思ってたが、思えばそんな色合いでもなかった気がする。


双方は2つの方向からビジネスモデルの方向性を決定付ける。


NOIRは「放送料含めた制作費の圧縮により、作品単体で収益を確保した」

ラブひなは「メディアミックスのあり方の方向性を決定付けた」


ようは、この2つの成功が今の深夜アニメの流れを作ったわけだ。

ラブひなはあくまでメディアミックスで、今日の原作付深夜アニメと相違ない。


一方Noirは忌わしき「DVD商法」が生まれる原因となった存在。

いや、実を言うとラブひなも「DVDがめっちゃ売れた」んで生まれた原因を担っている。


それでどうなったかなんて簡単なこと。

後は「とりあえず売れるものを出してオリジナルを作るんじゃい!」となったわけだ。


ちなみに「オリジナル展開」というのも引き続き試みられたが、視聴層からによる強烈な「原作レイプ」なるバッシングによりこっちは2000年代後半になると急激に拘束され、演出家は「まるでウマ味がねえ」と思うようになる。


しかもしかも「手っ取り早く収益化」できる作品はテンプレート化されたようなものばかり。


さらにオリジナルの機会は「手っ取り早く収益化」できるもんをいくつも繰り出した後で1つか2つ出せるかどうか。

しかもそのオリジナルにおいてですら「売れそうな要素を満載にさせなきゃならない」なんて流れが生まれる。


だからどんどん現場が疲弊していく。

モチベーションなんて保てるわけがない。


ついでに「更なるコスト圧縮」については、ついに「実質アマチュアの作品をアニメ化」する所まで手を出して悲惨なことになっている。


これがちょっと前までの状態である。

今はちょっと状況が変わってきたがそれは後述するとし、


さて一体、どこで間違ったでしょうか?


1970年代中ごろから1980年代の時点でホビーメーカーを中心としたスポンサーが天狗になる状態を是正できる何かがあればよかったか?


しかしホビーメーカーが必ずしも間違っていないのはSDガンダムなどで証明されていることだし、かのビーストウォーズなんて渾身の出来のおもちゃのためにあんなアドリブ展開やって日本では大ヒット、そしてその日本での大ヒットの恩恵で生まれたビーストウォーズⅡはトランスフォーマーの救世主だ。


ついでにいうと、アニメが死ぬことはホビーメーカーが死なない限りありえないのは遊戯王などを見てもらえばわかるはず。


むしろ深夜アニメだけ市場が崩壊して、優秀なスタッフがホビーメーカーに囲い込まれれば間違いなく「子供向けアニメ」の質は向上すると思うよ。


ホビーメーカーに良心があって「たまにはオリジナルでもやっか!」なんてことをさせられるぐらいのゼネラリストがいればいいだけにも思える。(というか実際にそういう人間がいて、そういうオリジナル作品が生まれた)


ではOVA商法の最中に生まれた1990年代のメディアミックスが完全に破綻しておけばよかったか?

いやこれも違うな。

正確に言えば「角川などがこれが儲かる」と勘違いしてネットコンテンツを利用しての情報操作まで利用したのを是正した方がよかったんちゃう?


角川が力を失ったのとほぼほぼ深夜アニメの破綻がイコールなのは何もあの会社の売り上げだけの話じゃないからね。


本来は「凡作」程度のモンを無理して担ぎ上げる方法に無理がありすぎたのは間違いない。

ニコニコ動画とかで統計データを取ってそれを証明した人間は●流出問題で完全に正しかったと証明されたが、本当に酷い時代だな。


それほどでもないモノがいいモノだと洗脳されるわけだから。


でも彼らだけが今の破綻を招いたわけではない。

実際には「手っ取り早く稼げる手助け」をしていただけだし。


だからこれも違う。


問題はもっと根本にあったんだよね。

手塚先生の頃に気づくべきだった。


「ディズニーの模倣が本当に出来ないのか?」ということを。

強烈なキャラクターを創造し、それによって牽引できないのかということを。


出来てるじゃない。

世界的に有名なキャラクター自体はいるじゃない。


手塚先生自体はそれを求めていたわけだし、一連の手塚キャラクターと彼によるスターシステムにこそ本来目を向けるべきだった。


「キャラクター版権商法で売りつつ、オリジナルを展開していく」


これをサンリオしかやってないというのがそもそもの失敗だったんだ。

サンリオは今本気で「ディズニーを殴りにいく」とかやってるわけだけど、これだよこれ。


いちいち新しいキャラをポンポン作るから市場の確立が難しくなる。

本当に売れるキャラクターで稼ぎ、そしてそれを糧に新たなものを作る。


これを出来なかったことによる「オリジナルを作りたい」という意志が全てを狂わせた。


特に今の「稼げるアニメを作る」というのはすでにそれを目的とした集団とそれを求めるニッチすぎる層を作り、悪循環を生んでいる。


私がなろう作品を初めて触れたときに思ったのが、転生云々は抜きに「こういった一連の作品群に真正面から殴りこみに行く姿勢の良さ」

特に黎明期のオリジナル作品においてはそういうモンが多い。


だが一方で「違う、そうじゃない」とも思った。

強烈なまでのキャラクターがいない。


今必要なのは黄色ネズミや孫悟空という名前だが西遊記の要素が殆ど無いようなものを新たに創造することだと思うんだ。


まあそれは筆者には凄く無理難題な話ではあるのだが(作りたい作品はあるがキャラクターありきの作品は非常に難しい)


最期に、現在のアニメの状況だが、私は破綻はしないと思ってる。

今のアニメは有料コンテンツに支えられつつある流れがあり、これらはCSの時代劇チャンネルのようになるんじゃないかな。


昔はwowowとかもがんばってたアレと、ホビー関係、そしてアニメ映画の3つに統合されていくように思える。


現状のニッチ市場は正直もう無理だろう。

後何年続くの?って感じだ。


本当はドラゴンボールのように「後から収益化を考える」パターンの方がいいんだがそういう作品は絶対に深夜アニメからは生まれないからね。

ドラゴンボールみたいに世代交代させたほうがいいよ。

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