狂乱の終わり
非常階段の入り口にあるロックを焼き切って入ってきた工作員を燃え上がらせたキエロは、後ろからやってきた警備員に抱えられて柱の陰に引きずりこまれた。
怒りの叫びを上げようとした瞬間、柱にフルオートの弾が食い込む。
燃える仲間を建物内に蹴り倒し、北海警備の工作員がまず二人入ってきた。
「ここは通さないよ!」
花鈴が叫ぶと同時、右の工作員のMP5の銃身を叩いて吹き飛ばした。咄嗟にナイフを抜こうとした肘を跳ねあげ、がらあきの胴体に重い回し蹴りを叩きこむ。
ぐえ、と男が身体を拉げさせて崩れ落ちた。その間に左の工作員には警備員のM4A1が弾丸を捻じ込んでいる。
「囲め!」
扉を抜けた三人が一斉にナイフを抜いて仕掛けたが、半歩退いた花鈴は半身の構えから不意に一人の懐へ飛び込んだ。ナイフを弾き飛ばして掌底打ちで鳩尾を抉り、背面から突きかかろうとする男に振り向きざまに回し蹴りを食らわせる。骨の折れる音が立てつづけに響いた。
かろうじて最後の一人が肩から胸へかけて切りつけたが、花鈴が跳び退ると同時にライフル弾を食らって血を撒いて倒れる。
非常扉の向こうから弾が連続で撃ち込まれ、花鈴は柱の陰へ避難した。
「花鈴。そっちの脚で蹴っちゃダメだって言ったじゃん」
「ごめんごめん。でもこの急場を凌ぐまでだから」
左の太腿に巻かれた包帯に赤いしみが広がっているが、微笑む花鈴の顔からは傷の影響は感じられない。バレットだけにナイフの攻撃には耐性があるのだ。
きつい口調で戒めたキエロだったが、今がヤマなのはわかっていた。
牽制射撃をしながらまた二人、三人と工作員が非常扉から入ってくる。高上がよこした警備員たちの応射で顔を出す隙を捻りだし、キエロは再び炎を放った。
「あああああ!」
着衣や装備に火がついた工作員たちが絶叫して床を転がる。
花鈴が再び前へ出ようとした時、非常扉の向こうから鋭い声が響いた。
「バレットに拘るな! 奴を数人で囲んで他は奥へ向かえ、脚を止めるな!」
まずい。指揮官が来たようだ。
それが矢間だとまでは思わなかったが、花鈴は厄介な相手なのを承知の上で柱の陰から飛び出した。廊下から非常階段へは遮蔽となるものが何もないが、何人来ようがここを抑えなければナナシも、高上の生命も危ない。
ナイフを構えた工作員が二人向かってくる。その向こう、廊下を奥へ抜けようとする男たちへは警備員たちのライフル弾が襲いかかった。
花鈴の身体が盾になる位置で顔を出し、キエロも炎を撒き散らす。
接近戦を挑む男たちをあしらいながら、花鈴は指揮官を探していた。ろくでもないことをやっている割に指揮もわりと的確だなとど、迷惑この上ない。
グールの施設との取引をしていて平気な性格なのなら、殴りたいとも思っていた。
一人のナイフを弾き飛ばして脳震盪を起こさせ、もう一人に裏拳を見舞ったところで更に二人が向かってくる――その向こう、見覚えのある顔が現れた。
エレオノーラが昨夜ディスプレイで見せてくれた、四角い顔の男。矢間だ。
ちらりとこちらを見た男、矢間が声を張り上げる。
「バレットを押し返せ! 仕留めなくて構わん、寄せ付けるな!」
「くっ……!」
物量で押されるとどうにもならない。
廊下に侵入してきた工作員たちが、こちらが頭も出せないほどの銃弾の雨を降らせてくる。こうなるとキエロは勿論、警備員たちも迂闊に応射できない。
圧倒しつつある矢間も焦っていた。警察が間近に迫っている。
ここを何としても突破して、せめて高上だけでも仕留めなければ会社に守っても貰えない。既にエレベーターシャフトに放りこまれた爆発物で工作員に六人の損耗を出している。
非常階段前に陣取った一団に頭を出させないよう弾を浴びせ、矢間はセンサーアイの望遠機能で廊下の奥をすがめ見た。
フロアはそう広くない。すぐに高上本人も出てくるはずだ。
果たして、メディカルセンターから出したらしい大机の陰で高上が銃を構えているのが見えた。部下を叱咤する。
「前進しろ! 相手の数は少ない、数で押しきれ!」
「了解!」
数人の工作員が前進してすぐ。近付いてくる轟音と震動に矢間は目を瞠った。このビルにはまともな防御機構はないはずだ。
視認しようとするセンサーアイが大光量のライトで一瞬視野を焼かれた。
近付いてくるのは1メートル四方ほどの飛行物体。煙を噴き上げ、ふらついて姿勢制御もままならない警備用ドローンだ。
一味のオペレータがドローンのAIに侵入したのかと悟ったと同時、ドローンは機関銃をフルオートで発砲しはじめた。咄嗟に床へ身を投げ出す。部下に警告する暇もない。
頭を庇って身を縮めた途端、突っ込んできたドローンが部下たちを巻き込んで爆発した。耳を聾する轟音が響く。
爆風で非常扉は勢いよく閉まり、勢いで外側にいた部下たちが締め出された。残された工作員たちを炎が舐める。
「おのれ!」
それが子供の魔法使いによるのはすぐにわかった。あんな子供の混じったアウトソーサーたちに邪魔されているのか。
小柄な子供の頭に狙いを定める。引鉄を――引こうとした瞬間、衝撃が手元を揺さぶった。弾丸が子供どころか天井を穿ち、気づいた子供が頭をひっこめる。
何かをぶつけられたと悟った矢間が敵を探して視線を彷徨わせた。
立ち込める煙でよく見えないが誰かが走ってきているようだ。
「野良犬ごときが……!」
矢間がMP5を向けるより早く、目の前には史狼が踏み込んでいた。地を這うような姿勢から放たれる白刃が廊下の照明を跳ね返す。
「死にたいらしいな」
低い囁きが矢間の背筋を凍らせた。
次の瞬間、史狼の刀は矢間の両腕を深く薙ぎ、左胸を裂いて肩へ抜けた。目を見開いた矢間は銃を取り落とし膝をついた。怨嗟をこめた目で史狼を見上げて倒れる。
そのまま通り過ぎようとした史狼だったが、ふと足を止めた。
「……死んだら証言させられないか」
舌打ちした彼は、倒れた矢間の傷口に適当に止血テープを貼りつけた。
非常階段前を見ると矢間の部下たちが投降を始めている。
史狼が矢間を仕留めるのをカメラで確認し、エレオノーラは息をついた。これであとは警察が三階まで上がってくるのを待てばいい。
と、並行処理している一階のカメラに見過ごせないものが写りこんだ。
ビルの外側に落ちていた北海警備のドローンが、突然ブースターを噴かして滑空を始めたのだ。ふらふらと一階フロアへ入りこんでくる。
北海警備のオペレータが操作しているのだろう。システム復旧よりこちらの制圧を優先白と矢間に指示されたのか。
名浜警備保障のもう一基のドローンは撃墜されている。非常階段の敵に突っ込ませたドローンは動力を破壊されてもう動かない。
窮したエレオノーラは通信に割り込んでオペレータのコントロールを遮断した。
処理速度ではエレオノーラが遥かに上回る。制圧できたと思った瞬間、北海警備のドローンがエレベーターシャフトに飛び込んだ。
何が起こったのかは半秒ほどで理解した。
オペレータはエレオノーラに対抗するのを諦めて、ドローンに短い指令を与えたのだ。恐らくは『三階にいる勢力を制圧しろ』などの単純な。
対応が間に合わない。
エレベーターホールから鈍い爆発音が聞こえてきて、ナナシは警備員に頭をおさえてバリケードの陰に押し込まれた。
「なんだ?!」
『エレベーターシャフトをドローンが……!』
何が起きたか把握できない警備員やナナシに、メディカルセンター内のスピーカーでエレオノーラが叫ぶ。その言葉尻はもう一度起きた爆発音で掻き消された。
炎混じりの爆風が頬をかすめる。壁を抜かれたのだ。
壁にあいた穴の向こうに、煙を噴き上げ姿勢制御もままならないドローンが飛んでくるのが見えた。索敵用の赤いライトが室内を舐めるように走り抜ける。
咄嗟にナナシはバリケードの陰から飛び出していた。
検査技師たちはバリケードの陰だがエレオノーラは椅子に無防備にかけている。
機関銃の掃射を受ければひとたまりもない。
駆動系に深刻なダメージがあるらしいドローンに体当たりする。機動性が売りの警備ドローンは軽量で、ナナシの勢いに巻き込まれて軌道が逸れた。
メディカルセンターの入口に高上が戻ってきたのはその時だった。
「那智!」
ナナシともつれあうように床に転がったドローンは、異音を立てながら機関銃の照準をナナシに合わせた。跳ね起きざまナナシがM4A1を構え、引鉄を引く。
機関銃の倍近い弾速のナナシの弾がドローンのエンジン部に立て続けに着弾した。遅れて機関銃の9ミリ弾がナナシの腹に数発食い込み、ドローンが小さな爆発を起こす。
駆け寄ってきた高上がナナシからドローンを蹴って離すと、とどめの銃撃を加えて完全に沈黙させた。
「傷をみせろ。皮下装甲はあるはずだな」
「……ああ、大丈夫、みたいだ」
着弾の衝撃と痛みですぐに声が出なかったが、なんとかナナシは答えた。
シャツをめくると腹部から数か所出血している。しかし癒着まで起こした皮下装甲により、弾丸は腹腔まで至っていなかった。
『敵戦力沈黙。一階の残存勢力を警察が確保。状況終了よ!』
エレオノーラの宣言が三階に響き渡る。
終了と聞いて身体の力が抜けたナナシに、続けてエレオノーラが告げた。
『みんなお疲れさま。おかげでナナシも私たちも救われたわ』
「君のサポートも素晴らしかった、驚いた腕前だ。当社でスカウトしたいほどだ」
ナナシの傷に止血テープを巻きながら、高上がほとほと感心した口調で称賛する。自分の性能を正しく把握しているエレオノーラは素直にそれを受け止めた。
『光栄だわ。でも会社勤めは肌に合わないみたいなの』
ドローンが起動しないか試してみたが、今度こそ限界らしく、軋む音をたてただけだった。システムとの接続を切ったエレオノーラが起き上がる。
ナナシと目が合うとにこりと笑った。
「ナナシ、ありがとう。一瞬覚悟したわ」
「ずっと守って貰ってたんだ、このぐらいはするよ」
そう言うのが精いっぱいのナナシの前に、手足を拘束された男が放りだされた。
史狼が廊下を引きずってきた男をセンター内へ放ったのだ。
「そいつがヤザマ、おまえを追い回して俺たちに鉛玉をくれやがった張本人だ。面に見覚えはないか?」
血にまみれた史狼の姿に息を呑んだが、ナナシは転がった男へ視線を向けた。
見覚えは――ない。ないはずだ。
けれどどうしてか、男と目があうと手足に力が入らないほどの恐怖がこみあげる。
男の検査技師が恐る恐る声を絞り出したのは、怪我をした警備兵たちと史狼、花鈴がメディカルセンターで手当てを受けた頃だった。
「高上代表」
怪我をした部下の応急手当てを終えて高上が立ちあがる。分析結果を出力した紙を持つ技師の手が震えていた。余程に戦いに巻き込まれたのが恐ろしかったのか、と思った高上は幾分柔らかい声を出すよう意識する。
「うむ。結果が出たか」
「あの……予想外というか」
予想外? 訝しみながら高上は分析結果をむしり取った。内容に素早く目を通す。
みるみる彼の顔色が変わっていくのを見てナナシは不安を覚えた。
「見せてくれ」
ナナシが伸ばした手をかわし、高上が強張った顔で向き直る。
「近づくな」
顔を見れば、思わぬ予想だったことは予想がつく。しかし思わぬとはどういうことだろうとナナシは考えた。自分の顔を見て那智だと言ったのは彼なのだ。
「おまえは誰だ」
高上が紙を握る手に力が入りすぎて、ぐしゃりと音がする。
「何を言ってやがる。それを知る為に検査したんだろうが!」
眉を逆立てた史狼が高上とナナシの間に立ちはだかる。しかし彼の言葉が耳に入らないほど高上は取り乱していた。否、混乱していた。
「尋希じゃない。おまえは、俺の知ってる奴じゃない。顔と声まではわかる、手術すればすむことだ。だがあの話し方は! あの口調はどういうことだ!」
「落ちついてくれないかしら。ナナシは一度も名乗っていないわ。貴方が那智だと言ってここへ招いたのよ。ナナシには記憶がないのだもの」
口を挟みながらエレオノーラも困惑していた。しかしこの様子を見るに、高上がナナシを那智と信じて疑わないだけの類似性があったということになる。
ナナシには何も答えられなかった。
記憶は戻ってこない。記録はあてにならない。そして、この身体さえも。
誰なのか。それを誰より自分が知りたい。
突然場違いな、そして正気すら疑わしいような音の外れた笑い声が響き渡った。
「ああそうだ。そいつは那智じゃない。オレたちはひっかけられたんだ」
引き立てられてきた矢間だった。その場の注目を浴びたことで気をよくしたのか、ただの自棄なのか、さも楽しそうに語り出す。
名浜の素材開発実験場でその夜、ある科学者の誘拐を防ごうとした那智のチームは、内通者である伊東によって仕掛けられた爆発によって無力化された。呼応して外から侵入してきた矢間率いる北海警備のチームに全員が拉致される。
「お笑いだよな。那智の面をしたそいつを残してあとは殺したってのに、そいつは別人だった。他の奴らのコアはとっくに焼かれてたんだ!」
エレオノーラやキエロが指摘した通り、矢間は那智のコアにあるはずの警備情報を期待して那智を、否、那智の替え玉であるナナシを拷問にかけた。
意識を失ったナナシのコアにある記録をいくら探っても、何も出てこなかった。
あったのは那智の思考パターンで組んだと思しき思考アルゴリズムだけ。
那智は実際に万一を考えた対策を立てていた。自身のコアから警備情報やデータをサルベージされないよう、チームの一人と顔と声を入れ替えて別人になりすましていたのだ。
生還が望めないとなったらナナシが那智として敵の気を引き、その間に那智を含めた他の全員が己のコアを焼き、全てを葬る。
彼らはあの夜、それを実行した。
狂ったような矢間の声はナナシを凍りつかせていた。言葉も出ないナナシを気遣って、気色ばんだ花鈴が問いただす。
「ナナシさんが誰だったのか情報はないんですか? コアを浚ったんなら……」
「何もねえよ、くそったれ! おかげでとんだ無駄足だったぜ!」
矢間は怒りをナナシにぶちまけていた。目をむき唾を飛ばして咆哮する。その様子をみれば彼が嘘を言っていないことは明らかで、高上は呻くような声をあげた。
「……那智……」
そこまでしなくてはならなかったのか。
警備を一手に担う立場にいる、絶対に情報を漏らすわけにはいかない。それはわかる。気持ちも立場もわかるが。
さしものエレオノーラも顔面蒼白だった。
昨夜史狼が調べろと言った、名浜警備保障のリンクソフトの更新記録。確かに那智は失踪前日まで、警備システムに関するアルゴリズム構成を行っている。
そういえばナナシの夢では入れたばかりのリンクソフトが起動していた。名浜警備保障の記録では、一班失踪の一週間前に狙撃手が新式センサーリンクの埋め込み手術とそれに伴う形成手術を受けている。
形成手術――ではその日、ナナシは那智になったのだ。
一班は社内でもその事実を秘匿していたから、情報が漏れなかった。
苦渋に満ちた高上やナナシの表情に気をよくしたのか、矢間が鼻先で笑う。
「おまえらが勝手にやったんだ。もう誰が那智だったのかも、そいつが誰かもわからない。信じられないよな? 自分で自分を捨てた気分はどうだ、ええ?」
「自分で……おれたちが」
脳裏に閃くものがある。
一度見た、班長と呼ばれて強い違和感を感じていた自分の夢。この男の言った通りだとすれば話の辻褄が合う。
突然自分が自分らしくない言動をするのはつまり、那智のアルゴリズムが働いているせいなのだ。
喘ぐナナシを見て、矢間が理性のタガが外れたようにげらげらと笑いだした。
事実、もう少しどこかがおかしいのだろう。
「こんな失敗、会社に知られたくないからな。全員死体が出なけりゃいいと思ったのに、逃げられて足がついてこの様だ。だがおまえにも何もないぞ、ざまあみろ!」
「この……!」
激昂した高上が矢間の胸倉を掴む。ナナシは罵声を聞いても腹は立たなかった。
ただ不思議だった。
『こう』なることを選んだ自分は、どうしたかったのだろう。
視線が窓の外へ彷徨い出る。立ち上る煙、聞こえてくる野次馬の騒ぐ声。流れ弾で向かいのビルの端の窓が割れている。開いた窓を一つ挟んで、正面の窓にこちらのビルが映って高上の背中が見える――。
それはほとんど反射だった。
床に落ちたM4A1を掴むとセンサーリンクを起動。高上の銃に接続制限はかけられていなかった。一度は焼きついたセンサーコアがフル稼働する。
「……おまえ、何を」
狂ったように笑う矢間から手を離し、銃口を向けたナナシを高上が茫然と見た。床にどさりと落ちた矢間がけたたましい笑いと声を織り交ぜる。
「お、やんのか、やれ、やっちまえ!」
GPS同期、測位終了。
頭が激しく痛む。照準が合う。
ぎしりと奥歯を噛みしめた高上がグロックを構え直してナナシへ向けた。
銃口が自分を向いても不思議なほど冷静だった。引鉄を絞りながら叫ぶ。
「避けろ!!」
銃声が交錯した。
ガラスが割れて、咄嗟に左へ跳んだ高上の右肩を向かいのビルの開いた窓から飛んできた5.6ミリ弾が貫いた。反射的に引鉄が引かれたグロックの弾丸がナナシの左肩を穿ち、高上が血を撒いて倒れ込む。
同時にナナシの放った弾丸が入れ替わるように向かいのビルの開いた窓の中へ飛び込み、高上の頭を狙っていた狙撃手の喉を撃ち抜いた。
7月21日、文章一部変更しました。




