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Re.Load  作者: 六堂杳南
13/15

ビルの攻防戦

 ビルの外にはガラスの破片が散らばり、怪我をした人のものらしき血もそこここに見てとれた。北海警備に所属する男たちが一階の内外を駆けまわる。

ビルの前に横づけしたワゴン車から下りた男は、歩道に乗り上げた他の車両を示して部下を振り返った。

「ビルの前を封鎖しろ。警察が来たら限界まで粘れ。逮捕されても会社がどうにかしてくれる、心配はするな」

「はっ!」

指示に首肯した工作員が運転席に乗り込んだ。

実際に会社がどこまで働きかけてくれるかは、恐らく自分たちの成果如何にかかっている。だが余程の醜態を晒さない限りは守ってくれるはずだ。

辺りを一瞥した。

既に民間人は避難して、通りには誰もいない。ビルの上層階から恐る恐る見下ろしている人々がまばらに見える。

ビルから小走りに出てきた部下が囁きかけてきた。

「矢間主任、Tの所在を確認しました。現在三階にて交戦中、Nもその場にいると思われます」

 目標は名浜警備保障の現代表・高上、及び『那智』の排除。のるかそるかだ。

ここまでの騒ぎにはしたくなかったが、もはやそんなことを言っていられる段階は過ぎ去った。

何よりも、『那智』の口から自分とグールの施設との関わりが表面化することがないよう、最優先で彼の口を塞がねばならない。それさえ漏れなければ会社は自分の働きを、職務を全うする為だったと判断するはずだ。

『取り逃がしかけた作戦目標を捜し出して処理』、となれば失点は取り戻せる。これに高上の排除で今の地位は守れるだろう。

それにしても、と溜息がもれる。

社会的に存在しないはずの企業工作員を、人道的に問題がある手段で拷問したからといって責められるのはおかしくないか。『お上品』にしていても仕事ははかどらないし、同僚に差はつけられない。

会社にも最低限の体裁というものがあるのだろうが、体裁のおかげで、拷問の挙句殺した他社の工作員の死体を自前で片づけなくてはならなくなったのだ。

「T及びNを可能なら捕縛、無理なら射殺してかまわん。が、顔は識別できる状態で仕留めろ。でなくては我々の査定に有利にならん」

冗談まじりの矢間の言葉に、部下がわずかに頬を緩めた。

「了解です。ここにEがいればまとめて始末できたのに、残念ですな」

彼は矢間直属の部下でありグールの研究施設へ死体を運ぶ手伝いもしている。『那智』の時の失敗を踏まえ、今後死体を箱詰めにすることを提案するぐらいには一蓮托生の間柄だ。

名浜警備保障の伊東がこちらへ情報を漏らしたことも、矢間から聞いていた。

「奴もいずれ用済みになればな。あの手合いは信用ならん」

「全くです」

ビルの上の方で爆発音が響く。攻撃用ドローンが奮戦しているようだ。

名浜警備保障の警備ドローンを一機でも撃墜してくれれば、ビルの外側からこちらの作戦活動の援護射撃ができるのだが。

「オペレータはどうした?」

「それが本部のシステムに侵入されたらしく、現着が遅れています」

思わず舌打ちして、矢間はビルの上方を睨みつけた。よりにもよってこんな時に。

どうせドローンに乗って操作するわけではないのだから、本社から遠隔操作でも構いはしないと思い直す。

ビルの中からライフルケースを背負った男が一人、小走りに出てきて敬礼した。

「作戦内容は頭に入っているな?」

矢間に問われた男は見るからに緊張していた。

「はい」

「しくじるなよ。仮にオレが奴らに捕えられても作戦は決行しろ。そのためのオレの臨場であり、おまえなんだ」

「了解しました、主任」

顔を強張らせた工作員がライフルケースを背負ったまま外へ走っていく。

あくまで保険だが慎重を期して悪いことはない。

なにしろ相手には、この数日こちらを翻弄し続けた非合法活動者(アウトソーサー)がついている。

伊東の情報がなかったら、自分たちは今も江別市辺りを走りまわっていたはずだ。その怒りが矢間の暴走ともいえるこの作戦を行わせていた。

「よし、オレにも銃を貸せ。5分でケリをつけるぞ」


 ログイン。企業のシステムならではの没入感に満足しながらエレオノーラは目を開いた。さっきまで目で見ていた建物内の風景に限りなく近いVRの再現度だ。それをエレオノーラは構築している途中から感じていた。

企業のものかそうでないかでは、システムを構成する情報の密度が違う。

普通のVRで仮想空間を構成したところで、それは平面図から起こした単純かつ些少なデータの集積に過ぎず、概してシンプルで薄っぺらだ。

しかしある程度大きな企業となると、襲撃を想定して壁の材質や強度、想定される襲撃側・防衛側の武器や兵器のデータも揃っている。

そこに交戦に使われている武器を映像で拾ってデータベースに照合、交戦を継続した場合の経過を計測した。

 北海警備のメインシステムに仕込んだ裏口(バックドア)からウイルスを送りこみ始めたが、システム管理オペレータに察知されたらしい。システムを乗っ取るには少々時間がかかりそうだ。今はオペレータを会社から動けなくするぐらいで良しとしよう。

無線妨害(ジャミング)のせいで無線では仲間の支援ができないので、エレオノーラは建物内の回線を利用することにした。まずは史狼に近いメディカルセンターのインターホンから音声を届ける。

『向かって左のエレベーターに四人、うち二人行動不能。右には三人、一人被弾。非常階段に5人向かったから花鈴に連絡するわ』

言っているうちに左のエレベーターが閉まり、下へ下りて行った。MP5の掃射に阻まれて迂闊に顔が出せず、高上が苛立たしげに顔をしかめる。

「死体を下ろして乗り換えてくるな」

『MP5は拳銃(9ミリ)弾だからまだいいけれど、ショットガンで壁を抜かれでもしたらナナシがまる見えよ。相手の数も多いし、警察の到着まで悠長にしていられないわ』

エレオノーラの指摘は高上の懸念でもあった。ここはただの検査機関で名浜グループの社員データにはアクセスできるだけだ。警備も手薄で施設も防弾壁ではない。

マガジンを交換しながら史狼が声をたてて笑った。

「奴らがランチャー持ってないだけマシってもんだ」

「まがりなりにも商業区域だぞ。冗談じゃない」

持って歩いているのが警察に見つかれば逮捕待ったなしだ。そこまで捨て身では来ないだろうとは思ったが、既に充分手段が乱暴ではある。

『那智』の記憶が戻っていないのは、銃をとろうとしない点からも明らかだ。彼を戦力に数えることはできない。唇を噛む高上をちらりと見た史狼が、インターホンごしにエレオノーラへ囁きかけた。

「エレベーターシャフトに手榴弾を放りこむぞ」

耳を聾する発砲音の中、エレオノーラが2秒遅れで史狼の言葉を高上へ伝える。

それは、と反駁しかけて高上は呑みこんだ。

ケーブルを破壊すればその側のエレベーターは使えなくなるし、ビルの被害は大きくなる。しかし、自分や『那智』が死んでは会社にとって損失となる。

『会社には不可抗力と説明なさいな。悪いけれど手段を選んでいられないわ』

エレオノーラからの通信と同時、史狼が刀の鯉口をきった。

 言い争っている時間が惜しい。

 高上はリグのポケットから出した手榴弾を史狼へ渡すと、部下と共に位置をずらしながら応射を始めた。史狼の位置から離れて注意を引きつける。エレベーターの工作員たちの意識がそちらへ向いたと見るや、史狼はホールへ飛び出した。

目だけだしたマスクの工作員がはっと振り返るが、間に合わない。

とっさの応射が腹に食い込むのも構わず、至近距離に踏みこんで下段から刀を逆袈裟に切りあげた。ざっくりと肉を裂く手応えを確認しながら、こちらへ振り向こうとするもう一人の工作員の後頭部へ肘を入れる。銃を取り落とした工作員の身体に高上の放った弾丸が食い込んだ。

銃弾に専門的に対応した皮下装甲では刃物にあまり意味がない。史狼に斬られた男には立ち上がる力がないようだ。

「大丈夫か!」

駆け寄ってくる高上を払いのけ、史狼は隣のエレベーターのホームドアに手をかけた。力任せに引くと重い扉が開き始めた。昇降かごはまだ下にある。

ピンを抜いて階下へ落とし、元通り扉を閉めてホールの端へ全員が走った。

鈍い振動がビルを揺るがす。

息をつく史狼を振り返り、高上が部下に叫んだ。

「医療キットを持ってこい!」

「やかましい。もう片方のエレベーターにC-4を載せて下ろすぞ」

血を滴らせて立ち上がる史狼に、高上は装備ケージから取ったC-4を放った。起爆装置を持って後を追う。

「オペレータ、ドローンはどうなっている?」

死体を引きずり出して昇降かごの操作盤近くに爆薬を取りつけながら、高上がエレオノーラに問いかけた。

『どちらもお仕着せの攻撃&防御プログラムよ。もうじき両方落ちるわ』

「操作認証コードを教える。一機でもいいからこちらの援護に回せ」

それはつまり、ドローンの操縦を任せるということだ。

『あら。私、期待されているのかしら』

楽しげな声をあげたエレオノーラに、高上の部下から渡された止血テープを傷の上から貼りながら史狼が唸り声をあげる。

「階段はどうなってる」

その時、エレベーターホールの右奥へ続く廊下の方から銃声が響いた。

北海警備の工作員が非常階段のロックを外すか、扉を破壊するかしたのだ。

『聞いての通りよ。エレベーターが使えなくなった以上、敵の侵入経路は非常階段に集約されるわ。移動してちょうだい』

「諦めの悪い野郎どもめが」

苛立たしげな舌打ちをする史狼をよそに、高上がC-4つきのエレベーターを階下へ下ろす。一度メディカルセンターの中へ入り、高上はナナシに声をかけた。

「我々は階段側から入ってくる敵の制圧に取りかかる。エレベーターからの侵入はもうないが、念のため一人置いて行くから安心しろ」

恐る恐るバリケードの中から顔を出したナナシは、エレベーターホールから聞こえる爆音に驚いた顔をした。

「……わかった、が」

ナナシはバリケードの外を警戒し続けている警備員を示して口を開いた。

「ここはこの人一人でいい。あと、おれが那智かわからない状態では無理かもしれないが、銃を置いて行ってくれないか」

高上は一瞬言葉に詰まった。

敵が何人いるか、正確な数が不明な現在は戦闘要員は一人でも欲しい。ナナシが一人でいいと言うのはそれを理解しているからであり、自分が銃を使えるはずだという認識もあるからだろう。

彼が仮に那智ではないにしろ、損耗人員の一人には違いない。高上は頷くとM4A1を一挺ナナシに手渡した。

「無理はするなよ」

渇ききった唇を噛んでナナシが受け取る。

センサーリンクがある以上、これで護身はできるはずだ。部下を振り返り、高上は自身にも気合を入れるように声を張り上げた。

「よし、非常階段から侵入する敵を殲滅する。警察の到着までに終わらせるぞ!」

「了解!」

すぐそばで警備兵たちに大声を出され、無痛パッチを貼りながら史狼が面倒そうに舌打ちした。

7月21日、一部変更しました。

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