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2 兄の決意

 瞑夜と俺が住んでいる家は、都心から少し南に離れた郊外にある静かな住宅街に建っている。

 クリームを煮詰めたような色合いの外壁や縦に伸びた楕円の窓枠、それにヴィクトリア調の黒い格子がどこか中世を思わせる。きちんと手入れされたアーチのかかった洋風の庭、窓を開ければ縦ロールとドレスに身を包んだ少女が出てきそうな雰囲気の、まるで洋館のような家だ。

 これらは瞑夜の母の趣味で建てられたのだが、その母は現在ヨーロッパで鬼のように仕事をしている。

 本人は少女乙女趣味なのに実際やっていることは会社経営。有能な部下に恵まれているが商談取引から伝票管理まで自ら手を下す鬼経営をしている。


「いい天気だなぁ」


 窓からは、ドレスに身を包んだ少女ではなく、朝食を食べ終え一息ついた瞑夜が顔を出した。お肌はつやつやである。昨晩の“遊び”には満足したらしい。


「そうだな……いい、天気だな……」


 適当な相槌を返す俺に瞑夜が面白そうに半笑いでこちらを見てくる。


「なに、どしたの」

「母さん、俺はダメなやつです。弟分である瞑夜にどうしても、流されてしまう……。俺は、もっと兄貴っぽくなりたい。弟が頼りにするような立派な兄に!」

「いや、何言ってるの。晧暎はちゃんと兄っていう設定でしょ?」

「設定とか言うなぁっ!」


 涙を滲ませる、設定:兄。


「決めた。俺はこれから心を鬼にする。瞑夜がどれだけわがままを言っても、俺は鬼だ。母さんを見習って、俺は鬼になる!」


 どうやら鬼兄になる決心をしたらしい設定:鬼兄(自称)を、まばたきをしながら見つめる瞑夜。


「そう、まあ、がんばって……?」


 俺の突然の鬼兄化宣言に戸惑いつつも、エールを送る瞑夜。

 

「ということで、瞑夜。まず手始めに、今日はお前の買い食いスキルを叩き直すことにする!」 

「先に言っておくけど、それ、たぶん治らない」

「いいや、底なしのお前の食欲を! 俺が正してやる!」


 母の留守中、瞑夜の食事管理を任されているのは俺だ。育ち盛りの年頃だ、栄養管理はもちろん、過剰な食事、過度の食事制限もさせるわけにはいかない。

 瞑夜の場合は特に摂取過多に注しなければならない。美味しいものに目がなく、食べるという目的があれば手段を選ばない潔さもある。

 外に出ればたいていどこからかいただきものを下げて帰ってくる。それは、商店街のおばちゃんがくれる熱々の揚げたてコロッケだったり、イベント配布の新発売のドリンクだったり、ご近所さんからのお裾分けの煮物であったりするのだが、外出した瞑夜が手ぶらで帰ってくることはまずない。


 瞑夜と暮らし始めてからもうすぐ2年が経つ。


 初めてこの家に来たとき、瞑夜はまだ13歳、俺は15歳だった。

 月日が経つのは早いというけれど、俺にとってはのんびりとした幸せな日々だった。

 

 飛び級で進級した瞑夜は、13歳にして大学に通っていた。キャンパスライフを楽しむ瞑夜を傍で支える俺は、それだけで満足していた。母さんの残した家の中で、炊事洗濯をして瞑夜の帰りを待つ。瞑夜の生活に不便がないようにする。それで良かった。

 それは、そうなるように作られていたからだ。それだけをする、人形(ドール)として、俺は存在していた。

 

「晧暎。外に、出てみる?」


 ある日、瞑夜がそんなことを言った。別に外に出る必要は感じなかったけれど、瞑夜と出かけることに興味がわいた。

 瞑夜が大学を卒業してからも平穏な日々が続いていたのに、きっと、あの頃から少しづつ何かが変わっていった。


「瞑夜、久しぶりだな! 元気にしていたか?」


 学生時代の旧友に合えば、瞑夜は楽しそうに思い出話をする。俺の知らない瞑夜の顔。


「瞑夜くん、今度また一緒にランチ行こうよ!」


 瞑夜の元恋人が親しそうに笑う。それに応える、瞑夜。俺の知らない、顔。

 知らない瞑夜の顔を見る度に、胸にかかるもやっとした陰りが増していく。自分の感情がわからなくて、気分が悪くなる。

 それでも俺は、もっと瞑夜のことを知りたいと思った。俺が作ったご飯を美味しそうに食べる瞑夜のことを、瞑夜のもっといろいろな顔を、知りたいと思った。

 それからまた月日が流れて、瞑夜と俺はずっとふたり暮らしを続けている。

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