9 地下都市の太陽
「さあ、食べて食べて!」
テンネがお盆にたくさんの料理を載せて運んでくる。ほわほわと湯気の立つシチューを、二人は夢中になって口に入れた。
「この宿ね、ポルおばさんが一人でやってるの。あたしはそのお手伝い。今おばさんは二人の部屋の用意をしているところね、食べ終わったら私がまた案内するわ。」
「ありがとう、これ、すっごくおいしい!」
トーマは興奮気味にそう叫び、ミトは口をきく時間も惜しいというようにふかふかのパンを口に突っ込んだ。食後のアイスクリームまで食べ終わると、テンネは三階にある二人部屋に二人を案内した。狭いながらも小奇麗で落ち着く内装に、二人はふう、とひと心地着く。
明日の朝食の時間だけ告げて、テンネは部屋から出ていった。二人はシャワーを浴びてから、机を挟み向かい合って座って地図とコンパスを広げた。。
「ねえミト。僕らはあといくつ星を巡るの?」
トーマが尋ねる。
「あと3つだ」
「あと3つかあ、今いる星は入れて?」
「入れないで、だ。エイデンに比較的近くて影響を与え合うことができると考えられ、尚且つ生物の存在が確認されている星は全部で5つ。ちなみに、俺たちの星でアンドロイドの性能が一気に向上したのはこの星と交易を始めてからだな」
「そうなんだ。他所の星とガンガン交易をしてるにしては、随分と用心深いみたいだけどね」
トーマは結局押し付けられたブレスレットを左手に付けていた。税関には満15歳で登録してあるからつける義務はないのだが、トーマ自身この小さなGPSに興味があるのだろう。
「もともとお互いに科学の発展した星同士だったけど、350年前の大災害の時にこの星はほぼすべての技術を失った。そこでエイデンがこの星に人工知能や回路なんかの情報を持った科学者を派遣して、技術をまた一から広めたそうだ。その技術をもとに復興を遂げたアジサ星は、今ではアンドロイド研究のメッカなんて呼ばれている。エイデンの公式記録では、それ以来友好的な関係を築いているらしい。今はこの星と俺たちの星では、アンドロイドの性能はトントンってところだな」
「すごいね、たった350年でそんなに復興したんだ。この星では、何を調べるの?」
「まず、自然災害の正体について。俺たちの星には巨大隕石としか伝えられていないが、本当のところいつ、何があってどのくらいの期間でどうなったのかを知る。技術の発展にはどのくらいの期間が必要なのかも、知ることができるしな。それは、この地下街の博物館や図書館で事足りるだろう」
「ふうん、その辺はミトが得意そうだね」
「お前もやるんだよ。次に、俺たちの星との交流記録だな。ひょっとしたら400年以上前から交流があって、俺たちの星では秘密にされているような情報が残ってるかもしれない」
「それ、調べられたらすごいけど、どうやるの?まさか町の図書館にはないだろう?」
「しばらくこの星に留まって、様子を探ってみよう。宿も見つかったことだしな」
二人は相談しながら、いつの間にか眠ってしまった。ふかふかの布団からは太陽の匂いがして、なるほどこんなものまで再現できるのかと、ミトは夢うつつに感心した。
「大規模災害の発端は隕石だけど、それだけが原因じゃないみたいだね」
分厚い本を捲りながら、トーマは囁く。
「隕石落下、その衝撃での海の蒸発、海底火山の隆起と活発化…すごいや、隕石ひとつでここまで被害が出るんだ」
「ガスの成分は、隕石から出たものと火山ガスとが混ざって反応したもののようだな。なるほど、これじゃあ対応は難しい」
ミトは首をぐるぐると回して、再びコンピュータと向き合う。技術貿易が活発なおかげで、この星のコンピュータは自分の星のものと似ていて使いやすい。
「これだけの被害が出で、その調査で科学者や技術者が死んじゃって、地下に潜って立て直して、かあ。気が遠くなるような話だけど、現にこの星はこれだけ栄えてるんだもんね、すごいや」
トーマは感心してページをめくり、でもさ、と続けた。
「この星は、僕たちの星の援助があって地下での復興を遂げた、ってことになって
るけど、そこから貿易産業になるほどアンドロイド技術が発展したなんて、ちょっとすごすぎない?僕たちの星の援助があってやっと人が住めるようになったってのに、そこからわずか数百年で僕たちの星にアンドロイド技術を輸出できるほどに成長したっていうの?」
「…そこなんだよな」
ミトは頭を掻いた。確かに、この星の科学技術の発展は『復興のための努力』という言葉では足りないほどすさまじい。エイデンの技術を基にしているから機械類の仕組み自体はよく似ているし、お互いに技術の貿易もできる。しかし、革新的な試みをしたり新しい技術を開発したりするのは今もこの星だ。
エイデンのアンドロイドは、その技術を金で買って繁栄している。今や科学水準はアジサ星に追い抜かれてしまっていると言っていい。
「もう調べるのは十分だな、明日辺り、この星のアンドロイドの研究所を尋ねてみよう。この星ではアンドロイドの研究は星を挙げての産業だから、一般人の見学も歓迎しているとテンネから聞いた。突然の訪問も、復興の恩人の星の人間を邪険にしたりもしないだろう」
「やった、それ最高に楽しみだよ。アンドロイド研究のメッカたるこの星の研究所に行けるなんて、あの船を作るために部品のかっぱらいをしていた頃からは想像もつかないね」
トーマは図書館の中という環境を忘れたようにはしゃいだ。ミトはその様子を眺め、当時の自分たちを思い出しながら言った。
「そうか?俺はなんとなく想像してたよ。」
トーマは司書に注意された。ボク、図書館では静かにね。その口ぶりは明らかにトーマを実年齢よりも幼い子供と勘違いしており、トーマは少々機嫌を損ねた。ミトは声を低くして笑った。