3月17日(土) ※※2
挨拶を済ませた後、五分ほど、形通りの受け答えをした。事前に小倉義広は四〇歳で西東京市の市役所職員として働いていると聞いていたので、仕事のやり取りでは特に驚かなかった。
むしろ、写真と本人が違い過ぎて度肝を抜かれた。目元などは変わらないが、他の所には写真の補正が明らかに入って、完全に別人である。紫もお見合い用の写真を撮る際に、写真屋で
「お見合い用ですね。ばっちり補正しておきますね」
と、言われてビックリした。母も慣れたもので、
「いつものように頼みますね」
なんて言っていた。やはり、お見合いなんて、きつねとたぬきの化かし合いなのか…。
「それでは、後は二人で…」
と言いながら、母と向こう側の父が立ち上がる。母からお見合いの流れについて、何度も聞かされていたが、いざ取り残されると内心焦る。一方、小倉義広はどっしりと構えていた。どうやら、もうすでに何回かお見合いをした事があるらしい…。
「これでやっと気楽にお話ができますね。相手の親御さんがいらっしゃると、それだけで気を遣いますよね…」
小倉はそう言うと正座を崩して、あぐらをかいだ。紫も相手に合わせて正座を崩す。小倉はさらにネクタイを少しだけ緩めて、Yシャツの一番上のボタンを外す。紫はちょっとやり過ぎではないかとさえ思ったが、堅苦しいよりかはいくぶんかマシだろう。
「ええ、そうですね。それにしても小倉さんが気さくな方で、本当によかったです。それだけでさっきまでの緊張がいくぶんがほどけました」
「それはよかったです。ところで桜田さん…」
「はい…」
「あなたは四月から新しい仕事の関係で、福岡に行かれると言うのは本当ですか?」
「そうなんですよ。それなのに、お見合いに来て…、ごめんなさい。母がどうしても断れなかったから、母の顔を立てるために顔を出して欲しいと言われまして…。本当にごめんなさい」
小倉は黙って、紫の話を聞いていた。紫の話が終わった後も、しばらく黙っていたため、怒らせてしまったのか…と紫は思った。
「気を悪くさせたなら、本当にごめんなさい。私、帰ります」
「ちょっと、待って下さい。別に怒ってなんかいませんから…。実は、私も桜田さんと同じように父の顔を立てるために、ここに来ました。実は私、まだ結婚願望が無くて…。もう、四〇なんですけどね…、一人でいる方が楽なんですよ。ただ、父はどうにか結婚させたいらしくて、勝手に縁談を持って来るんですよ」
「それは大変ですね。うちの母もおせっかいがひどくて、その気持ち分かりますよ。でも、その好意を頭ごなしに否定できないんです。母は父に先立たれて、私が全てを否定すると、母が寂しい思いをさせるかな…と思って…」
「そうですか…。うちは母がすでに亡くなっていて、その辺りの事情は桜田さんと同じです。まあ、お互いに大変ですね…」
紫は小倉がすでに母を亡くしていて、父しかいないことを初めて知った。片親しかいない事は共通している。やはり、どちらか片方がいないと、残された方は子どものために必死になるのだろうか。
「ところで小倉さんはご兄弟さんがいらっしゃるんですか?」
「ええ、兄と姉がいます。私は末っ子なんですよ。もうすでに兄と姉が結婚しているから、父も焦っているのでしょうね。桜田さんは?」
「私は一人っ子ですよ。だからなのか、今まで自由気ままに好きなようになってきました」
「そうですか…」




