3月3日(土) ☆3☆
それから、ふとんと洗濯物を入れて、外出の準備まで済むと、慌てて家を出た。実家はもより駅の西仙石駅から下りの電車に乗って、約三十分先の荒田山駅の近くにある。
近いから何かあれば、母が来ればいいのに…。母は一度も紫の家に来たことはない。学校の先生と言うのは、何もしなくても生徒が寄って来るので、我が子にもそれを求める傾向が著しいと紫は思っている。
とりあえず、西仙石駅の駅前商店街で、母の大好きなレアチーズケーキを買ってから電車に乗った。
「あら、いらっしゃい。おや、メガネは? コンタクトにしたの? あれほど、コンタクトは合わないって言っていたのに…」
「違うよ…。レーシックにしたんだよ。この前、説明したでしょう?」
「いや、そんなこと聞いてないよ…」
実家へ久々に戻ると、母はメガネをかけていない紫を見て驚いた。紫はそう言えば、レーシックをしてから実家に戻るのは初めてだったことに気付いた。それから、面倒だと思いながらも、レーシックについて一つずつ説明しながら、お土産のレアチーズケーキを冷蔵庫へとしまう。
それから二人は台所のテーブルを囲んで腰をかける。いすを引く音が板張りの床からギーギーと響く。
「なるほどね。じゃあ、今、裸眼で一・二見えるんだ…」
「うん、メガネから解放されて、すごく快適だよ。メガネが無いだけで、こんなにも違うなんて思わなかったよ」
「紫がそんなに言うぐらいだから、本当にいいんでしょうね。ちょっと、母さんもやってみようかな…。もう、近眼と老眼がごっちゃになって、煩わしいったらありゃしないよ…」
「言っとくけど、レーシックって二十万ぐらいかかるからね。そんなに安くないよ…」
「でも、メガネ十個分と思えば、案外簡単に元が取れるんじゃないのかい?」
紫はやっぱり母娘だと思った。レーシックに対する考え方がメガネ十個分というのは、紫と全く同じであった。それから福岡出張や四月からの出向の話をした後、二人で夕食を食べた。
この日の夕食は炊き込みご飯、豚汁、さばの味噌漬け、温野菜サラダであった。もちろん、全て紫の大好物である。いくつになっても母の料理はおいしくて優しい…。紫は料理があまり得意でないので、おいしい料が作れる母が本当にうらやましかった。
「どう、おいしい?」
「もちろん! 母さんの料理は本当においしいよね…。もう、最高だね!」
「今度、料理教えるから、福岡行く前にまた来なさいよ。料理ができないと新しい男もできないぞ…」
「もう、母さんはいつも一言多いんだから…。わかったよ。また、簡単に作れて、見栄えのいい料理を教えてね」
それから、二人でデザートのレアチーズケーキを食べた後、一緒に後片付けをする。食後は見合い話について、たくさんのお見合い写真を見ながら、ああでもない、こうでもない…と言いながら、夜遅くまで、二人で話し込んだ。
それにしても、見合い写真と言うのはどうして変に着飾って、変に格好つけたポーズをしているのだろうか…。どの写真からも結婚に対するがっつきが強く出過ぎていて、紫はただびっくりさせられていた。




