2月26日(日) →1
「桜田さん、紫って名前、変わっていますよね…。何か特別な意味でもあるんですか?」
「いや、特にないと思いますけど…。うちの親、高校美術と国語の教員なんですよ。で、父が『憂いの青と情熱の赤を混ぜた色である紫』と言う意味を、母が源氏物語に出てくる紫の上にあやかってつけたと言っていました…」
「へえ〜、それはいいですね。私なんか、両親がドリカム好きだから、美和と名付けたと言っていましたよ。もっと、名前には意味付けが欲しいですよね…」
寒さが緩んだ朝、稲森が運転する車の助手席に紫は座っている。福岡出張二回目の休みとなったこの日、紫の新居を決めるために稲森が車を出してくれた。車の中でなぜか、お互いの名前の話になった。確かに紫の名前は珍しい。紫自身、同じ名前の人に今だかつて会ったことがない。
「ところで桜田さんのご両親は、まだ現役なんですか?」
「まさか…。もう、どちらも定年を過ぎていますよ。それに父親はもう亡くなっていますから…」
「そうですか…。なんか、ごめんなさい…」
「いや、別にいいですよ…。ところで、稲森さんの所はどうですか?」
「私の父はしがないサラリーマンで、母は専業主婦ですよ。ま、まだありがたいことに、どっちも生きています…」
「そうですか。なるほど…」
もっと、他にも話題があっただろうに、なぜか次はお互いの両親についての話になった。名前の話題からだから、自然な流れと言えば、自然な流れではあるが…。そろそろ、本題に入ろうかな…。
「ところで、稲森さん、新居を構えるなら、どの辺りがお勧めですか?」
「今、私、七隈と言う福岡大学の近くに住んでいるんですけど、地下鉄は通っているし、バスの便も多いし、スーパーや食堂もたくさんあるし、とても便利なんですよ。それでいて、夜は静かです。もしよければ、桜田さんもこの付近、どうですか? もうすでに知り合いの不動産屋に話をつけてありますから、とりあえず案内してもらいましょう」
「稲森さん、悪いですね。朝からホテルまで迎えに来てもらった上に、不動産屋の手配までして下さるとは…。本当にありがとうございます」
「いや、いいんですよ。菅谷さんがいなくなってから、女性は私一人になり、実を言うと寂しかったんです。そこに桜田さんがいらっしゃったのですから、私は嬉しいんですよ。だから、桜田さんのためなら何でもやりますよ」
「……」
「そう言えば、桜田さん、おいくつなんですか? 多分、私より年上ですよね。私、今年で三〇になりますけど…」
「私は今、三二ですよ。だから…、二つ年が違うってことですね」
「桜田さん、これから紫さんとお呼びしてもいいですか?」
「いいですよ。じゃあ、私もこれからは美和さんと呼びますね」




