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焼けくそレーシック  作者: あまやま 想
第2章 変化
33/150

2月10日(金) ★2

 突然、部長の顔が赤くなった。それから部長は立ち上がって、奥の机にあるペットボトルのお茶を軽く飲む。そして、再び応接間に戻って来た。


「ああ、申し訳ない…。出向先が決まったので、それを伝えようと思ったのですが…。ただ伝えるだけでは、なんか味気ないと思いましてね…」


 いやいや、相手に伝わらなければ、どんなこった演出も表現も無駄である。仮にも出版業に携わっているんだから、それぐらいは分かってもらいたいものである。部長にそう言えたら、どんなにいいことかと紫は密かに思った。


「せっかく、部長が気を遣って下さったというのに、なんか申し訳ありません…。今度、暇があったら、ワンピースを読んでみます」


 ああ、嫌だ。嫌だ。なんで、心にも思っていないことを言わないといけないのか…。部下に余計な気を遣わせる上司はいかがなものだろうか…。


「さて、出向先の件ですが、福岡のビオランテ出版に行ってもらうことになりました。そこでは、今までの経験を生かして総務主任を担当してもらう予定です。そうは言ってもここと違って、全社員が十名しかいませんし、総務はあなたしかいません。一応、前任者からの引き継ぎもありますが、先方の希望で三月までに引き継ぎを完了させたいそうです。なので、二月十六日から二週間ほど、出張で福岡へ行ってもらいます。ここまでで、何か質問はありますか?」


 ビオランテ出版? 全く聞いたことがない。まあ、エスペランサ出版でさえ、本社は東京にあるものの、大手から完全に圧倒されている弱小出版に過ぎない。関東一円を対象にしたタウン誌をいくつか出しているだけで、やっていることは地方の中小出版と全く変わらない。そこで全国のタウン誌を出す出版社でタウン誌出版連合会を作り、お互いに助け合うシステムを作っているらしい。


 人事交換もしばしば行われている。特にエスペランサ出版は本社位置と規模の大きさから、割と多くの出向と出向受け入れをする。ただ、その多くは企画、制作、編集関係者であり、営業や総務、人事からはまれであった。これまで紫は十年間も総務課にいたが、社外からの出入りは全く聞いたことがなかった。


「何も無いなら、説明は終わりますが、よろしいですか?」


「あ、いや…、ちょっと予想外だったのもですから、びっくりしてしまいまして…」


「何を言っているんだ。こっちとしては桜田さんの希望を最大限に考慮したんですよ。ぜひとも、ビオランテ出版で頑張ってもらわないと困りますよ…」


「そ、そうですね…。ありがとうございました」


 そう言って、紫は立ち上がり、やや急ぎ足で人事部長室を後にした。なんと、部長の無駄話で十分もかかってしまった。

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