2月10日(金) ★3
「へえ、福岡のビオランテ出版に行くことが決まったんだね。よかったね。希望通りになって…」
「陽美、ビオランテ出版を知っているの?」
昼休み、紫はいつものように社員食堂で陽美と二人で昼食を食べていた。この日は冬型の気圧配置が強まったのか、北風がすごかった。空も曇っていて、町中が灰色に包まれている。今にも雪でも振り出しそうな感じ…。
「エスペランサ出版って、タウン誌出版連合会の事務局になっているの。だから、ここの社長が会長を兼任するし、人事部長が事務局長を兼任している。そして、今まで私がその事務の仕事を担当していたからね…」
「えっ、マジで…。知らなかった…」
「いやいや、紫、あんた、私の隣の席でしょう…。もう、関心の無いことには全く興味を示さないんだから…。ちょっとは周りにも関心を持とうよ…」
陽美は紫にあきれていた。まあ、いつものことではあるが、陽美は仕事のことだったら、少しぐらい関心を持っているだろうと思っていたのだ。
「で、ビオランテ出版って、どんな感じなの?」
「いや、直接は知らないし…。ただ、データの上ではタウン誌『月刊HAKATA』の売れ行きが手堅い上、九州管内の学習問題集の作成・販売にも力を入れているらしいよ」
「なるほど…。だから、この出版不況でも強いのか…。うちも学習書籍に少しでも手を出しておけばよかったのに…」
「関東はすでに東京書籍とか数研とかの大手が学習書籍を押さえているからね…。無理だよ…」
いくら、少子化が進んでいるとは言え、このご時世、学習書籍は毎年四月に安定した収入を約束してくれる。言わば、出版界の打ち出の小槌のようなものであった。
「あ、話は変わるけど、紫、ちょっと、私の目を見て…」
「ちょっと、どうしたの? 見つめ合ったら照れるし…。えっ! ちょっと、陽美って一重だったよね?」
「あ、さすがに気付きましたか…。よかった。紫に少しでも関心を持ってもらえて…」
「ちょっと…、それは言い過ぎなんじゃない? まさか、プチ整形したの?」
「そうなのよ。なんか、レーシックだけじゃ、物足りなくなって…。思い切って、二重にしてもらったの…」
紫はまさか陽美がそんなことをするとは思っていなかった。だから、どう言う反応をしたらいいのか、思いあぐねている。かつて、メガネをかけていて、少し内気な印象を受けた陽美からは、想像もつかない大変化である。やはり、結婚にむけて、少しでもきれいに見せたいと言う気持ちが強いのだろうか…。
「外見を磨くのも大切だけど、中身を磨くことも大切なんじゃないかな…。なん
か、陽美がどんどん変わっていくから、戸惑っちゃうよ…」
「もう、紫は古いんだから…。確かにそれも一理ある。でも、どんなに中身を磨いても、見た目が悪ければ、誰も内側の輝きには気付いてくれないんだよ。それに外見を磨くことが己の自信につながるなら、整形も悪くないと思うけど…。ただ、整形をすることで罪悪感や喪失感を受けるなら止めた方がいいかな…。うちの相方は納得してくれたけどな…」
「そう言う考え方もあるのか…。なんか面白いな…」
紫は陽美の考え方に衝撃を受ける。同時に本来は生まれながらに備わっている物であったり、内に秘めた物を引き出したりするためであれば、整形も悪くないかもしれないとも感じるようになった。レーシック手術を受けたことで、紫の世界観が少しずつ揺れ動かされていた。




