1月23日(月) ※1
朝、目覚ましの音で起きると目の回りに違和感があり、視界が何かに遮られていた。紫はまさかレーシック手術に失敗したのか…と驚いた。いや、そんなことはなかった。ただ、寝ぼけていただけである。寝る前に女医に言われた通り、目を覆う丸くて透明なプラスチックを付けていたのを思い出す。
目を覆うモノを瞳に触れないようにやさしく外した。すると、まだ少し白いもやがかかっているものの、メガネがなくてもはっきりと見えることに感動した。
それから目をこすらないように気をつけながら、顔や髪を洗う。昨夜はもしものことがあってはいけないと思い、風呂に入ったものの、首から上は洗わなかった。紫はボブカットの髪を急いで洗い、丁寧に乾かす。かつて、小学校の頃、一度だけ髪を腰まで伸ばしたことがあったが、いたずら好きな男の子に髪を引っ張られて、痛い思いをして以来、肩より下に髪を伸ばしたことはない。何より、髪の長さはこれぐらいの方が手入れしやすい。
休日と違って、平日の朝は忙しい。この日は朝から髪を洗ったのだ。いつもよりもさらに時間がなかった。こんな日は食パンを焼く暇もない。こんな時のために買ってあるウェダーインゼリーを飲んで、急いで身支度を済ませてから家を出た。それから自転車でもよりの駅まで飛ばす。駅に着いたら、すし詰めの電車に乗る。休日のゆったりとした電車が夢のようだ。月曜の朝は特に満員電車の密度が増すし、週明けで体がなまっていて、本当につらかった。
会社に着くと、いつものように自分の席に紫は着いた。すると、総務一班の連中のほとんどが紫の顔を食い入るように見て来た。まるで別人を見るような目つきで…。メガネが無くなっただけと言うのに、そんなに印象が変わるとでも言うのだろうか?
「桜田君、メガネを外した君も新鮮で素敵だね。コンタクトにしたのかね…」
大泉班長が珍しく声をかけて来たほどである。大泉は総務課室の外で声をかけることはあっても、部屋の中では仕事以外の話はしない人であった。それに反応して、二班や三班の連中までが紫に注目する。
「大泉さん、コンタクトは違うだろう。桜田さん、あれだろう。コンタクトじゃなくて、今流行の…。あれっ、何だっけ…。もう、歳を取ると名前が出てこなくていかんな…」
「上床班長、レーシックですよ。私、思い切って、レーシック手術をやってきました」
となりの二班班長まで会話に加わって来た。実に珍しいことである。総務課で班をまたいで会話をすることは滅多にない。珍しいことは続くもので…、
「ほう、それはどんな心境の変化ですか? 桜田さん…」
大芝課長まで入って来た。これにはさすがに総務課の全員が驚かされた。課長はもともと人事課出身で、課内では浮いており、仕事以外のことで他の人と会話することなどまずない。その課長が会話に加わるなんて…。クララが立ったぐらいの衝撃である…。
「いや、何かと最近悪いことが続くものですから…、仕切り直しに思い切ったことをしてみました。まあ、清水の舞台から飛び降りて、生まれ変わったような気分ですね」
あえて、水戸あおいが嫌がりそうなことを言ってみる。水戸あおいの表情が一瞬崩れたのを紫は見逃さなかった。それを見て、大泉と陽美がニヤッとしているので、思わず吹き出しそうになる。




