夜行 その3
「やれやれ、お前達の組織の者達より使えるんじゃないのか彼らは」言う彼女の拘束着は破れ、肌のあちこちから出血していた。
「いやいや、お前の肌に同胞達が刻み込んだ呪法のおかげさ、しかし私もまさかここまでとは思わなかったよ、恐るべし極東の国ジャパンだな」言って捕獲用の網の中に捕らわれた彼女に愛用の拳銃を向ける。
「ふん、捕獲した十と六匹の生態部品を使った捕縛用の術式に近代兵器を加えたものだ、たかだか吸血鬼ごときに遅れをとるわけがない」不機嫌そうにその組織の禿頭が答える。
「それは、失敬、では、シェリル、覚悟したまえ」銃声が響き、彼女の不死性を奪うはずのその聖別された(ぎんの)弾丸は彼女に届かなかった。
「やれやれ、会った時以上にボロボロだな」その青年は、いかにも面倒くさげに、彼女をその腕の中に抱えて言った。
「いやいや、アタシもまさかこの年齢になってお姫様ダッコされるとは思っていなかった」その腕の中からするりと抜け出て自身の足で立つと彼女は彼をかばうようにして立つ。「不覚にも、ちょっと感動しちゃったかな、ありがとうよ。でも、あとは大人の時間だよ、坊や、痴話喧嘩に他人がとやかく口出すものじゃないだろう」
「邪魔だてするなら、容赦はせんぞ、小僧」男は自身の見せ場を奪った青年を見て言う。しかし、青年は揺るがなかった。
「拾った野良猫が自分の知らないところで死んで、翌朝その死体を見つける。そういうのは、好きじゃぁないんだ」真っ直ぐに男を見返し青年はため息をつくかのようにそう言った。
「ならば、容赦はしない」声と放たれた弾丸に容赦も躊躇もなかった。しかし、弾丸は彼らにかすりもしなかった。
それは、奇妙な光景だった。彼らの目の前、シェリルが、その銃弾になんらかの対処をしようとした。その目の前で、銃弾が受け止められていた。小さな人形に、大きさにして約三十センチ弱の玩具の人形が構えるシンバルに受け止められていた。
「なっ!?」驚愕は至極当然のものであっただろう。常に彼らの戦場にある者達にとってさえ、それは不条理な喜劇じみた光景だった。
「玩具の楽隊」ぼそりと呟くように言った彼の目の前に、玩具の楽隊が整列する。冗談のようにそれぞれの楽器を構え彼らを護るように立ちふさがる。
「準備おっけーです。源十郎様、って、ちょっとくっつきすぎですよシェリルっ!!」その背後からやたらと彼女には不釣り合いな行李を背負った少女が姿を現す。
「いやいや、会った時からただ者じゃぁないとは思っていたけど、改めて自己紹介とかはしてくれるとお姉さんは嬉しいかな」
「”人形師”源十郎」さらに彼女を護るように再度身体を入れ替え、ぼそりと男は呟いた。
「同じく、形無しの神無、参ります、ってさっさと源十郎様から離れなさい、シェリルっ!!」変わらず少女の緊張感の無い声が響く。
「え〜、か弱い乙女としては、ちょっと護ってもらうヒロインとかいう役どころにあこがれちゃったりとか〜」
「随分と余裕だが、たかが人形師風情、我らの敵ではない」未だ数の上での優位が覆らない者達が言う。
「では、その人形師風情の実力、味わってもらおうか、演奏開始」ぼそりと呟かれた声に応じて、玩具の楽隊は目の前の敵目がけて殺到した。それは、喜劇じみた光景だった。大の大人達が、あるものはシンバルを抱えた猿に打ちのめされ、フルートを構える兎に追い回される。
しかし、追い回される当人達にとっては、ソレは笑い事ではすまされない。人間よりも小さい的が、自分達以上のスピードを持って動き回るのだ。そして、散逸的に行われる反撃の全てをその玩具達は、余裕を持ってかわすのだ。いくら喜劇的に見えようと、それは当人達にとって悪夢には違いなかった。そして予定通り、彼らは追い立てられていった。
「やれやれ、なんとかなったか」呟く彼を横合いからの強い力が突き飛ばし、件の人物は頭を押さえつつ「あ、ぅ〜、痛いです」とか言いつつ立ち上がった。
「やれやれ、貴様も人外か? つくづくこの国は人を馬鹿にしてくれるな」言って消炎たなびく回転式拳銃を手に、先ほどまでまで事態の傍観をしていた男が立ち上がる。
「貴様、それをしてしまったら、狩人ではなく、ただの人殺しだぞ」視線が交錯し、男はその場に背を向けた。「それでは、今宵はお暇するとしようか」
「容認するとでも?」
「するさ、なにせ貴様は心優しき吸血鬼だからな、背を向ける相手に牙を向けることはないだろう、さ」
「…」
「それに、あいつらのような喜劇を演じる気はない。見かけはばかばかしいが、実によく出来た兵器だよ、あれは、…今は機を見誤った。次に会うときはもっともっと君達のことをよく調べてからだよ、源十郎君」言って男は立ち去った。




