夜行 その1
「キャー、ちょっと待って、そこダメ、ダメってばぁ、いぃ、やぁ〜〜」騒々しい声の主は少女のものだった。少女の視線のその先では、画面の中で彼女の操る兎耳の格闘少女キャラが窮地に立たされていた。
そこに「ほいっ、とな」と妙に嬉しそうな声がして、画面にYOU WIN!!の文字が誇らしげに躍る。
「……まだ、です、まだ決着は着いていません、まだ他に貴女に勝てるゲームがあるはずです」その少女の声には、疲労と負け犬の惨めさが滲み出ていた。
話は少し前に遡る。「勝負ですっ!!」と言い放った少女に無造作に2P用のコントローラが投げ渡された。「え、ええっ!?」困惑する少女をよそに対戦が始まった。そして、「格闘ゲームもレースゲームもアタシの全戦全勝だけど、他に対戦できるのなんてあんのぉ?」という現在に至る。
「ううっ、無い…です。…って言うかなんで貴女と仲良く対戦ゲームなんてやって慣れ(じゃれ)あっているんですか私はっ、そもそもの目的は源十郎様を誑かすっていうか、なんか騒動の原因となりそうな貴女を強制排除するハズだったのに、おかしいですっ!!」とか言いつつも、連戦連敗したのがショックなのか少女は未だ俯き肩を震わせている。
対する彼女の方はと言えば、脱力した格好のまま「いや〜、あんたが勝負ですとか言うからてっきり、対戦かと…、それにこっちの方が平和的だろ」と確信犯的な微笑みを浮かべていた。
それは、居心地の良いぬるま湯だった。かつては彼女もこの中に、それも当たり前のようにそれを享受していた。そして、あまりにもここは居心地が良すぎた。だから、あと一日あと一日と祈るように過ごすうちに、去るタイミングを逃してしまっていた。
その精算をするかのように、崩壊は、いつも唐突にやってくる。
それは、微かなサインだった。しかし彼女が気づくには十分すぎる呼び出しだった。いつもならそれに気づく前に逃げ出す。そうしなかったのは、彼らがいたからだった。彼女に関わった者達への彼らの仕打ちを知っていたからだった。
「…そうだな、確かにここは居心地が良すぎた、だけど、そろそろお別れの時間だな」言って彼女は立ち上がる。現れた時と同様、唐突に、彼女は彼らの目の前から立ち去った。
「…行ったか」その場に特にどうと言うこともなく青年は現れる。その手には、ひょこひょこと動く紙人形が乗っていた。
「ええっと、まさかとは思いますけど、首突っ込むとか、言いませんよね源十郎様?」
「ふむ、”人形師”としてはいささか場違いだが、な」




