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微睡/黎明

 夜の闇の中、その漆黒の中にあってさえ、自らの色彩を放つ自慢の黄金の髪を寝床に、彼女は物思いにふける。


 いつまでこんな生活ことが続くのかと、…決まっている。自分か敵か、そのどちらかが消えるまでだ。


 彼女のまとう黒い拘束着は、その爪痕を示すようにあちこちが破れ、その身のいたる所には大小様々な傷が刻み込まれていた。奇妙な事に、その傷は全てが十字になるように執念深く刻みつけられていた。


 明けに近づく夜空を見上げ、そして、けだるげに身体を動かすと、ポケットをまさぐり最近はやりの携帯ゲーム機を取り出す。そして自身の残りの時間をそれに費やすことにした。好きな時に好きなように、それが彼女の生き方スタイルだ。


 世界は彼女に優しくは無かった。



−黎明− 



 ”人形師” 能登のと 源十郎げんじゅうろうの朝は早い。爺臭ジジクサいだの貧乏性だのと言われるが、”人形師”として幼い頃より身についた習慣はそうそう抜けるものでもない。それに彼は この朝の静謐な雰囲気が嫌いではなかった。


 不意に、その静寂を破る奇妙な音がした。それは、どこか間が抜けていながら、残酷な現実をつきつけるかのような電子音だった。


 崩壊は一瞬、件の人物は、瓦礫の山とともに目の前に現れた。それは、黄金の髪をその身にまとった美女だった。

 

「ふむ、訪問はできれば玄関からにしてもらいたいものだな」呟き、子細にそれを眺めやる。漆黒の拘束着に身を包んだ黄金の髪の下では、エルフのように尖る耳が、その艶めかしい真紅の唇から覗く、人にしては発達しすぎた犬歯が、その存在が明確に人間ひととは違う事を自己主張していた。


 身に纏う黒い拘束着のあちこちは破れ、そこから覗く白い肌には、そこかしこに裂傷キズが見受けられる。そして、その陶磁のような白い肌は、けして朝とは呼べない日の光の中で、熱を持ち初めているようだった。

 

 その二人の間に先ほどの間の抜けた電子音が響いた。それは、よく聞けばわりと聞き慣れた音だった。確か、最近子供達の間で流行はやりのゲームのGAME OVER音だったかな、と思った時には、彼女が自身かれを見ていた。


 その赤い瞳で、彼女は彼を捉えていた。目の前に見えるのはどこか凡庸な青年だった。長身痩躯、男にしては長い髪の毛をうざったそうに後ろで一括りにし、紺の作務衣さむえとか言ったか、日本独特の服を着て、その野暮ったい丸眼鏡の奥にある瞳で、ただ真っ直ぐに彼女を見ていた。

 

『眠れ』一言じゅもんを自身の邪眼にのせて言い放つ。それで事足りるはずだった。普通いつもならば、しかし、件の人物は、「…ふぅむ」と、なかば気怠げに呟くと、いかにもやる気なさげに彼女とともに崩落してきた天井を見上げると、無造作おもむろに、何かを彼女の方に放り投げた。普段の彼女なら何なくその物体を受け止められただろうが、生憎それは今の彼女が受け止めるには重量おもさがありすぎた。


『世界雑学辞典』と書かれた背表紙を弱った力でかろうじて受け止めた彼女の側で声が聞こえる。それはいかにもやる気がないといわんばかりの気怠げな声で『言葉を返す』と、一言。それぎり彼女の意識は混迷やみの中に落ちていった。


 彼はそれを眺めていた、子細に、舐めるように、朝の光の中でそれは異質な存在だった。黒の拘束着に身を包んだ金髪の美女、それだけでも異様なのに、その病的な白さを持つ肌は、朝の光の中で、熱を持ち始めていた。ほろほろとほろほろとその皮膚の表面が剥がれ落ちては再生を繰り返すその異常な光景に対し、

”人形師”能登 源十郎は、諦めたようなため息を一つ、黙って、彼女に光を遮るためのものを掛けてやった。


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