魔女の願い、世界の未来
アルフレドが逝ってから、どれほどの月日が流れただろうか。
私は今、かつての王宮の庭園を見下ろす高台に立っている。王宮は博物館となり、歴史の一部として静かに佇んでいる。かつてあの廊下で剣を鳴らしていた近衛兵の姿はなく、そこには穏やかな笑顔で談笑する市井の人々の姿があった。
「ねえ、アルフレド。この景色、どう思う?」
誰もいない隣に向かって、私は話しかける。風が木々を揺らし、心地よい葉擦れの音が返事の代わりに聞こえた気がした。
私の心には、今もアルフレドとの日々が鮮明に息づいている。
彼が初めて私の魔法に目を剥いたこと、二人で食べた夕食の味、嫉妬で真っ赤になっていた顔、そして最期に交わした約束。
アルフレドを失った当初、私は自分が壊れてしまうのではないかと思った。永遠を生きる魔女にとって、たった数十年の愛など、瞬きのようなものだと教えられていたから。
けれど、それは間違いだった。
私の中に残ったのは「喪失感」ではなく、彼が宮廷に植え付けた「誠実さ」という種が、今もこうして花開いているという確信だ。私が彼を愛したことで、彼は強くなり、彼が私を愛したことで、私は世界を愛せるようになった。
私という「魔女」の物語は、彼という「人間」の物語と混ざり合い、歴史の教科書には載らないけれど、確かにこの国の礎となった。
「私はもう、森には帰らないわ」
私はふと、自分の掌を見つめた。かつてのように、小さな魔法で何かを飾ることはもうしない。けれど、人々の心に寄り添い、迷える者がいればそっと背中を押す。そんな「魔法」は、この街の至る所に根付いている。
ある若い騎士が、庭園のベンチで、当時のアルフレドのように胃薬を片手に深く悩んでいるのが見えた。
私はそっと歩み寄り、彼に声をかける。
「ねえ、そんなに肩肘張らなくてもいいのよ。……時には、空を見上げて窓を開けてごらんなさい。きっと、良い風が吹くわ」
青年は不思議そうに私を見上げたが、私の微笑みを見て、少しだけ緊張を解いた。
「……ありがとうございます。少し、気が楽になりました」
彼の去り際に、私はほんの小さな、誰にも気づかれないような魔法をかけた。それは、彼が自分らしく、誰かを大切に生きられるようにという、私のささやかな願い。
アルフレド。
あなたは私に、終わりある命の尊さと、誰かを想うことの強さを教えてくれた。
私はこれからも、この街で、あなたの遺した優しさが絶えないように見守り続けていくわ。
夕暮れの光が、街全体をオレンジ色に染めていく。
それは、かつて私たちが時計塔から見た景色と、全く同じ色だった。
「……愛しているわ、アルフレド」
私は独り言ちて、ふわりと笑った。
空には一番星が輝き始めている。それは、どこかで私を見守ってくれている彼の瞳のようだ。
私の新しい「日常」は、これからもずっと続いていく。
――終わりある命と、永遠を生きる魔女の物語は、今、新しい風となってこの世界を吹き抜けている。




