第7話 奪還
山小屋の扉が勢いよく開いた。
吹雪と共に、蒼真達がなだれ込む。
「来た!!」
救護班の声が飛ぶ。
暖気が一気に流れ込み、凍りついた空気がわずかに緩む。
蒼真はそのまま膝をついた。
「……っ」
踏ん張っていた力が、一瞬だけ抜ける。
「貸して!」
麗華がすぐに駆け寄り、背中の救助者を受け取ると、迷いなく処置に入った。
「意識レベル低い、低体温。すぐ温める」
手際が速い。
無駄がない。
周囲も即座に動き出す。
蒼真は、それを確認してからゆっくりと立ち上がった。
「……無事」
小さく呟いたその声に反応したのは麗華だった。
一瞬だけ手を止め、蒼真を見た。
「……何する気」
蒼真はロープの太さを確認しながら、使えそうな物を装備していく。
「行く」
それだけ答えた。
山小屋の空気が張り詰める。
「待ちなさい」
麗華の声が落ちる。
「時間ねぇんだ」
短い言葉。
「蓮が落ちた」
その一言で、全てが麗華には伝わる。
山小屋の空気が一瞬で凍りついた。
誰もが動きを止めてしまった。
麗華の目が、ほんの一瞬だけ揺れたが次の瞬間には、元に戻っていた。
「……位置」
「下、約30~40」
「状態は」
「不明」
麗華はそれ以上何も聞かなかった。
視線を救助者へ戻し、手を動かした。
「……ここは任せて」
それだけ言った。
蒼真は一瞬だけ頷き、背を向けた。
「第二は」
後ろから声が飛ぶ。
既に合流していた第二特務遊撃隊の隊員達と警察消防関係者が、入口付近に立っていた。
「状況は把握しました」
第二特務遊撃隊が蒼真に強い視線を向けた。
まさか俺たちにここに残って搬送優先、隊長見殺しにしろとは言わないよな?と言う視線だ。
「山小屋に残る要救助者は警察、消防に搬送を任せます」
蒼真は一度だけ目を閉じ、息を大きく吸った。
そして、目を開ける。
その目には覚悟の色が宿っていた。
「黎明は滑落した黒瀬を生存前提で回収に向かう!」
一瞬の沈黙が流れた。
警察消防はザワついている。
だが、第一、第二特務遊撃隊だけは違った。
「了解!」
空気が揃っていた。
異論を挟む者などいなかった。
蒼真はロープを握り直し、扉を見据えた。
「行くぞ」
再び外へ出た瞬間、吹雪が容赦なく叩きつけて来る。
さっきまでよりも、明らかにその強さが強くなっている。
視界はさらに悪化していた。
「……クソッ」
小さく吐き捨てる。
「蒼真さん」
奏の声だ。
「俺ら先行きます」
「任せる」
短く返す。
第二の隊員達も動き出す。
連携は早い。
無駄がない。
蒼真は最後尾で進んでいく。
「……ゴホッ」
まだ咳が出る。
喉が焼けて呼吸が荒い。
それでも…蓮を取り戻す。
「位置、ここから南東にズレてる」
白石が蓮のGPSを確認しながら言う。
「斜面を滑落しながら何度も叩きつけられてる可能性がある。多発外傷は確実だ」
白石が小さく舌打ちをした。
「……分かってる」
蒼真の視線は前から動かない。
「目視は無理だな」
雨宮が呟く。
「痕跡を拾うしかない」
「滑落痕拾う」
蒼真が短く言いながら足を踏み出す。
ザッ……
雪が深く、一歩進むごとに沈む。
風が音を消す。
距離感が狂う。
それでも進む。
「……止まって」
隊列の前方で奏が手を上げたのが見えた。
「何か見えたか」
「……いえ」
奏が首を振る。
「風の流れが変わった」
一同が周囲を見る。
吹雪の中。
ほんのわずかに、雪の動きが違う場所が現れた。
「巻き返し…来るぞ…滑落箇所まで急げ!」
蒼真は声を張り上げた。
このままでは蓮の釣り上げ救助も出来なくなるという判断だった。
滑落箇所、GPSの示す場所へ到着したが、崖下の様子は確認出来ない。
「現状確認で俺が降りる。ロープ固定」
蒼真は滑降準備を進める。
不必要な装備を外し、防寒具とハーネスのみ着用し直す。
「雨宮、ロープテンションの指示、奏と第二隊員3名でロープテンション保持、白石と第二残り2名は黒瀬引き上げ後の搬送準備」
冷静にそれぞれの役割を指示していく。
蓮がいない今、実働と指示の両方を自分がするしかない。
そして、滑降準備が整うと蒼真は蓮の元へとゆっくり慎重に降りてゆく。
雪と氷で滑る崖を40m滑降した。
GPSの示した場所に蓮は居なかった。
「……クソッ!」
GPS端末が落下したんだ!と蒼真は辺りを必死に捜索する。
端末から15m程離れたその場所に雪に半分埋もれた蓮が居た。
「……いた」
思わず声が漏れた。
蓮の体は動かない。
蒼真はすぐに膝をついた。
「……蓮」
声を掛けても反応はない。
首元に手を当てる。
冷たい…でも…
「……生きてる」
呼吸は浅く弱いが、確かにある。
蒼真は息を吐くと無線を飛ばした。
「状態、重い」
「意識なし、呼吸浅い」
短く報告する。
『引き上げる、ロープ送る』
白石の声だ。
「無理だ」
だが蒼真は即答した。
『何?』
「足場が持たないうえに…担架広げらんねぇ」
ザザッ……雪が流れ込んできた。
足元が沈む、ここに長居は出来ない。
風の音だけが残る。
『ならどうする』
雨宮から無線が飛んで来た。
蒼真は蓮を見、降りてきた崖を見上げた。
猛吹雪による視界不良、風も勢いを増してくる。
でも…足場と手をかける場所はいくらでも見つかりそうだ。
「……そんなに神様は俺達を嫌ってんのかよ」
はっと蒼真は鼻で笑っていた。
「背負って上がる」
無線から息を飲む音が聞こえた
『正気じゃねぇ!!辞めろ!!」
「正気だ。蓮の装備を外せば重量も減る。なんとか行ける」
『落ちたら終わりなんだぞ!!」
「落ちねぇ」
蒼真の短い声の後、奏が無線を蒼真へ飛ばした。
『……蓮さん…連れて来てください…蒼真さん』
奏の声は震えていた。
10年近く、奏も俺たちを見てきた。
口喧嘩しながら、仲良くねぇと吐き捨てながら、それでも離れる事のなかった俺たち。
奏にとって、俺たちは失いたくない存在のはず。
そんな奏の思いも抱え蒼真は蓮の体を持ち上げた。
ズシッ……
重い。
意識のない人間の体はこんなにも重たいのか…。
手際よく、蓮の装備を外して行き、登攀成功率を上げるために自分の寒冷地仕様の防寒具まで脱ぎ捨てた。ハーネスとロープで背負った蓮と自分を繋ぎ体勢を整える。
1度大きく息を吸い込み、吐き出す。
ーピピッ。
第一、第二へ無線を飛ばす。
「これより、登攀を開始する」
一歩を踏み出し体を引き上げる。
「……ゴホッ!!」
強い咳で喉が焼ける。
視界が滲む。
それでも。
「……落ちねぇ」
自分に言い聞かせるように小さく呟いた。
一歩、また一歩。
背中の重み。
崩れる足場。
巻き返す雪。
全部、無視する。
ただ登る事しか考えない。
「……上げろ」
蒼真が低く言う。
ロープが張る。
「引け」
「止めるな」
声が重なる。
止まらない。
絶対に。
離さない。
その体が限界に近づいていても。
その呼吸が乱れても。
ただ一つだけ、頭に残っていた言葉は
2人で戻る。
今更ですが…奏は【かなで】と名前を読みます。
ヒカリを結ぶの奏は【そう】という読み方でした。
今作の奏くんは、蒼真のことは崇拝対象、蓮の事は憧れの対象として見ています。
前作と違うのは奏は蓮の事も大好きな所ですね。
ちなみに蓮も奏を「なんか、やかましい。でも頑張り屋の後輩」と1部で休みの日の訓練に付き合うくらいにはお気に入りです。
蒼真は奏を「とりあえず、うるさい。朝から突撃かましてくる。なんか憎めない後輩、可愛い」って感じです。




