エピローグ
白い病室へ、小さな産声が響いていた。
蒼真は入口の前で立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
呼吸が少しだけ乱れている。
「……神代さん?」
看護師が小さく笑って尋ねた。
「入らないんですか?」
蒼真は数秒遅れて、小さく笑う。
「……いや…なんか、実感なくて」
そのままゆっくり病室へ入ると窓際のベッドで麗華は疲れた顔のまま、それでも穏やかに笑っていた。
その腕の中に、小さな命が居る。
蒼真はそこで完全に止まった。
「……ちっさ」
思わず零れた声に、麗華が少し笑う。
「そういう感想?」
「いや……だって」
蒼真は困ったみたいに眉を寄せた。
爆発も崩落も潜って来た。
人命救助だって数え切れない程やった。
それなのに目の前の小さな命の方が、今にも壊れそうで怖かった。
「抱く?」
麗華が静かに聞くと蒼真は一瞬、本気で固まった。
「……いいのか」
「そのためにリハビリしたんでしょ」
麗華は少し呆れたみたいに笑った。
蒼真はゆっくり近付いた。
右脚はまだ少し引きずっている。
呼吸も浅い。
それでも、その足取りは止まらなかった。
看護師に支えられながら、慎重に赤ん坊を受け取る。
「っ……」
思わず息を呑む。
軽い。
小さい。
でも……温かい。
蒼真は壊れ物を扱うみたいに、ぎこちなく抱き締めた。
「……マジで大丈夫かこれ」
「大丈夫ですよ」
看護師が笑うけど蒼真は真剣だった。
「首……これ支えんの合ってるか?」
「合ってます」
「苦しくねぇ?」
「大丈夫です」
麗華がとうとう吹き出した。
「蒼真、さっきからずっと同じ事言ってる」
「だって怖ぇだろ……」
蒼真は小さく息を吐く。
腕の中の小さな重み。
その全部が、まだ現実感を持たなかった。
赤ん坊が小さく指を動かした。
その瞬間、蒼真の表情が少しだけ崩れた。
「……可愛い」
掠れた声だった。
麗華は静かに蒼真を見る。
蒼真は目を逸らさないまま、小さく笑った。
「……帰って来れて、良かった」
その言葉に、麗華が少しだけ目を細める。
窓の外では、静かに朝日が昇り始めていた。
傷は消えない。
前みたいには、もう飛べない。
それでも、蒼真の腕の中には
守りたい未来があった。
その小さな命を見つめながら、蒼真は静かに息を整えた。
永遠の翼が欲しいと願った。
絶望も見た。
だけど一筋の希望の光がこの腕の中にある。
君もまた、僕の片翼になる。




