第1話 変わらない朝
第一特務遊撃隊の朝は、だいたいうるさい。
「副隊長、おはよ〜」
隊室へ入った蒼真に、白石が新聞から目も上げず声を掛けた。
「……おはよう…ございます…」
寝癖の残る髪を掻き、欠伸をして蒼真は自席へ向かう。
「今日も睡眠時間、短め?」
「でも、5時間は寝た」
昨日の残務処理であまり寝ていなく、まだ頭が少しだけぼんやりしている。
ゆっくりコーヒーを飲んでから仕事に取り掛かろうと考えていた、 その瞬間だった。
「副隊長ぉぉぉ!!」
横合いから飛びついてきた奏を、蒼真は反射的に片手で受け止め、そのまま床へ叩き落とした。
ドゴッ。
「痛ぁっ!!?」
「朝からうるせぇ」
奏を踏み越え、コーヒーを入れて席へ着く蒼真。
白石が静かに新聞を畳む。
「副隊長」
「なんすか」
「そろそろ結婚しないの?」
蒼真は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
激しくむせた後、冷静に白石へ視線を向けた。
「……朝一番で言うことすか」
「大事な話だろ〜お前だって25になって東雲は28だぞ?女の結婚適正年齢ってあるじゃん」
「余計なお世話だ」
「その後、子供とかさぁ〜」
床に転がったままの奏が勢いよく起き上がった。
「俺もそう思います!! 麗華さん待たせすぎっす!!」
「お前は黙れ」
再び床へ沈められる奏。
窓際では、雨宮がしゃがみ込んだまま外を見ていた。
「……蟻、列が乱れてますね」
「雨宮さんは何してんですか朝から」
「観察です」
「仕事してください」
「している。……婚期が遅くなると嫌われるぞ」
仕事している意味は分からないが、その後の言葉に蒼真は固まった。
ぇ?結婚遅いと嫌われ…
いやいや、俺も副隊長になりたて、麗華も医官と救護班 班長で忙しいし、そんなの考えてる暇ある訳…。
いや、やっぱり、6年付き合ってると結婚って考えも………やっぱり分からん。
蒼真は深く息を吐き、机上の書類へ手を伸ばした。
その時、隊室の扉が開いた。
「お前ら、朝から元気だな」
黒瀬 蓮だった。
隊長用ジャケットを羽織り、手には分厚い書類束。
すでに何件か会議を終えてきたような顔をしている。
「蓮、こいつらどうにかしろ」
蒼真が即座に訴えると蓮は一瞥し、淡々と答えた。
「副隊長の仕事だろ」
「は?」
「あと蒼真、お前の報告書2件、戻ってきてる」
「……は?」
白石が小さく笑う。
奏が大声で笑う。
「奏は5件」
奏は笑いを止め、真顔で固まった。
雨宮はまだ蟻を見ていた。
蓮は机へ書類を置き、全員を見回す。
「さて、遊びは終わり」
その一言で、空気が変わる。
「山間部で五歳男児が行方不明。天候悪化まで二時間」
蒼真が即座に立ち上がると奏の表情も真剣なものに変わった。
白石は無言で応急処置セットを取り出す。
雨宮がようやく立ち上がり、装備を手に取る。
蓮は短く告げる。
「第一特務遊撃隊、出るぞ」
国家特殊武装機関【黎明】
第一特務遊撃隊
隊長 黒瀬蓮
副隊長 神代蒼真
隊員 白石悠斗
隊員 雨宮恒一
隊員 朝倉奏
旧隊長の鷹宮は、次代の育成のため訓練所教官へと転じた。
その後任として、第一特務遊撃隊は蓮が隊長、蒼真が副隊長という体制で再編される。
若手の中でも頭角を現していた葛城は、異例の速さで幹部へ昇進。
古参幹部をまとめながら、天音と橘を支える存在となっていた。
本来であれば年功序列で白石や雨宮が隊長職に就く流れだった。
だが、天音の改革により「実績と適性」が優先され、現在の体制が確立された。
また、奏は訓練所を卒業後、一般部隊と第二特務遊撃隊を経て第一へ配属された。
これもまた、天音の改革による成果の一つだった。
さらに天音は、警察・消防と連携し、危険区域や救助困難案件への対応を担う体制を整えていた。
その結果——
第一特務遊撃隊への出動要請は、年々増加している。
山間部へ向かう車両の中、山間地図を雨宮と蓮が確認する。
運転は蒼真。
6年前、1度ハンドルが握れなくなった面影は今は全く感じられない。
ナビ役を奏が助手席で務める。
白石は無線機と処置セット、救助セットの最終確認をしている。
第一特務遊撃隊の後方に続く車両がもう一台。
救護班の車両だ。
行方不明男児の救助後、迅速に対応出来るように救護班も出動要請がかかっていた。
「気温が下がって来てるから、外傷がなくても低体温に気をつけて…まず体温の確認で」
救護班 班長、東雲麗華が車内で部下達へ指示を出す。
低体温症に備え部下達が備品を準備する。
車両が止まり、山間部登山口に到着した。
既に警察、消防の車両が集まっていた。
第一特務遊撃隊はすぐに車両を降り、装備を着用する。
蓮は先に警察と消防に声を掛けに行く。
「奏、メットの着用忘れんなよ」
「ぁ、はい!」
奏は山岳救助は初任務となるため、蒼真は2次災害の滑落事故に備え、ヘルメットの着用を奏へ促した。
その頃、話し終えた蓮が戻ってきた。
「警察、消防で大規模捜索は行ってるが、まだ手がかりはないらしい。深い渓谷があるから、うちにはそこの捜索を頼みたいと。蒼真、俺はここの本部で警察と消防と指揮取って、橋渡しするから捜索隊は頼んだ。加えて予想より天候悪化が早まりそうだ30分後には雨が降りだして、40分後には豪雨が予想されている」
「了解……救護班に毛布と担架頼もう」
「……蒼真、メット忘れてる」
「あ」
奏に忘れるなと言った本人がメット着用を忘れていた。
蓮はため息をつく。
蒼真は昔からメットが重い、重心がずれる、視界が狭い。などと、もっともらしい理由をつけてすぐにメットをなくす癖があった。
「なんでですか……副隊長」
「重い」
蒼真がそう言いながらメットを着用し、後ろを振り返るとそこには麗華の姿があった。
ちゃんと頭は守りなさい。という視線が蒼真に刺さった。
「……毛布、担架は既に準備済みです。救護班もいつでも出れます」
強い眼差しの麗華が蒼真を見つめる。
「…第一特務遊撃隊、最短距離で渓谷へ向かう。救護班は安全経路で急ぎ向かってくれ」
「了解」
「最短ルート、GPSで共有した」
雨宮のひと声だ。
「行くぞ」
蒼真の声を合図に第一特務遊撃隊が山間部へ走り出す。
その背中を追い、救護班も進み出す。
タイムリミットは30分。
焦る気持ちを抑えながらも第一特務遊撃隊は進む。
途中で出会う警察と消防がなんで山であんなに早く走れるんだ…と呆気に取られるほど、蒼真達は早かった。
渓谷周辺に到着鋭い雷が鳴り出した。
「やべぇな」
白石が表情を曇らせた。
「……大人じゃ思いつかない所だ…単純に岩陰…小さい穴ぐら…」
5歳の子供の体格であれば、親とはぐれた罪悪感からどこかへ隠れている可能性も捨てきれない。
蒼真は思い付く限りの捜索場所を3人へ指示して、自分はあまり見たくない渓谷下を覗く。
ー頼むから、そこには居ないでくれよ。
そんな思いを込めながら、崖下を隅々まで確認していく。
「……居た」
こういう時、1番嫌な事態が発生するのはままある。
ーピピッ。
「要救助者、確認!渓谷、崖下、足場不安定箇所に居る!滑降用ロープ準備!」
蒼真がすぐに無線で3人を呼ぶ。
白石が、ロープを取り出しながら近場の大きな岩へ固定する。
蒼真は重たい装備を取り外し、滑降用ハーネスを装着し、ロープを繋ぎ、予備ロープを3人に繋げた。
「俺と子供の命、てめぇらに預けるからな」
真っ直ぐ向けた視線に全員が頷いた。
捜索隊全体へ無線を飛ばす。
ーピピッ。
「こちら、黎明、第一特務遊撃隊。渓谷部にて子供発見。崖下の為、これより神代、滑降救助します」
ーピピッ。
『行け』
警察、消防の了解。だけの無線の中、蓮だけがさっさと降りろ、時間がねぇ。と急かした。
「隊長、えげつないねぇ」
白石が軽口を叩いてくれた事で蒼真の緊張が少しだけ緩んだ。
「黒瀬ならもう降りてる」
雨宮だ。
奏は少し不安そうな表情をしている。
蒼真は大きく息を吸った。
「行く」
自分に言い聞かせるように、蓮への返事のように呟いた。
滑降を始めた蒼真は急ぎつつも慎重に子供へと向かう。
近づくと子供は泣いているようだ。
「おーい、大丈夫?」
低い声だが、明るい声で蒼真が子供へ降りながら声をかける。
上から聞こえた声に子供は驚き肩を震わせた。
「今さーお兄さんそこに行くから、待っててくれよー」
子供が頷いたその時、雨が降り出した。
予想より早い。
(…ちょっと急ぐか)
豪雨になってから登るのは困難になる。
蒼真は深呼吸をすると、子供がいる足場付近まで一気に滑降した。
「おぉぉぉい!神代!突然やるんじゃねぇ!!」
「蒼真さん、それ怖いですからぁ!」
上から白石と奏の文句が飛んできた。
一気に動いたロープに驚いたのだろう。
訓練で時折、蒼真が一気に滑降するのを練習する姿を見ていた2人だからこそ、この程度の驚きで済んでいた。が、無線を受けてやってきていた警察消防はまたも呆気にとられる。
この人達、本当に同じ人間?とでも言いたげな顔だったとあとから蒼真は聞かされる。
「あ、すまーん」
と蒼真が軽口で無線を飛ばした。
その直後、上から降ってくる2人の文句。
「「絶対、思ってねぇぇぇえ!」」
そんな声を聞きながら蒼真は子供へ近づいた。
「お待たせ。痛い所はない?」
こくっと子供が頷いた。
「……どうやってここに来たの?」
「お花が見えてね…向こうから降りれたの。ママにお花あげたくて…」
蒼真がその子の手を見ると確かに花が握られていた。
確かに子供であれば歩けてしまいそうな足場がある。
夢中でここまで来たが、帰りは高さが目に入り、動けなくなったのだろう。
滑落で怪我がなくてほっとした蒼真だが、子供の唇は紫色だ。
服装も半袖半ズボン…。
「お兄さんの服、着てて。これからさ、ここ登るから、ロープつけるね」
蒼真は上着を子供に着せると、要救助者様ハーネスとロープで子供と自分を繋げ、緩みがないのを確認すると無線を飛ばす。
ーピピッ。
「要救助者、外傷なし。意識鮮明ですが、チアノーゼあり、低体温疑い」
ーピピッ。
『救護班、了解』
麗華の声だった。
蒼真の口元が僅かに緩んだ。
「よしっ、お母さんにお花届けよう」
蒼真は子供を抱き上げ、しっかりとその胸へ固定する。
ーピピッ。
「神代、これより登攀します」
雨は激しさを増していた。




