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まだ名もなき怪物達 第3部ー断翼の誓ー  作者: HANA


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第10話 生きていく

復帰した蒼真を待ち受けていたのは、敵の弾丸でも、自然の猛威でもなく、大量の書類だった。


「なんでだ」

机の上の書類に埋もれながら蒼真が呟いた。

「まぁ、休止してたから」

白石がケロッとした顔で返す。

蒼真の机にコーヒーを置く。

「いやいやいや…自分の書類もやべぇのに蓮の分……やべっ!戦略会議の時間!資料どこだ!」


バタバタと次の会議の資料を探し出し、隊室を飛び出して行く蒼真。


「相変わらず騒がしい…」

「でもやっちゃうのが蒼真さんですもんね…コーヒー勿体ないからもらいまーす」

もうちょい隊長代理らしくスマートに動けよ。と白石の視線は語っている。

奏は蒼真のマグカップで飲むコーヒーが嬉しそうだ。



滑落事故から1ヶ月半が過ぎようとしていた。

蓮の意識は未だ戻らないが、回復傾向ではある。

状態が安定した事から、総合病院から黎明内の救護棟入院施設へと転院している。


会議に向かいながら蒼真は窓から救護棟方向に視線を向けていた。


「……忙しくて仕方ねぇや」


誰に言うわけでもなく、ぽつりと呟くと蒼真は会議室へ入室した。



2時間後なんとか会議を終わらせた蒼真の足はいつもの喫煙室へ向いていた。

あれから吸わなかったが会議で上を黙らせるのに苦労し少し苛立っていた。

隊室に戻る前に落ち着こうと電子タバコを取り出しスイッチを入れる。

数十秒後、吸う。


「……美味くねぇや」


1人で吸っても意味がなかった。

ここには蓮が居ないと意味がない。


すぐにスイッチを切り、蒼真は喫煙室から出ると隊室とは逆の救護棟方向へ足を進めていた。




ーピッ。ピッ。ーシュー。


白い無機質な部屋で規則的な音だけが響く。

「……いつまで寝てんだよ」

蒼真がぽつりと呟く。


返事はない。


「まぁ…お前が戻るまで、お前の席は俺のもんだからな」

椅子から立ち上がり、ジャケットを羽織る蒼真。


「戻って来いよ、蓮」


無機質なその部屋を出てゆく。



廊下で麗華とたまたますれ違った。

「来てたんだ」

「蓮のアホ面拝みにきた」

「……明日、大丈夫だよね?」

「うん、明日の調整は大丈夫、心配するな」

「ありがとう」

それだけ会話し、それぞれの持ち場へと戻る。


隊室に戻った蒼真は頭を抱えた。

「いや、書類増えてる!!だからなんでだよ!!」

「そりゃ、2人分あるからだろw」

捌いても捌いても回って来る書類。

合間に会議へ向かい、各隊の訓練も確認。業務量は今までの段違いに多い。

食事の時間すら惜しいとプロテインバーに齧り付きながら書類の決裁を終わらせて行った。

明日だけは、何があっても休む為に今日の分を終わらせた。



玄関の前で、蒼真は一度だけ息を吐いた。

「……行くぞ」


自分に言い聞かせるように呟いた。

スーツを着込み、ネクタイもしっかり締め、髪も寝癖はない。


隣で麗華が扉を開けた。

「そんな戦闘みたいに言わなくても」

「いや、戦闘だろ」

冷静さはあるが少しだけ声が固い蒼真。

「いらっしゃい」


奥から声が聞こえた。

低くも高くもない、落ち着いた声の主は麗華の父だった。

座ったまま、こちらを見ている。

何も言わない。

それだけで、空気が変わった。


「神代蒼真です」

蒼真は一歩前に出て姿勢を正す。

「今日は、ご挨拶に伺いました」


父は黙って聞いてくれている。

麗華も、何も言わない。


「麗華さんと生きていきたいと思っています」


静かに言い切った。

飾り付ける言葉はいらない。


数秒、沈黙の時間は時計の音が、やけに大きく聞こえる。

父の視線が蒼真を、測るみたいに動いた。


「……仕事は続けるのか」

「はい」

迷いはなかった。

「危険だな」

「はい。人命救助でも自分は最前線に出なければなりません。ご心配はお掛けします。ですがー」

蒼真は一瞬、麗華へ視線を映した。


「必ず戻ります」


蒼真は何も否定しなかった。

父はそれ以上何も言わない。

ただ、もう一度蒼真を見る。


「……守れるのか」

その一言で、空気が少しだけ重くなったが、蒼真は言葉を探さなかった。

「必ず、帰ります」

麗華の視線が、わずかに動いた。


嘘は言ってない。

約束は今更必要もない。

でも、逃げてもいない。


長い沈黙が落ちた。

父の目が何かを確かめるように少しだけ細くなり、ゆっくりと息を吐いた。

「……麗華」

「はい」

「お前が選んだのか」

「うん」

迷いのない麗華の返事に父は小さく頷いた。


「……麗華を頼む、とは言わない」

静かに父の言葉が響くと蒼真の背筋が、わずかに伸びた。


「二人で、生きていきなさい」


それだけだった。

許可でも、命令でもなかった。


蒼真は一度、深く頭を下げた。

「……はいっ」

短く答え、顔を上げると麗華と目が合った。

「……座りなさい」

父が言うと空気が、少しだけ緩んだ。

さっきまでの圧が、嘘みたいだ。

蒼真は小さく誰にも聞こえないくらいの音で息を吐いた。





「……行きたくねぇ」

神代家の玄関前で蒼真は大きなため息をついた。

「さっきまでの威勢どこ行ったの」

麗華が呆れた声で返す。

「いや、さっきは戦闘だったけど、こっちは別だろ」

「同じでしょ」

「違う」

そんなやり取りをしていると扉が開いた。


「いらっしゃーい!……って、あら?」

珍しく澪が扉を開けた。

「なに、わざわざスーツで来たの?」

スーツ姿の蒼真を上から下まで見て目を丸くする。


「麗華の実家に寄ってから行くって連絡しただろ…」

「……連絡来てたっけ?」

蒼真はガクッと肩を落とした。

この人は連絡系を良く忘れてしまう。

本人曰く、本当に大事なら忘れない。との事だ。


「頼むよ…母さん…え、親父に伝え忘れたとかないよな?!」

「居るわよー。大和と龍二が逃げ出そうとした天音を捕獲したわ」

「逃げようとしたんかい…待て、なんで2人が居る」

「さぁ?」


2人が居るのは絶対、母さんの企みだ。

母さんに女性を連れていくなんて連絡するんじゃなかった…。

「はぁ…ごめん、麗華。母さん、こんな感じ…で、親父も捕獲されてるらしいから行こ」

蒼真はため息をつきながら廊下を歩いていく。

その横を麗華が歩き、澪はニコニコしながら2人の後ろを歩いていた。

「ねぇ、蒼真」

「何?」

「ここ、家?」

「うん?家」

麗華は神代邸の広さに驚くと共に、この家に住むのはなんだか迷子になりそうだ。と思った。


応接室へたどり着くと、天音が肩を左右から抑えつけられ、逃げられないようにされていた。

「……なんで橘補佐官と鷹宮隊長がいるの?」

下の名前だけでは麗華はピンと来ていなかったようだ。

2人の姿を見て驚いている。


「えーと…この2人はほぼ家族?住人?ぇ分かんない…」

少し考え込むと蒼真は天音をまっすぐ見据えた。


「麗華と一緒に生きていく。”帰れる前提”を考えて…帰ってくる」

それだけ言い切った。


「本気か」


短い問いが天音から掛かった。

蒼真は、一瞬だけ言葉を止めたが今度は逃げない。と目に力を込めた。


「……本気だ」


それだけ。

さっきよりずっと短い言葉だが迷いはなかった。


天音は数秒、蒼真を見ると小さく息を吐いた。

「そうか」


重くもなく、でも軽くもない。

選んだ道を進め。と背中を押してくれる父の目だ。


「お前が結婚か…」

橘が目を細めた。

「逃げなくて偉いぞ」

鷹宮はニカッと笑ってくれた。


蒼真は、少しだけ視線を落とした。


「ご飯食べてくでしょ〜」

澪は切り替えが早い。

こちらも蒼真が選んだ子なら文句はない。と言う事だろう。

「食う」

「麗華ちゃんも食べてくでしょ?」

「いただきます」

「はい、決まり!大和、龍二運んでー」

さっきまでの空気が嘘みたいに消え、二人は澪に従って料理を運び始めた。

職場では絶対に見ることのない2人の姿に麗華は肩を震わせていた。

「……なんだったんだよ今の」

蒼真が小さく呟くと麗華が横で笑う。

「素敵なお父様とお母様だよ」

「雑すぎんだろ……」

ため息をつく蒼真。

でも、どこか少し軽かった。




~蒼真激務時代の裏話~


その日、天音と橘は打ち合わせから本部に戻り、エレベーターが点検中のため、階段を使用し総統室へ向かっていた。

途中で壁に目をやった天音が一言、呟いた。

「……待て、なんで壁に足跡がついている」

橘は少し気まずそうに視線を泳がせ、口を開いた。

「……猿だ」

「は?」

意味不明な回答に天音が首を傾げた瞬間だった。


ータッタッタッ。シュッ、クルッ、タンッ!


「うぉッ!?親父がいる…」

それは呟きながら階段をパルクールで走り去っていく蒼真だった。

「……あれが猿の正体か」

「あれだ。会議続きで遅れるからと本部内をパルクールで移動してる蒼真の報告が何十件も上がってる」

橘は大きなため息をついた。

危ないから辞めろ。と蒼真には注意したが、仕事を増やしたのは誰だよ。と珍しく橘を蒼真が論破してきたのだ。

気をつけろとしか橘は言えなかった。


「……早く蓮の意識が戻るといいな」

天音は小さく笑うと遠くで聞こえる蒼真の足跡に耳を澄ませていた。

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