第1絵 出会い
御覧いただきありがとうございます。
待望の新シリーズ第一話でございます、お付き合いいただければ幸いです
全部で20話ほどを予定しております。
「ちょっとお兄さん」
本棚を整理していると、後ろから声を掛けられた、小柄で優しそうな年配の女性だった、明るい紫色の髪が肩にかけたショールとおそろいで、おしゃれなコーディネートだ。
「本を探しているのだけど、あるかしら?」
「はい、タイトルとか解ります?」
「それが忘れちゃったのよね、さっきテレビで紹介していたのよ、あなたご存じ?」
あぁ、本屋さんあるあるだぁ、居るんだよな~本屋さんは本の事なら何でも知ってると信じてやって来る人、タイトルを間違えて覚えてくるなんてことはよくある事で、表紙の色だけ覚えているとか。
まぁそれをヒントに何とか探し出してくれる素晴らしい書店員さんもいるらしいが、俺はまだここに来て一週間、本なんか詳しくないし、そもそも本なんか読んだことないし、たまたま募集していたから面接受けてたまたま採用されただけだし。
それに、さっきテレビで紹介していた本と言われても、俺仕事していたからテレビなんて見る暇ないし。
「えっと……そうだ、番組の名前は解りますか?」
番組名が分かれば、そこからググれば何かわかるかもしれない。
すると、紫おばさんは急にしかめっ面になって言った。
「あら、本屋さんなのにそんなことも解らないの?」
こういう事をほざく奴に限って、俺がテレビを見ていたら、さぼっているとクレーム付けるんだきっと。
でもそんな事を声に出して言うととんでもないことになることくらい俺でもわかる。
何とか怒りを鎮めて苦笑いでごまかす俺の後ろに立つ人物がいた。
「あぁ、その本でしたらこちらにありますよ」
狸が化けたような下腹部の丸っこい体形で、人当たりのいい笑顔。
彼こそが、俺の勤める書店の店長だ。
店長は紫おばさんをやさしくエスコートして新刊コーナーへと誘う。
「そうそうこれだわ、流石店長さん、何でも知っているのねぇ」
紫おばさんはまるで神か仏でも見るような尊敬のまなざしを向けて、店長もまんざらでもない様子で「いやぁ、これも書店の務めですからあっはっは」などと言っている、本の事はよく解らないが俺は知っている、店長はずっと奥の事務室でさぼっていたのだ、きっとその時たまたまそのテレビを見たのだろう。
店長はどや顔で会計をし、紫おばさんは満足して帰って行きました。
まぁ、いいけどね……。
ここは、地元の人たちの生活を支えるスーパーやホームセンターなどが建ち並ぶテナントの一角で営業している小さな本屋さん。
大手のスーパーがすぐ近くにあり、人の多く集まる場所に店はあるのに、お店の中はがらんとしている、今も客はまばらだ。ぶっちゃけ俺も暇になることもよくある、だからかもしれないが店長はいつも奥の事務室で、書類が~伝票が~とか発注の仕事が~などと言っては菓子片手にテレビを見てさぼっているのだ。
店長のほかは、俺を含めて三人のアルバイトスタッフがローテーションで店を守っている、俺はまだ新人で何も解らないが、解らない事はほかのスタッフに話を振っているので大丈夫だ。
「ねぇ、ちょっと」
今日来た新刊を捌いている俺に、女性スタッフが声をかけてきた。
「あの子、ちょっと様子がおかしくない?」
小声でそう話しながら指を指したのは、コミックコーナーに立っている若い男性、肩には大きなスポーツバッグを掛け、欲しいコミックを品定めしているようにも見えるが、彼女の言う通りやっぱり様子がおかしい、目線は本棚ではなく、辺りをうかがうようにキョロキョロしている。
俺はその客から見えない位置に移動して様子をうかがう事にした、ブルーのパーカーにジーンズ姿の彼、背は高い方だと思うが、その横顔にはまだあどけなさが残る、高校生か中学生といったところか。その彼が一冊のマンガ本を手にし、そのまま肩にかけていたスポーツバッグの中に突っ込んだ。
そのままレジを通さずに帰るつもりなのか、万引きじゃないか!
「あっ、こら!」
万引き犯は、思わず声を上げてしまった俺に気付いて逃げだした。
「待て!」
スポーツバッグが平台に積んであった本を引っかけてバラバラと崩れていくのも気に留めず逃げようとするので、俺も負けずに後を追う。
店の出入り口はレジの横にある、そこには今さっき会計を終えたばかりの客が帰ろうとしている、パッと見ただけで分かるあの客は妊婦さんだ、このままでは万引き犯とぶつかってしまう、俺では間に合わない。
ぶつかる!そう思ったその瞬間、万引き犯の体が大きく反転して、背中から床にたたきつけられた、一瞬何が起こったのかと思ったら、別の角度にいた一人の客が絶妙のタイミングで、万引き犯にラリアットをくらわしたのだ、本当に間一髪だった。
派手にすっころんだ万引き犯、スポーツバッグが床に落ちた衝撃で何冊もの漫画本が飛び出してくる、俺が見たあの一冊だけじゃなく、いっぱいパクッていたのかこいつは!
「ちょっと、あっちで話を聞かせてもらおうか」
俺はそう言いながら万引き犯を助け起こそうと手を伸ばしたが、見事に振り払われ自力で立ち上がる、俺をひと睨みして舌打ちしたものの、やっぱり逃げられないと観念したのか、素直に事務所までついてきた。
と、ここまではよかったのだが。
「万引き⁉うちのケンジちゃんが万引きしたとおっしゃるんですの⁉」
「いや、ですがねお母さま、実際この子がうちの本をカバンに入れるところをスタッフも見てるわけですし、実際鞄からもこうしてですね」
万引き犯を事務所に連れてゆくと、案の定だらしない恰好でテレビを見てさぼっていた店長がいたが、万引き犯と聞くとやはりそこは店長、毅然とした態度で万引き犯に散々説教をくらわし、電話番号を聞き出し親を呼び出したのだが、この親がとんでもなかったのだ。
見た目で人を判断するなとよく言われるが、一目見てドラマなんかでよく見るヒステリックババァ風だと思ったら、見たまんまだった。
「ですからここは警察にも連絡させていただきますので」
店長が電話を手にしたのを見て、母親のヒステリックに火がついた。
「警察ですって⁉何をふざけたことを!罪でも犯したのならともかく、たかが万引き程度でそんなに騒がなくてもよろしいじゃありません事⁉」
「しかしお母さん、万引きはれっきとした犯罪でして」
「犯罪もなにも、たかがこんなくだらないマンガ本ごときで犯罪だなんてよく言えたものですわね!」
いや、そのくだらないマンガ本を盗もうとしたのはてめーの息子だろうが。
「でもですねお母さん、うちはそういう決まりなんですから」
そうだそうだ!って俺さっきからみんなの様子を黙って見ていただけだけど、だって大声でまくしたてるヒステリックお母さんが怖くて……だから頑張れ店長。
「そんな事をして許されるとお思い?私をだれだと思ってるの、片桐健三の妻ですのよ!」
誰?そんな知らない人の名前を出されても、と思ったら、その名前を聞いた店長の態度が急に一変した。
「か、片桐健三って、あ、あの、県会議員の……」
あぁ、県会議員か、どうりで知らないはずだ。
「そうよ、そしてこの子こそが片桐健三の息子、片桐ケンジ!まさか県会議員片桐健三の息子にこんなひどい仕打ちをしてただで済むと思っているんじゃないわよねぇ?」
「そ、そおれは、その、ごもっともで……」
は?店長の態度が急変したよ、何ビビってんだよ、県会議員だからってそれがどうしたって言うんだよ。
「それに、何の罪も無いケンジちゃんを捕まえようとした挙句に暴力を振るわれたそうなんですけど⁉」
「そ、それは、その、こいつがやったことで……」
「え‼」
店長が俺を指さす。
「ぼ、暴力って、でもあの場合は……」
そうだよ、あの状況ではああでもしないとあの妊婦さんにぶつかっていただろうし、だから仕方ないんじゃないのか。
「おお恐い、ここは暴力をふるう店員のいる店なのね?」
「いえ、決してそのようなわけでは……」
「でも実際うちのケンジちゃんがいわれなき暴力を受けているわけですから、どう責任取ってくれるのかしら!」
責任って、そもそもこいつが万引きするからじゃないか。
「せ、責任と言われましても……そ、そう、責任は全部こいつに取らせますので」
「えっ、はぁ⁉」
店長が俺の横に来て頭を掴まれ、無理やり頭を下げさせた。
「暴力をふるうような奴は首にしますんで、それでここは……」
「え、ちょっ、なんで俺が⁉」
「ま、まぁ、そこまで言うのなら、今回の事は大目に見て差し上げてもよろしいですわ、でも二度とこのようなことが無いように願いますわよ!」
そう言い残してヒステリック母は万引き息子を連れて帰って行きました。しかもちゃっかり万引きした漫画本も持って帰ったよ、金も払っていないのに。
「あ、あの、店長……」
嵐が過ぎて、疲れたとばかりに事務室の椅子にどっしりと座る店長に恐る恐る声をかけた。
「お、俺まさか本当にクビなんてことは……」
すると店長は、ちらりと俺を見ただけで関心などない様に首元のボタンを緩めて、うちわで風をパタパタと送り込んでいる、もう暑い夏は過ぎ去ったはずなのに変な汗をかいたのだろう。
「当たり前だ、クビにしたスタッフをいつまでも置いておけないだろ」
理不尽だ、あまりにも理不尽だ、これのどこが当たり前なんだよ!
「でも店長、悪いのはあの万引き犯なんだし……」
いくら県会議員の家族だからって、万引きは許されるもんじゃないはずだし、県会議員の家族なんだからむしろ万引きなんかしちゃいけないだろう。
「あー、わかったわかった、ここは穏便に済まそうじゃないか、あいつは万引きをしたが、君は暴力をふるった責任を取る、お互いそれでチャラだ」
「暴力をふるったのは俺じゃないです、ていうかあれは暴力じゃないっすよ!」
そう、悪い万引き犯から妊婦さんを守った正義の鉄拳だ。
「言い訳なんか知るか!君はクビになったんだ、クビになった人間がいつまでもここに居るんじゃない、俺を怒らせる前にさっさと出て行け‼」
理不尽だ理不尽だ、何度でも言ってやる、あまりにも理不尽すぎる!
「あぁ、分かりましたよ解りましたとも!こんな店出てってやるよ!」
あまりの理不尽に俺もキレた。制服代わりに着ていたお店のロゴが入ったエプロンを脱ぎ捨て自分のカバンをひったくる様につかみ、事務室のドアを思いっきり音を立てて閉め、お客も無視してズカズカとお店出入り口の自動ドアの前までくる、ドアが開くと同時にキンコン~と間抜けな音が遠慮なく響いた。
誰も引き留める人はいなかった。
ふん、いいんだいいんだ、こんな店辞めてやる!
またあの万引きケンジちゃんに万引きされまくって、こんな店つぶれてしまえばいいんだ!
どうなろうと知るもんか!
俺の知ったこっちゃ、ねぇし……
――……。
ブチ切れて店を出てきた勢いがだんだんと冷えてゆく。
……はぁ。
怒りが徐々にため息へと変わる。
今まで何度もバイトを転々とした、たが今回のような理不尽は初めてだ。
……はぁ。
うつむいて歩きながら何度目のかのため息をつきながら近くのホームセンターの前を通り過ぎた時、その店から出てきた人物と危うくぶつかりそうになって思わず体をそらす。
「おう、お前か、さっきの奴はもう済んだのか?」
「へ?」
俺に対して馴れ馴れしく話しかけてくる、俺の知らない人だが、さっきの奴とは?と思考を巡らせていて思い出した。
さっき万引き犯にラリアットを食らわせた人だ。
秋だというのに赤地の派手な半袖柄シャツに、足が長く見える黒のデーパードパンツ、歳は二十代後半くらいかな、背の高い男性だった。
前髪も襟足も長めの銀髪、耳にはドクロのピアス、腰にシルバーの鎖がジャラリ、シャツから見える首まわりの筋肉は、太くは無いもののかっこいいラインを描いている、でも手にはホームセンターの名が入ったスーパーの袋。
「あ、さっきは、どうもありがとうございました、おかげであの妊婦さんも無事だったし、万引き犯も捕まえる事が出来て……ほん、とに……」
だ、だめだ、これ以上その話をすると泣きそうになる、この人は何も悪くないのに。
「どうした、何泣いてやがる、それにまだこんな時間なのに、もう仕事は終わったのか?」
背の高いチンピラさんは、心配そうに猫背になって俺の顔を覗き込んできた。
ヤバイ、こんな路上で。
「いえ、だ、いじょう、ぶ……」
そう言おうとしたが声にならなかった、こんな場所で、しかも初対面に近い人の前で泣くなんて、恥ずかしいじゃないか。
これ以上醜態をさらすわけにもいかないので、チンピラさんの脇を逃げるように通り抜けようとしたら、なぜかその手を掴まれた。
「こんな場所で泣かれりゃ、俺がガン飛ばしてるみてぇじゃねぇか」
そしてそのまま俺は拉致られた、近くのカフェへ。
自分でも自覚はある、俺は人より涙腺が緩いのだ。
席に座って勝手に二人分のコーヒーを注文して、コーヒーのいい香りに包まれるまで俺は静かにしくしくと泣いていた。
悲しいからじゃない。理不尽さに腹が立ったからだ、しかしこの理不尽を、目の前のチンピラさんが聞いてくれたしかも共感してくれた、だから俺はついいろいろと話してしまったのだ。
大学に通うため親元を離れ一人で生活することになった、でも普段からの勉強嫌いが祟って休みがちになり、単位も取れなくなり結局辞めてしまった事。
そのことで親と衝突し半ば勘当されたような形で、一人で生きてゆくことになった事、就職もうまくいかず、不安定なアルバイトを転々として何とか食いつないできた事。
そしてやっと見つけた今の仕事もたった今辞めてきた事、そのおかげで、今月分の給料ももらえない、家賃が払えなくなった。
今までも何度か滞納していたせいもあり、最後通告を受けている、やっと今の仕事に就けるようになってこれで家賃も払えると思っていたのに、今月も払えないと出て行かざるを得ない、このままでは路頭に迷ってしまう。
いつの間にか、途切れ途切れではあるけれどそんなことまで話してしまっていた、初対面の人なのに。
チンピラさんはそんな俺の話を、最後まで黙って聞いてくれた。
「お前さぁ」
いつの間にか頼んでいたイチゴショートをフォークに刺したまま、チンピラさんが俺の顔を覗き込むように話しかけてきた。
「飯作れるか?」
「めし、ですか?」
「おう、人並みでいい、料理は出来るかって聞いてんだ、どうだ?」
「はぁ、普通に作りますけど」
金のない一人暮らしだ、自炊するのには慣れてる。
「そうか、掃除は出来るか?」
「はい、人並みには、出来ると思いますけど……」
別に潔癖症という訳ではないと思うが、散らかった男子部屋みたいにはしたくなかったので、最低でも三日に一回は掃除機をかけているし、掃除自体嫌いじゃない。
「お化けは怖いか?」
「怖い話は好きです」
そんな俺の言葉にチンピラさんは気を良くしたのか、口角を上げて言った。
「よし分かった、じゃぁうちに来い、俺がお前を雇ってやる、悪いようにはしねぇ!」
「はい?」
一方的に話を進められたような気がしたが、今の俺には他にすがるものも無いし、路頭に迷わずに済んだことは僥倖ととらえていいんだろうか、屋根のある家で暮らすか、野外で段ボールに囲まれるか、迷う余地は無かった。
出された条件は、チンピラさんの家に住み込みで働くこと、そこで炊事洗濯お掃除諸々のお世話をする。それが俺に与えられた仕事。
俺は家政夫になったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
やっぱりメインキャラはイケメン設定です。




