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戦いは法廷で

数日後


「これより、令和〇年第〇号事件の口頭弁論を開きます」


 私達は法廷の傍聴席に居た。


 そこで、久々に杉田の姿を目にした。彼は腕を組み、背もたれに体を預けるような座り方をしていた。その姿に、隠しきれない彼自身の傲慢さがよく表れていた。


 私達と目が合うと、弁護士に何やら耳打ちをし、急に背中を丸めた。


 私達に対峙したのは、労働案件を専門に扱う初老の弁護士、本間だった。


「では、原告側、主張をお願いします」


 裁判長の声が法定に響く。


 本間弁護士がゆっくりと立ち上がった。チェーンのかかった老眼鏡をかける。


「原告は、長年誠実に勤務してきたにも関わらず、居場所を奪われた。周囲から声をかけられず、業務上必要な情報共有すら遮断される。これは明らかなパワーハラスメントです…」


「我々は、被告・兵藤課長、および会社側の『職場環境配慮義務違反』を問います。孤立を深め、精神的に追い詰められた原告の尊厳を取り戻さねばなりません」


 私の隣で小川主任が呆れた顔をしていた。ここまで居直れるものなのだろうか。私は目眩がしそうだった。


 本間弁護士の陳述の間、杉田はハンカチを顔に当て、ずっと目を閉じうなだれていた。会社で見せていた姿とは、全く違うものだった。


「次に被告側、お願いします」


 裁判長の声に、工藤弁護士が書類を持って立ち上がった。


「裁判長、本件は原告の孤立の有無ではなく、その原因は誰が作ったのかを問うものです」


 杉田は眉をひそめ、背筋を伸ばした。


「原告は勤続年数を盾に、若手社員への献身や指導を放棄し、自己のミスや責任から逃げてきました」


 小川主任が頷き、私も同じ気持ちで拳を軽く握る。


「本日、私共被告側は、原告自身の行動が居場所を失わせたという経緯を、証拠をもって示します」


 杉田の表情が一瞬ゆがみ、次にこちらを睨み返す。


「原告、異議はありますか?」


 裁判長の問いかけに、本間弁護士がゆっくりと立ち上がる。


「被告側の主張は論点のすり替えです。原告が孤立した原因を見ず、責任から目を背けています…」


 裁判は、一旦休憩の後、原告杉田の反論から開始された。こちらに挑戦的な目で一瞥し、証言台に立った。

 

 杉田は被害者に徹し、証言内容は事実を歪曲するのみならず、一方的に我々を断罪した。


「裁判長、私は長年誠実に勤め、若手社員をかばい、時に指導も行なってきました。ですが、一方的に受け入れず、私を孤立させました。必要な情報も知らされず、これはパワーハラスメントです」

 

 熱を帯びたように話し、身振り手振りの動きまで入れた様に、自分が一方的な被害者であると信じ切っている様子が表れていた。


「裁判長」

 

 工藤弁護士が反証に入る。書類を手に取り、証言台にいる杉田に近づく。


「杉田さん、今の証言に間違いはありませんね」


 工藤弁護士の眼鏡の奥に、鋭い眼光が光っている。それに気後れしたように、杉田は言葉に詰まった。


「ありませんよ。私は常に若手の味方として振る舞ってきたんだ」


「分かりました。裁判長、証拠番号第4号証の採用をお願いします」


 書記官の手元に資料が渡る。本間弁護士も手元の写しに目を落とした。


 そこには、杉田が若手社員に送りつけたチャットの履歴が、分厚い束となって綴じられていた。


「当該資料の2頁目をご覧ください」

 

 裁判長が証拠資料に目を通す。


「これは、原告が行った業務上のミスの記録、そして若手に押し付けたメールとメッセージのコピーです。一部を読み上げます」

 

 杉田の顔に、焦りの色が浮かぶ。


「『お前ら若輩は、黙って言うとおりにしろ。ここでは先輩は絶対だ。まして俺は25年選手だ』」


「次のページです。『この案件のミスは全部お前が処理しろ。これは教育だ。俺はお前らよりも、もっと大変な仕事をしてきたんだ』」

 

 明らかに杉田が苛ついている。ずっと貧乏ゆすりをして、目の動きが落ち着かない。本間弁護士の表情にも戸惑いが生じていた。  


「そんなものでっち上げだ!」

 

 杉田が証言台を拳で叩き、大声を上げた。


 「静粛に!」


 裁判長が杉田を強く窘めた。


「杉田さん、これは証拠のほんの一部です。これらの言動で、異動を申し出たり、休職をしている方がいる事実があります」


 杉田の目が泳ぎ始めた。


「勤続年数の長さは、横暴な振る舞いの免罪符にはなりません。まして、ミスの責任を後輩に負わせ、義務から逃れている。その点をどうお考えですか?」

 

 静寂に包まれた法廷の中で、冷静に話す工藤弁護士の声だけが聞こえていた。


「原告、何かご意見は」

 

 裁判長が本間弁護士に聞く。


「ございません」

 

 本間弁護士は反論をしなかった。杉田は力無く証言台の椅子に座り込んだ。


「以上です」

 

 工藤弁護士は裁判長にお辞儀をすると、席に戻った。


 裁判は即日結審し、被告側である我々の主張が認められた。杉田の一方的な主張は、工藤弁護士が示した証拠と、因果関係の証明によって崩された。


 裁判が終了し、私と小川主任は力強く握手をした。法廷の外に出ると、社長が駆け寄ってきた。


「兵藤君、小川君、本当にありがとう!これで、皆の名誉が守られ、苦労が報われたな」

 

 社長は深々と頭を下げた。

 

 そこへ工藤弁護士が鞄を持って近づいてきた。


「ありがとうございます先生!」

 

 私は頭を下げて礼を伝えた。


「社員の皆様の、努力の勝利です。これほどの証拠を、よく揃えて下さいましたね」

 

 工藤弁護士は、これまで見せなかった笑顔で私たちを労った。


 程なくして杉田は依願退職した。その時点でも尚、自らを省みることはなかった。彼は今も自分が被害者であると信じているのだろう。

 

 しかし、社長が理不尽な要求に断固闘う勇気を持って、我々を信じたこと。困難な状況にあっても、仲間達がそれに応え、一丸となって戦った絆を、私は一生忘れることはないだろう。



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