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ハラスメントはどちら?


 私、兵藤は今日、定年退職を迎えた。多くの仲間のおかげで、大変ながらも大過なくこの日を迎えられた事に感謝している。


 振り返れば感謝をする事が圧倒的に多いのだが、私が課長として着任した最後の部署の営業一課。ここで一つだけ、悪い意味で忘れられない出来事がある。ちょうど一年前、庶務三課から異動してきた男、杉田浩太郎。


 杉田は勤続25年であるが、様々な問題を引き起こしていた。やりたくない仕事は若手に押し付け、楽な仕事を選んでかかっている。


「課長、あいつ何とかなりませんか」


 若手から日々、杉田に対する不満が噴出している。


「何かといえば『25年勤めてる』だの、お前らより俺はずっと大変な仕事をしてきただの、誰も聞いてないって話ですよ」


「まぁ、それしか自分を保てるものがないんだろうな」


 最近の若手は割り切ったところがあり、

例え、偉そうに振る舞われたからといって下手に出るわけでもない。


 しかし、杉田はそれが不満だった。


「最近の若手は謙虚じゃない。少しは俺を立てろ。あんたの指導が生ぬるいからだ」


 課長の私にこんな事を言う始末だ。杉田にとっては役職や肩書ではなく、年功が全てだからであろう。


「俺のいた前の会社では、こんなやり方はしていなかった」


 杉田は中途採用だった。事情は知らないが、気に入らない事があると、いつも前職を引き合いに出していた。


「嫌なら前の会社に戻れば良いのに」


 若手はそうこぼしていた。そして結果として、杉田から人が離れていく。私から見れば自業自得だが、本人はその様な感覚はない。


「俺に協力しないお前らが悪い」


 いつまで経っても他責思考だ。ハラスメント通報で、総務課に呼び出されたことも一度や二度ではない。


「杉田さん、勤続年数は長いのですから、もう少し、若手に頼られるような言動や行動をしてくださいよ」


「俺に何指図しているんだよ。お前より俺は長いんだぞ」


「長いんですよね?だから何をやっても良いということにはなりませんよ」


 先日、杉田が出向くべき仕事を若手に押し付けた結果、若手が先方から苦情を受けることになった。実は杉田が直近で、その顧客に対してミスを起こしていた。苦情を言われるのが分かっていたからこそ、逃げたのだった。


 しかし、万が一にもこの逆のパターンがあれば、杉田は一方的になじるのだ。


「ダブルスタンダードが過ぎますよ!」


 もはや私としても、看過できないところまで来てしまった。そこで、総務課に問題を共有させ、厳しい対応を検討することとなった。


 また杉田自身、若手社員のほぼ全員が総スカン状態であり、本人が偉そうに振る舞える相手がいなくなった現状に焦りを感じていた。


「周りに相手にされていない現状を、反省するような奴じゃないからなぁ」


 杉田と同期の総務主任は、その様にボヤいていた。


 そんな折、杉田が営業一課の同僚全員をパワーハラスメントで訴えた。総務課に訴えただけでなく、なんと裁判まで起こしたのだった。


「この杉田という男は、一体何を考えているんだ」


 社長に呼び出された私は、総務主任と共に説明に上がった。


「ちょっと待て。それは、杉田が散々ハラスメントを行なった結果じゃないのかね」


 私の説明をすると、社長が疑問を投げかけた。当然だった。


「黙って席にいれば、周りが自分に気を遣って当たり前だと思っているなら、傲慢も甚だしい」


 社長の言葉に怒気がこもっていた。


「よろしい。この裁判、受けて立とうじゃないか」


 社長は意を決していた。


 弁護士から届いた訴状の内容は、若手社員からの無視や自分の仕事に対する配慮の欠如、上司である私の管理不行届といったものだった。


「仕事とは言え、この内容で訴えられて向こうの弁護士もさぞかしご苦労だな…」


 社長が嘲笑すると、どこかに電話をしている。


「こちらも顧問弁護士がいるからね」


 翌日の午前中、社長室に私と総務主任の小川君が集合した。そこへ遅れて現れたのは、若手の女性弁護士だった。


「工藤純子です、御社の顧問弁護士を務めさせていただいております」


「総務の小川主任から、今回の反証にできる証拠や、大体の経緯はお伝えしておいたよ」


 社長が私にそう伝えた。工藤弁護士はまず、私に事情を聞いた。


「では、兵藤課長。原告側は『無視された』『配慮がなかった』と主張しています。営業一課側として、社員の皆様が原告を避けるようになった経緯、原因を出来るだけ教えていただけますか」


 私は事細かに、これまでの経緯や言動を工藤弁護士に伝えた。また、仕事を若手に押し付けた際のメールや、顧客からの苦情処理をさせた記録も提出した。


「なるほど。原告は『職場環境配慮義務』を盾にしていますが、大きな勘違いをしていますね。権利の主張をしながら、義務を果たしていないと思われます」


 工藤弁護士は、かけていたメタルフレームの眼鏡を置き、社長と私にそう言った。


「正直に申しますと、彼はあらゆる部署からお払い箱にされてきました。原因は全て同じです。とにかく上下をつけたがる。そして彼に代わって仕事を片付けてきた社員達が、嫌悪感を持つようになりました」


 私は一つ一つを思い出しながら伝えた。工藤弁護士が眉をひそめる。


「実は、ハラスメント加害者は、その自覚が欠如していて、自分こそが被害者と思っているケースが少なくありません」


「呆れた話ですな先生。自分が原因を作っておきながら…」


 社長がため息をついた。


「後は、先方がどう出てくるかですが…」


「工藤先生。こんなモンスター社員が、多くの善良な社員を苦しめていたことを今更ながら知り、申し訳ない思いでいっぱいです。彼らのこれまでの心労に報いるためにも、私は社員を守りたいと思っております」

 

 社長は立ち上がって、工藤弁護士に頭を下げた。


「社長、私は御社の代理人です。お気持ち、よく分かりました。では、反訴も視野に入れて参りましょう」


 初めて工藤弁護士が笑みを見せた。 


つづく





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