12 勝ち抜き戦 第七試合
ダグラスは運が向いてきたと思った。
あの方の訪問の日から、胸の奥が熱かった。
貴族とは名ばかりの彼の家にアレクサンダーの父親は、現れた。
香の匂いをまとい、静かな声で言った。
「今年の出場者のなかで一番実力のあるのは、ダグラス。君だ。だからあの男と戦って殺して欲しい。ひと思いではなく、ゆっくりと。報酬は期待してくれ。君は一回戦で必ずあの男と当たる」
ダグラスはアレクサンダーを知っていた。全てを持っていた男だ。高位貴族の三男、両親、兄、姉に可愛がられていると知っていた。
ダグラスはうなずきながら内心で笑った。
ジョナサンは強くない。あれは偶然だ。
杖を手放した魔法使いに剣組が群がった。杖を持ってないから仕方なかった。たまたま中央にいただけ。火の玉を押し返した? あんなものはまぐれだ。
あいつは剣も振れない軟弱者だ。たまたま体の前に出した剣にあたっただけだ。
自分は、公にしてないが短い詠唱で火の玉を連発できる。
しかも速度がある。距離を詰めさせない火力。
一対一なら、勝ちは見えている。
◇◆◇◆◇
闘技場に立った瞬間、観客の熱が肌にまとわりついた。
庶民席は酒と脂の匂い。叫び声。賭け札を振る手。
貴族席は静かだが、視線が鋭い。もともとこの大会で認められて王宮で働くつもりだった。
ダグラスは杖を軽く振り、魔力の流れを確かめた。
よし。今日もよく流れている。
すると、アレクサンダーの父親が立ち上がる。
「その男が持っているのは、亡き息子愛用の杖だ。返して欲しい」
これは予想してなかった。楽勝だ。
怒りのざわめき、失望のため息。
視線が一斉にジョナサンへ向く。
ジョナサンは、動揺している。
「これ使いやすいのに。落とし物なのに」
抵抗するも、周囲の目が圧をかける。貴族席の視線。審判の視線。
ジョナサンは杖を差し出した。
ああ、やはり弱い。当たり前だが、動揺してる。頼みの武器を取り上げられたのだ。
「それでは剣を貸していただけますか?」とジョナサンが言った。
観客席がどっと笑う。庶民席から野次が飛ぶ。
「魔法士が剣かよ!」「もう終わりだな!」「儲けさせてくれよ」
「終わりかよ」「武器も持ってないのかよ」
彼は口元をゆがめた。
勝った。とダグラスは思った。
開始と同時の短い詠唱。
火の玉が一つ。続けて二つ。間髪入れず三つ目。
彼の火の玉は速い。直線的で、威力もある。
ジョナサンは剣を構えるが、重そうだ。手元が震えている。
最初の火の玉が迫る。
ジョナサンは剣を横に動かす。
火が逸れる。偶然だ。
二発目。また剣で受ける。押すように。
火の玉が軌道をずらす。
観客がどよめく。
三発目。
今度は足元を狙う。
砂を焼き、煙が上がる。
ジョナサンが一歩下がるが、熱さで跳ね回る。
その瞬間、庶民席から怒号。
「なにやってんだ!」
「押し切れよ!」
ジョナサンに賭けた連中だ。
あいつの偶然に夢を見た愚か者たち。
彼らは焦り、立ち上がり、野次を飛ばし、賭け札を握りしめている。
一方、ダグラスに賭けた連中は笑っている。
「やれ! 焼け!」
「ほら見ろ、剣じゃ無理だ!」「所詮は剣組だ」
歓声が背中を押す。ダグラスはさらに詠唱を短縮する。
火。連射。
火の玉が連続で飛ぶ。
ジョナサンは押し返す。押し返すが、完全には防げない。
ローブの端が焦げる。
「あっちっち」と騒ぐ。
庶民席から悲鳴。
「おい! やばいぞ!」「避けろよ!」「賭けたんだぞ。どうしてくれる」
ダグラスはその声が心地よかった。
恐怖と期待が混ざった音。
そして、貴族席は静かだ。
観察している。値踏みしている。
ダグラスは一瞬、詠唱を止め、距離を詰める。
ここで、見せる。俺は出来る。強い。強さを見せる。自分を高く売る。
近距離。ここで連射。
至近距離での火の玉は回避が難しい。
ジョナサンがふらついている。
よし。とどめだ。
火の玉を三つ同時に構築。
観客が息を呑む。
ジョナサンが後退する。足が砂に取られる。
庶民席から叫び。
「踏ん張れ!」「金返せよ!」
ダグラスに賭けた連中は、すでに勝利を確信している。
「終わりだ!」「燃やせ!」
彼は笑う。
破格の報酬。名声。派手なお目見えだ。
そして、この歓声。
ジョナサンは困っている。明らかに追い詰められている。
ダグラスは最後の詠唱に入る。
短く、鋭く。
火の玉を大きく育てる。
青く揺らめく。
観客席が総立ちになる。
庶民の怒号と歓声が混ざり合う。
ジョナサンに賭けた者たちの顔は青ざめ、ダグラスに賭けた者たちは歯をむき出して笑っている。
勝ちは目前。
彼は確信していた。この試合、貰った。
ダグラスが放った火の玉は大きい。あいつを、ジョナサンを飲み込む大きさだ。
彼はそれを放った。
すると、
ジョナサンがダグラスに笑いかけた。
火の玉がゆっくりと、彼に向かって来た。
そして彼を吞み込んだ。
闘技場の歓声はもう、彼に聞こえなかった。
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